徒然なる日々

るくりあが小説を載せたり舞台の感想を書いたりするもの。小説は文織詩生様【http://celestial-923.hatenablog.com/about】の創作をお借りしています。

貴方のいない世界で

I.貴方の面影は

 

その日は粉雪が舞っていた。

「お父さん、お母さん早く!」

ふわふわとした雪に心もふわふわしてくる。くるくるとその場で回る私をお父さんは駆け寄ってきて抱き上げた。高い位置で回る世界に声を上げる。

この国に来て初めてのお父さんとの休日。私はいつもよりずっと楽しかった。

降ろしてもらって振り返ると少し離れたところにくすくすと笑うお母さんがいた。

手招きするとにっこり笑ってこちらに近づいて来る。お父さんを見上げるとお母さんの方を優しい目で見ていた。

次の瞬間、その目が見開かれる。肉を断つ鈍い音。振り返るとお母さんが地に伏していた。

呼ぼうとした言葉はお父さんが手を引くことで声にならずに白い息になる。
痛いほどに手を引かれ裏路地を走った。

「お父さん、お父さんっ!」

ちらりと後ろを振り返ったお父さんの顔が驚愕に染まる。

私は不意に暖かいその胸に抱き込まれた。発砲音が数回鳴り響く。

背中にお父さんの手がある。地面へと私を庇うように倒れたお父さんの下からはい出そうとするとぐっと頭を抱えられ息も絶え絶えに言葉を紡いだ。
「…あいつが、居なくなるまで、動くなよ…?ダメなら、チャンスを…待て。俺のベルトにナイフが挟んであるからな。…生き、のびろ、リア。俺の大切な…大切な娘。」

私の頭を撫でて笑うお父さん。
あとはただ真っ赤に染まった視界しか、覚えていない。

 

私は白い布を被せられたお父さんとお母さんの前に座っていた。

いつからここにいるのか、誰が連れてきてくれたのかちっとも分からなかった。

バタバタと走る音が近づいて来る。

ドアを勢いよく開けたのはナルさんだった。

「…リア…。」

上下する肩、荒い呼吸。シワの寄ったシャツにパンツ。あぁ、急いで来てくれたんだと思った。

「ナルさん。」

私は笑った、のだと思う。ナルさんは私を見て泣きそうな顔をするとぎゅっと抱きしめてくれる。あの時と一緒で暖かかった。

 

Ⅱ.貴方が変えた人は

 

ロルカ中佐と奥方が殺された”

そう連絡が入ったのが昨日。それからエヴィノニアに入国する準備をして、セージさんの兄であるロルカ大佐に連絡を済ませ、馬車に乗り込んだ。

逸る気持ちを抑えきれず着くと同時に走り出す。

扉を開けた先に居たのは白い布を被せられた2人の前に座るリアだった。

「ナルさん。」

そう言って泣きそうな目をしながら笑ったリアを思わず抱きしめた。

リアは、泣かなかった。

 

遅れてきたロルカ大佐がリアの元に駆け寄る。

いつもはかっちりとオールバックに固めている髪が下され、急いで来たことが伺える。

俺はそっと席を外した。廊下に大佐の優しい声が聞こえてきて、しばらくすると静寂が訪れた。

「ナルセくん、いるかい?」

大佐の潜めた声に部屋に入ると、リアは膝枕をされて寝ていた。大佐の目は少し濡れている。

「2人は明日、家財道具一式と一緒に国に連れて帰ることにしたよ。」

寒くて良かったよ、置いていかなくて済むと大佐はリアの頭を撫でる。

何と声をかけたら良いのか分からなくて言葉が出てこない。

「夜のうちに荷物を馬車に積み込んでおきたいんだ。極秘の資料とかもあるだろうから…ナルセくんも手伝ってくれると助かるんだけど、どうかな?」

了承の意を込めて頷くと大佐は微笑む。セージは良い部下を持ったねとセージさんに話しかけた。

 

2人で黙々と作業をする。先ほどまでリアも起きて手伝っていたが、さすがに疲れたのだろう。ソファで寝てしまっていた。

いっつもヘラヘラしてるようにみえて鋭かったり、酒を飲めばリアの話ばっかりしたり、グラフィアスの中でも兄貴のような、父のようなそんな存在だったあの人は、もういない。

“ナルセ”と本当の名前を知りながら呼んでくれる声はもう、ない。

もう俺は、1人で立っていかなくちゃならないんだと、そう突きつけられた気がした。

 

Ⅲ.貴方と血を分けたその人は

 

2つの深い穴に棺が収められ上から土が被さっていく。

アンリくんたちを始めとする軍の面々、近所の人たち。セージの人徳だろう、たくさんの人が来てくれた。

僕の手を握るリアはじっとその様子を見ていた。ナルセくん曰く、リアは2人が死んでから泣いていなんじゃないかとのことだ。

辛くて涙も出ないのだろう。目の前で失ったのだから。

「この度は…。」「お悔やみ申し上げます。」

「いい夫婦だったのに。」「まさかこんな早く…。」

セージが、梓ちゃんが居なくなったのだと突きつけてくる言葉の数々。止めてくれと耳を塞ぎたくなる。でも、1番そう思っているのはきっとリアで、僕は自分が情けなくなった。

 

「おじさん…。」

肩で息をする僕を見たリアが 顔を歪める。

セージの部下の…確かナルセくんはこちらを一瞥するとリアの頭を撫でて立ち上がり、僕に敬礼すると部屋を出て行った。

「…リア。」

「おじさん、あのね、あのね…。」

今にも泣きそうな顔で訴えてくるリアと視線を合わせるように膝を折る。相槌を打つとぽつぽつとその時のことを話してくれた。この時も涙は、見せなかった。

「よく頑張ったね。セージと梓ちゃんを殺した奴らは1人残らずおじさんが見つけ出してあげるから。」

こくりと頷いたリアはようやく眠気が襲ってきたらしくゆらゆらと船をこぐ。

隣に座ってそっと上半身を膝の上に倒してやる。確かな重みと暖かさに、冷たい、暗い部屋で静かに涙を流した。

 

Ⅳ.貴方のいない世界は

 

掛布団が捲れたことで肩に冷気を感じて目をさます。少しだけ上半身を起こして見るとリアが深呼吸を繰り返していた。

「どうした、リア。また夢見たのか?」

くるりとこちらを向いたリアが頷く。おいでと手招くと素直に身体を横にして擦り寄ってくる。

「大丈夫、俺はちゃんと生きてるよ。」

また頷いたのが胸をくすぐる髪が動いたことで分かる。そのまま俺の腕にすっぽりと収まったリアはしばらくすると寝息を立て始めた。

セージさんと奥さんが亡くなって1ヶ月。俺はリアと暮らし始めた。

最初は郊外にあるロルカ大佐の家に身を寄せていたリアだが、度々家族で暮らした家に戻っているのが目撃され、ソフィアさんから提案があり、結果ここで2人で暮らすことになった。

もちろん、俺が任務の時はアンリさんとソフィアさんが面倒を見てくれている。

その時はローランと一緒に居ることが多いらしい。何でだろうかとソフィアさんに尋ねると当事者にしか分からないこともあるのよと言われた。明るいローランにも何かしらの過去があるのだろう。

そんなこんなですでに45日は過ぎようとしている。

まだこの家にセージさんは居るのだろうか。あぁ、きっとリアとのことを怒られるのだろう。

見えない方が良いけれど、見えたら見えたで良いのだ。きっとセージさんが居ないのを皆が忘れられるから。

 

セージと梓ちゃんが死んで1ヶ月。ようやく気持ちの整理もついてきた。

リアが珍しく我儘を言い出し、ナルセくんと暮らすことになったのは正直驚いたが、彼はきっちりしているし大丈夫だろう。

セージを殺した奴はようやく検討がついた。実行犯は薬物中毒の兵士だったらしい。調べがついた時には既に死んでいた。

そしてそれを指示した上官はセージたちのところに行ってもらった。心が痛まなかったとは言わないが、セージや梓ちゃん、リアのことを思うとそんなものじゃないだろうと思う。

何をしても変わらず、時は流れていく訳で、セージたちの時間は止まったまま。

僕たちの世界は動き続けるのに、セージたちはもう、動くことはない。

無情に世界は回り続けるのだと本当に、本当に思った。

 

海の聲

親切な車が止まってくれた。

会釈をし、小さな手を引いて道を渡る。

防波堤の向こうに蒼い海原が広がっていた。

立ち止まった俺をリアが不思議そうに見上げる。まだ背の低いリアには防波堤の向こうが見えていないのだと気づき、抱き上げて防波堤の上に上がろうとする。

と、リアが身じろぎし出した。

「こら!じっとしてろ!」

そう言えばリアが落ちないように尻に当てていた俺の手を叩く。

「ナルセ、スケベだめ!」

「ちょ、呼び捨てよくない!」

なんとか上がり、防波堤の上に降ろしてやるとプイと横を向かれた。

「リア〜、ごめんって。」

謝ればちらとこちらを見て不機嫌だった顔を綻ばせる。差し出された小さな手を握った。

 

ひとしきり波打ち際で遊んだ後、2人で砂浜に座っていた。

じっと水平線の向こうを見ていたリアがこちらを向く。

「ナルさん、波はどうしてできるの?」

「風が吹くからだよ。」

そっかと再び視線を戻したリアが口を開く。

「あのね、人は死んだらお空に行くんだよ。」

うんと相づちを打ってやるとリアは更に言葉を重ねる。

「それでね、お母さんが言ってたの。死んじゃった人は1年に1回だけ帰ってくるんだって。」

だから、とそこで一旦言葉を切るとリアは俺のことを見つめた。潤んだ孔雀色の瞳に俺が映る。

「お父さんも、お母さんも…ナルさんの大切な人もきっと、海の向こうから風になって、波になって帰ってきてくれるんだね。」

波が砂浜に打ちつける。汐風が俺たちの髪を弄んでいた。

 

宿に戻ると朝食が用意されていた。

パクリとオムレツを食べたリアの頬にトマトソースが付く。

「リア、付いてるぞ。」

指で拭ってやるとびっくりしたように目を開いてからありがとうと言われる。

窓の外は陽に照らされた水面がキラキラと反射していた。

XXyears ago

「ただ〜いま〜。」

「おかえり。もうすぐ夕飯だから手を洗っておいで。」

そう言った兄貴の孔雀色の瞳がじっと俺のことを見つめる。

「な、なんだよ兄貴。」

居心地が悪くなってついぶっきらぼうに問うと兄貴は困った顔をして笑った。

「セージ、また怪我したでしょ?ほら、消毒するからこっちおいで。」

俺が傷をこさえて帰ってくるのは日常だった。その原因は俺の頭の色にあるわけで、心配する両親にバレないように振舞っているのだが、何故か些細な怪我もこの6つ上の兄にはバレてしまうのだ。

「 何でいっつも兄貴にはバレるんだ…?」

傷を消毒してもらいながらぼやくと兄貴は得意げに笑う。

「セージのことならお見通しだよ。見つかったら母さんに怒られるのに、今日は手の甲に怪我したからポケットから手をださなかっただろ?

この前は殴られたところに泥が着いたから服を洗ってきて湿ったままで、その前は…むぐっ。」

「もーいい。兄貴の観察眼には恐れ入ったから。」

兄貴の口を手で塞ぎ、口を尖らせて言うと、面白そうにくすくす笑った。

フェンネル、セージ!ご飯よ〜。」

母親の声に応えると兄貴も治療を終えたらしく行こうかと言う。

「兄貴。」

ん?と立ち上がりかけたのを戻して俺に視線を合わせる。

「内緒だかんな。」

「うん。」

もうそんなに子どもじゃないのに手を繋ぐ兄貴にこっちが気恥ずかしくなる。でも、俺とは違う亜麻色の髪を持つ兄貴は俺の自慢の兄なのだった。

 

 授業も終わり、帰路に着くとすぐに目の前にいくつかの人影が立ちふさがった。

無視してその脇を通り過ぎようとすると、ガッと肩を掴まれ近くの塀へと押し付けられた。

「お前さ、いつまでその頭してんだよ。非国民も良いとこだぜ?」

ニヤニヤしながらこちらを見てくる奴らは入学以来何かと絡んでくる軍人の子どもだ。特にリーダー格である 目の前の男はエンハンブレ軍の中でもロルカ家を毛嫌いしている軍人一家の子で、自分が正義だと疑わない。

「…話はそれだけか?」

男を睨めつけ、肩に置かれた手を払う。そのまま歩き出すと側にいたそいつのお仲間に両側から肩を組まれる。

「そんな釣れないこと言うなよ。な?」

面倒だからぶん殴ってやろうか…なんて考えたけれど、下校時間だ。周りには遠巻きに見ている奴も少なくない。学校側に言われたら余計に面倒だ。

「分かったよ。」

俺は大人しくそいつらについて行くことにした。

 

「今日は早く終わったし、帰りにセージに会ったりするかなぁ。」

学校の門をくぐったところでセージと同じぐらいの男の子がこちらに走ってきた。

「セ、セージの兄ちゃんですか⁉︎」

鳶色の髪をぐっしょりと汗で濡らしたその子はそう息巻いた。

「あぁ、薬屋の。そうだよ。何か用かな?」

「あの、セージがバルヒェットの奴らに連れて行かれました!その、お、俺…」

勢いが無くなり申し訳なさそうになるその子の頭をくしゃりと撫でる。

「いいんだよ。伝えてくれてありがとう。もし良かったらセージと仲良くしてやってね。」

じゃあ君も気をつけて帰るんだよと言って持っていた鞄を小脇に抱える。

「まったく…バルヒェットの奴、父さんの方が出世したからって当たり強くなったなぁ。まさか息子にまでそんなこと言ってると思わなかったよ。」

走りながらついボヤいてしまう。ロルカ家は今やエンハンブレ指折りの軍人一家だけれど、祖先はエヴィノニアンだ。まして父やセージは赤髪。更に風当たりも強い。

気をつけてあげていたんだけどな…と歩を進めながら思った。

 

連れて行かれたのは学校から少し離れたところにある寂れた空き地だった。

周りには家もまばらで人通りも少ない。

「で、話は何だよ。」

「よくそんな口がきけるな赤髪のくせに。大体お前、いつも1人だし、こんな時も誰も助けてくれないだろ?何でか知ってるか?」

…そんなこと分かりすぎるほど分かってる。それは俺が…。

「赤髪だからだよ。だからさ、俺らが助けてやるよ。」

そう言ってそいつが取り出したのは剃刀。咄嗟に逃げようとすると、傍に居た奴らに抑え込まれる。必死でもがくが上から押さえつけられれば体格の良い奴らは動かせない。

「おいおい、暴れるなよ。」

剃刀が近づいた時、俺は渾身の力で押さえてくる奴らを振り払おうとした。

「うわっ!」

「…っ!」

頬が熱い。切られたのだと理解する。とその時聞き慣れた声が聞こえた。

「セージ!!」

逃げろ!と一目散に逃げて行く奴らを兄貴は鋭い目をして見送る。俺に見せる顔とは違う冷たい表情で何かを呟いた。

「兄貴…。」

そっと声をかけるとバッとこちらを振り向き眉を八の字にしてこちらに駆け寄ってくる。

「大丈夫⁉︎ほら、これで押さえてて。」

俺が思っていたよりも血が出ていたらしく、頬をハンカチで拭われ、それで頬に押さえられる。俺がハンカチを受け取ったことを見ると学校鞄から軟膏を取り出した。

「ほら、見せてごらん。」

軟膏を塗ると、綺麗に切れてるから大丈夫だと思うれどまだ押さえておいてと言われる。

「大丈夫、大したことない。」

心配そうな兄貴にそう言うとまたあの冷えきった顔をする。それも一瞬のことで、そうかと悲しげに笑うと俺の手を取って帰路に着いた。

歩き出してしばらくした時、兄貴は言った。

「セージ、確かに僕らの家はあいつらから見れば“悪”であいつらは“正義”なのかもしれない。いつだってこの世は多数が正義で少数が悪にならざるを得ないからね。」

この国に赤髪は少ない。もう少し前までは祖国に戻った人も居たらしい。赤髪の家に生まれたというだけで周りと何ら変わりない髪色の兄貴も肩身の狭い思いをしている。

「でもね、セージ。」

手を少し強く握られ、顔をあげると兄貴は俺の目をまっすぐ見て言った。

「仕方がないって諦めたらだめだ。それはおかしい、間違っているって言わないとそれはいつまでも“正義”であり続けるんだよ。」

この世のどこに存在しないとしても、万人が幸せになれる正義を求めていかないとね。

そう兄貴は言ったのだった。

 

あの日以来変わったことが2つある。

「でさ、姉ちゃんが作った料理が本当壊滅的で。親なんかこれじゃあ嫁に行けないって悲しんでるわけ。」

1つ目。一緒に学校から帰る友達と呼べる奴ができた。フィデリオといって薬屋の次男で上に兄と姉がいるらしい。

「そりゃ大変だな…。俺の兄貴で良ければ教えてくれると思うぜ?頼もうか?」

本当か!と言ってくるフィデリオに頷きながら前を向くとあいつらが居た。

が、俺の姿を見た瞬間ザッと顔を青ざめさせて逃げて行った。

「…俺あいつらに何かしたか?」

2つ目。これまでヒルのようにしつこかったあいつらが寄ってこなくなった。

「さぁ?あ、お前の兄ちゃんじゃないか?俺はお前と友達になってやってなって優しく言われたけど、お前が連れて行かれたって話した時はやばかったもんな。」

うんうんと頷くフィデリオに俺は頭を抱えた。

 

じゃーな、また明日!と手を振るフィデリオにふり返し家へと続く道を歩く。

しばらく歩いたところでくるりと後ろを振り向く。

「居るんだろ、兄貴。」

「…何でバレたのかなぁ?」

曲がり角からひょっこり顔を出したのはやっぱり兄貴だった。

「カマかけただけ。」

追いついてきた兄貴が隣に並んで歩き出す。

フィデリオくんとは仲良くなれた?」

「おう。あ、そうだフィデリオの姉ちゃんに料理教えてやってくれよ。壊滅的なんだってさ。」

可愛い弟の頼みだからね、もちろん!などとほざいたのは無視する。

「色々ありがとな。」

俺がそう言うと兄貴は嬉しそうに笑った。

 

この後、あの手この手で俺の周り、兄貴に言わせれば敵、の奴らを近づけさせないようにしていたのが露呈して、俺がそこまで弱くないと憤慨したことがあったがそれはまた別の話。

Graffias

「貴様にとって仲間とは何だ?」

ここに来て以来1日のほとんどを一緒に過ごす男がそう言った。

「何だよ、藪から棒に。」

曰く、カレンと話している時の俺は娘のことを話している時に似ている。

「何だろうな、家族じゃないんだけどな。まぁ

“目が離せない奴ら”で“守りたい奴ら”なんだろうな、きっと。」

 

アンリはものすごく危うい。壊れる一歩手前で絶妙なバランスを保ってる。いつか壊れるんじゃないかって目が離せない。

俺は見守ることとあいつが言えないことを言ってやることしかできないけど、あいつをちゃんと支えてやってるのがカレンとソフィアなんだろうな。

カレンもソフィアもアンリを受け止めることができる。それでいて、それぞれ弱いところをアンリに見せることもできる。

互いに支え合っているっていう自覚がアンリを結果的に支えていると俺は思うね。

守る者がいるっていうことが今のあいつの戦う意味でもあるんじゃないか?

 

カレンはアンリとは違う意味で危うい。普通に目を離したら何するか分かんないし。でもあいつは無邪気でだけど相応に傷ついてて…。

同僚で同じぐらい優秀な奴だけど、妹分みたいに守ってやりたい奴なんだよな。カレンが幸せだったかどうかなんて本人にしか分からないけど、俺はもっと幸せになってもらいたかったんだよ。それこそアンリと一緒にな。

 

ナルセはアンリに似てるよな。自分を演じてて、そこに至るまでに大切な奴を亡くしてて。でもあいつは周りに助けを求められるやつだし、何より俺の可愛い可愛いリアが居るからな!!ま、吹っ切れたのもあるだろうし、自分のやりたいようにやれば良いと思うよ。

 

リュカは…あいつは複雑だよな。アンリが可愛いがってるし、特に不安はねぇけど何となく暗い部分を持ってる。それに、どこでそれを吐露してるのかが気になるよな。戦闘中か?

あいつも爆発しなけりゃいいと思うし、兄弟仲ももう少し改善するといいよな。

 

ソフィアはとにかく勘が良い。ていうか勘っていうか最早過去を見てるみたいな感じがする。

あいつも抱えてるもんはあるんだろうが、アンリと2人で分け合ってくれればいいと思う。今度こそ幸せにしてやってほしい。なんて女の子に言うことじゃないんだけどさ。

 

「とまぁこんな感じ?アンリは弟で、カレンが妹で〜ナルセとリュカは親戚の子でソフィアはアンリが連れてきた彼女みたいな?」

「…とにかく家族のように大切にしていることと、お前の観察癖は分かった。」

なんだそれ!変態くさいだろ!と男は喚いたのだった。

 

twitter小ネタ

炎暑の蝉時雨と煩悩と

 

あれはいつだったか…そう、ちょうど今頃のように暑い日が続くそんな日だった。

俺は出来心で汐海の寝間着を隠した。そうしたら、あいつは俺のいないところでそれはまぁえっちな格好でいたわけだ。

というのも俺の寝間着を着ていたわけで、そもそも腰で止めるだけの肌蹴やすい甚平、その上俺のとなれば大きさが違う。うん、思い出しただけでも素敵な格好だ。

その時のあいつは奇声をあげた後、怒るかと思えば布団の中に籠城した。死ね死ね連呼されたので「俺の匂いがする」とかないのかよと軽い気持ちで言うと「洗剤も一緒なンだから匂いもクソもないだろ」と返されて赤面したものだ。

あの頃は俺も若かったとしみじみ思う。

そして今、俺はまたしても理性を試されていた。

「リア、それはちょっと…。」

「あ、ナルさんおはようございます。…何かありました?」

いつも通り起きるとキッチンでリアが朝食を作っていた。…俺のシャツを着て。

待て、それ一枚は色々まずいだろ。いや、そもそもいつもはパジャマ着てるよな?パジャマは?パジャマはどうした?

「…リア、何で俺のシャツ着てるんだ?」

動揺を外に出さないように尋ねるとようやく合点がいったらしい。

「あぁ、さっき野菜を洗った時にパジャマを派手に濡らしてしまったので…。洗濯物の中から引っ張りだしたこれを。」

着ていたというわけか。体格差による服に着られてる感、下着一枚らしく若干透けているところといい色々アレなのだがあの頃のように俺もウブじゃない。

小首を傾げながら調理に戻ったリアの背後にそっと立つ。

「どう?そのシャツ、男の匂いがするだろ?」

そう耳元で囁くと結っていたため無防備にさらけ出された耳が真っ赤に染まる。

徐ろに振り返ったリアの顔はその髪に負けないぐらい赤く、瞳は羞恥で潤んでいる。

「あ、あの…えっと、き、着替えてきますっ!」

自室へと走るリアを見送る俺はきっと仏のような顔だったに違いない。

あの日も今日も俺のナマコは臨戦態勢だったことは言わずもがなだ。

 

空と陽炎の警備員と

 

隣でうたた寝をしていた男の頭頂部の一房が跳ねたのを目撃してしまった。

 それは寝癖じゃなかったのか(毎日そこは跳ねているが)と問いたかったがいつになく真剣な表情の男に言えるような雰囲気ではなかったのだ。

「俺のリアが危ない。」

そう言うと下界を覗き込むので何があったのかと一応覗き込む。

「ほう、これは…。」

隣を見れば血の気の引いた顔で冷や汗をだらだらとかいている。

「…確かに危機だがこれは貴様の娘にも責任の一端があるのではないか?」

男はそっぽを向く。その様子はいつもからかってくる男に似合わず多少の悪戯心がわく。

「貴様の部下はよく耐えているのではないか?」

俺の言葉を聞いた瞬間男はわっと泣き出すとこう叫んだのだ。

「お父さんはリアをこんなことするようなこに育てていませんっ!!」

…いや、教えてなさすぎたのではないか?

 

とある朝の男たち

 

俺とミランはよく仕事が被る。テレビやドラマ、映画などミラン・フォートリエが出ていればセージ・ロルカも出ていると言われることもしばしばだ。

まぁそんな訳で公私ともに関わりがあるので、朝はよく車で一緒に行く。途中でコーヒーチェーンで朝食を取ることもある。

今日もインターホンが鳴り響いたところで梓とリアに見送られ家を出る。

「おはよう、ミラン。」

「おはよう。早く乗れ。」

実はいつもミランが運転する。以前俺が運転するかと提案すると貴様の運転する車など危なくて乗れんわと素気無く断られた。

「今日はどこでメシ食う?俺もう腹減ったんだけど〜。」

そうだな…とミランが道を走りながら考え出す。とそこで喫茶のチェーン店の看板が見えた。

「お、あそこでいいじゃん。モーニングあるし。」

ミランが頷いて右折のウィンカーを出す。

店が反対車線にあるために道路をぶち抜かなければならないのだが、朝だからか交通量が多い。まぁそんな時でも道幅を開けてくれる優しい人はいるわけで、若い嬢ちゃんが車を停めてくれた。

ミランはそちらを一瞥すると会釈をしたので俺は助手席から笑顔で手を挙げる。

一瞬嬢ちゃんの驚きの顔が見えた気がしたが気のせい気のせい。

駐車場に停めたところでミランが呆れたように言った。

「貴様…そんなに愛想ふりまかなくても良いだろう…。」

「ファンサービスって言えよ〜。こういうのが大事なんだぜ?」

そう返せばミランに鼻で笑われた。

 

セーミラでいろんな色で10題

01.朱

「貴様はその髪色で困らなかったのか?」
隣に座る調子のいい男にふと気になったことを尋ねる。なんでも黒と青を尊ぶ国柄であるらしくこの男が纏う軍服にもそれが如実に表れている。
ぼーっと風に吹かれていたらしい男はへ?と間の抜けた顔を晒した。
「なんだよミラン〜。俺のコト興味あるんだ?」
ワンテンポ遅れて言葉の意味を理解したかと思えばニヤつく男に冷ややかな目を向ける。男は気にした様子もなく頭の後ろで腕を組むとそのまま仰向けに寝転んだ。
「まぁ色々あったかな。染色液ぶっかけられそうになったり、髪を剃られそうになったりとか?」
全部返り討ちにしてやったけどなーとカラカラ笑う男に眉をひそめる。
「…それは大丈夫なのか?貴様の娘も赤髪だろう?」
まぁなーなどと言って眩しそうに目を細める男はさして重大なことだとは思っていないようだ。表情に出した覚えはないが男は俺の顔を横目で見て口の端を上げる。
「大丈夫さ。リアを誰の娘だと思ってんだよ。…でもミランの国に生まれてたらもっと楽だったろうなとは思うぜ。お前んとこにも赤髪の息子ちゃんいるしな。」
俺とも妻とも違う髪色をした生真面目な息子を思い出す。この男よりも深みのある赤髪だが確かにあの国に生まれたなら苦労しただろう。
「ままならないものだな。」
ちらりとそちらを見遣れば男の鮮やかな朱を風が通り抜けていくのが見える。その時何故だかそれが綺麗だとそう思った。
「俺はこの髪を綺麗だって思ってるからいいんだよ。」
…時たま心の中を見透かしたような言葉を紡ぐ所が気に入らないが。
 
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【the original&illustration by Shio Fumiori】
 
02.蒼
死んでからも寝るという概念が存在するかはよくわからないが俺が閉じていた目を開くと隣で珍しくミランが寝ていた。
基本的に寝る必要はないから寝ないというのがミランのスタンスで、俺は何となく生きていた頃の習慣で昼寝したり向こうが夜の時は寝たりするのだが…。
「ほんっとめっずらしーもん見たな。」
腕を組んで座ったまま寝息を立てるミランを見ていたらむくむくといたずら心が湧いてきた。
俺は自分のマントを脱ぐとそれをミランの肩にかける。赤いマントのある白い軍服にその色は何ともミスマッチで不思議な感じだ。
ならばと想像の中のミランに俺の着ている軍服をすべて纏わせてみる。
「…似合わねぇ。」
同じ暖色の髪なのだが何故だかどうも似合わない。面白くなってきてニヤニヤしていると起きたらしいミランから冷たい声をかけられた。
「貴様…気色悪いぞ。」
「いや、色々想像してたら面白くなってたんだよ。ちょっとミラン、俺が白の軍服着てるの想像してみろよ。」
俺の答えに怪訝そうに顔を顰めると俺の顔をじっと見つめ出す。フンと鼻で笑う。
「似合わんな。赤髪に赤いマントなど暑苦しいにもほどがある。…貴様、俺が黒の軍服着ている想像をしたのか…。」
せいかーいと茶化すと眉間のシワを深くしたミランが俺のマントを投げてよこした。
「…なぁミラン。」
返事はないが俺はそのまま話し続ける。
「もしも元々国が一つだったら俺たち、どんな色の軍服着てたんだろーな?」
ミランは短くさぁなと返しただけだった。
 
03.碧
深緑色の瞳にいつにも増して眉間にシワを刻んだ俺の顔が映っている。
ミランの目って本当に碧色なんだな。」
至近距離で俺の目を覗き込んでいた男が言う。
離れろと肩を押して退かせた。
「貴様のところだって青い瞳ぐらいいるだろう。」
「いや、そうなんだけどよ。なんつーかリュカもイヴァンももっとこう…水みてぇな色してんだ。」
水に溶かしたように薄い色ということだろうか。
釈然としない顔に男はとにかく俺の瞳の色は自分の周りには居ないのだと言った。
「あれ?もしかして俺の知ってる白の軍人って皆碧眼か?」
言われて思い浮かべてみる。確かにリオラもアムダリアもシルダリアもバレットやオペラだってそうだ。あぁ硝子玉とはいえルイもそうか。違うのはソフィアぐらいだ。
「…そのようだな。」
「綺麗な色でいいよなぁ!吸い込まれそうだ。」
俺は男が綺麗だと言った碧眼を瞬かせる。綺麗だなどと考えたこともなかった。自分の顔にさして興味がなかったのもあるがそれ以上にまじまじと観察する余裕などなかったということだろう。
「俺も碧眼だったらもっとイケメンだったかな〜?」
隣でふざけたことを言うので男に碧眼をつけてみる。
「今以上におかしいからやめておけ。」
「そうだよなぁ、俺は今のままでも十分…っておい!俺の顔がおかしいってことか⁉︎」
隣で憤慨する男の姿に自然と笑みがこぼれた。
 
04.紫
「やっほーセージさん!早かったね〜。」
そう言ってここでミランの次に俺を迎えてくれたのはカレンだった。屈託のない笑顔はカレンだけのものだがやはりパーツが似ているのだろう。そっくりだ、驚くほどに。
「おう!お前はまだ居たんだな。アンリか?」
あったりまえじゃーんと返すカレンについ紫色の髪が浮かぶ。きっとカレンはここから見ていただろう。彼奴が自分そっくりの女性といるのを。
「でもまぁアンリには幸せになって欲しいからね。私のことを前より忘れられてるみたいだから文句なし!」
綺麗に笑うカレンを見て本当にアンリには幸せになって欲しいと思った。
 
「セージ。」
「んぁ〜?何?」
珍しくミランが話しかけてきたので応える。
「彼女は本当にソフィアに似ているのだな。紫の髪と瞳の色以外は瓜二つと言っても過言ではない。」
「そーだな。」
短く返した俺にミランが意外だというように片眉を上げる。
「分かるぜ。アンリはソフィアをカレンの代わりにしてるんじゃないかってことだろ?そんなことねーよ。」
アンリだって悩んでいた。だけど守るのだと言ったあの日の涙は嘘じゃないはずだ。
ミランはなんとなく察したのかそうかと短く言うと興味をなくしたように目を閉じた。
大丈夫だと俺は思った。あいつの隣で紫色の髪が揺れるかぎり。
 
05.空
“死んだら人はどこへ行くのか”
その問いの万人の答えはこうではないかと思う。
“空に行く”
俺は今、確かに空に居る。隣の男もだ。だが俺の上には真っ青な、雲ひとつない空が広がっている。
「なぁなぁミラン。」
男が口を開く。特に何か反応したわけではないがその続きを話し出した。
「俺らはさ、空の上に居るよな。」
そうだなと返すと変だよなぁと言い出した。
「空の上にも空がある。なら一体どこまで空はあるんだろうな?」
男が不思議そうに言った。
「貴様の妻の母国では死んだら“極楽浄土”というところに行くと言うそうだ。」
男が珍しいとでも言うようにこちらを見てくる。いつもは黙殺するからだろうか。
「とある国では死んだら神様に裁かれて良い行いをしたと認められた者は天国に行けると信じているらしい。」
淡々と告げる俺の言葉に男は耳を傾けているようだ。いつもの軽口が嘘のように一言も発さない。
「つまり…死後の世界というのはその人間が生前信じていた世界なのではないかということだ。きっと貴様の妻は極楽浄土を信じる者たちと共にいる。俺や貴様は空の上に行くと信じていたから共にここにいる。そう考えると矛盾も解消されるのではないか?」
これはある意味夢のようなものなのだと。たくさんの人が見ている夢。
「…そうだな、そうだよな。現実じゃあり得ないもんな、俺とミランが仲良く話してるなんてさ。」
…誰と誰が仲良くなったと言うと男はカラカラと笑った。空の上には真っ青な空が広がっている。
 
06.金
金色の瞳は表情より雄弁だった。
 唯一の主人を殺した日も、彼女を戦争に連れて行くと決めた日も、彼女が死んだ日も。
たくさんの日々の中で決して大勢の前で涙したことはなかったけれど、目を見ればわかった。
憎悪や決意、揺らぎ、悲しみさえも映し出す金色は今国の未来を見据えているのだろうか。
あれはいつだったか、あいつの執務室でのことだ。カレンと随分似ていたソフィアのことを話していた時のことだ。
あいつは今にも泣きそうな目をして言った。
カレンは放っておいたから死んだのだと。放っておかなければ失わないはずだと。
俺はその時金色からトロリと溢れたそれを初めて見た。あいつが涙するところを初めて見たのだ。口元は緩く笑みを浮かべていたが目は雄弁だった。
“弱い僕を許さないでね”なんてほざいてやがったが人としてそれが当たり前なのだ。
失いたくない、大切なもののためだったらその手さえ汚したっていい。それが人間誰しも持つ感情なのだから。
いくら獣のような瞳を持っていたとしても、いくら強くたってあいつは、れっきとした人間だ。あいつは強いから自分で上手く分かっていないのだろうか。自分が弱さを持つ人間だと。誰しも弱さを持って、それを人に見せまいとしていることを。そして、自力では限界があると知って他人に助けを求めるのだと。
それを教えてやれるのはきっと俺じゃない。
だから俺はあの金色が彼女を永遠に映すことを願わずにはいられないのだ。
 
07.鼠
 ネズミが潜り込んだとは自軍に敵軍の諜報員が潜入しているときに使う言葉だ。何度かそういうことがあったのだと男に告げると敵軍に潜り込んだところで勘付かれてたりバレたりする諜報員はペーペーだと言った。
「俺は義にも行ったし、直前はお前のとこだかんな〜。まぁ不測の事態で死んだわけだけど。」
この男へらへらとした立ち振る舞いに反して相当優秀だったらしい。20代で俺たちの同盟国である義に潜り込み、嫁までもらって帰ってきているのだ。嘘ではないのだろう。
「ま、俺の経歴なんかミランのに比べたら全然だけど。なんてったって副団長だもんな!」
いーよなぁ。俺なんか表立って動いてるわけじゃないからグラフィアスに選ばれた時なんか大変だったんだぜ〜?と少しの憂いを含んで男は言う。
「まぁその赤髪もあるのだろう?…そういえばお前のネズミ時代はどのようなことをしていたのだ?」
「なんだその不名誉な言い方!!まぁ俺は軍部に潜り込むってよりは情勢を探るって感じだな。もちろん掃除夫として雇ってもらって軍部で情報収集もしたけど。」
祖父のコネがあって助かったと言う。前々から人脈を持っていそうだとは思っていたがまさかここまでとは。
「ネズミも大変だな。」
ネズミを狩る方も大変なのだが。
 
08.肌
「暑い〜。溶ける〜。」
なぜか空の上なのに暑い。下が夏だからだろうか。もはや必要のないアーマー、ブーツ、マント…脱いで逮捕されないところまで脱いでいるのだが暑い。
「そのまま溶けてしまえ。見ているだけで暑苦しい。」
「その言葉そっくりそのまま返す。」
俺の頭を見て不快そうに顔をしかめたミランはいつも通りきっちり軍服を着ている。お前に言われたくないと横目で睨むと眉間のシワを深くしてようやくマントと上着を脱いだ。
ミランって意外と筋肉ついてるんだな。」
捲り上げたシャツから覗く腕を見てそういえば当たり前だと言われた。
「一応軍人なのだからな。鍛えもする。」
「そうだよな!なんか周りが筋肉だらけだからつい基準がなぁ。俺なんか細い方なんだぜ?」
アンリなんかゴリラだもんなというと珍しくミランが笑った。
「俺のとこだとバレットだな。あいつはとにかくガタイがいい。」
あの大柄な兄ちゃんかというとミランが頷く。ふと俺の腕に目を留めたらしい。
「貴様、腕に傷があるのだな。いつのだ?」
「ん〜?やんちゃしてたころ?…って怒るなよミラン!これは馬鹿やった部下を庇った時のだな。」
他の肌とは違うそこは妙にツヤツヤしている。
「俺はそういう経験はあまりないかもしれん。」
「だけど最期に守りたいもの身を挺して守ったんだろ?十分だよ。」
そう言うとなんとなく救われたような顔をするミラン。死因は同じだもんな〜というと貴様と一緒だとは嘆かわしいと言われた。
「でも誰かを守って出来た傷は勲章だろ?」
そういうとミランはそうかもしれんなと言った。
 
09.白
オランジュ、グラスタニア、エヴィノニアの三国を通称白と呼ぶ。特に我が国、オランジュではそれが軍服にも顕著に表れている。
白。無彩色で黒とは相反する。
 清廉潔白なイメージを持つその色は白としてしか表すことができないという。そこに色を入れた瞬間に白ではなくなる。
だが逆に白は何色にでもなれる色だと思う。だからこそ皆には柔軟な心を持ち色々なことに挑んで欲しいと俺は思う。たくさんの色を取り入れ、最後には混ざり合った色になるまで自分の考えを示し、そして変えてもらいたい。
人の意見を受け入れることがこれから大切になると思うのだ。
たとえそれがこの男のように煩いやつの意見だったとしても。
 
「白の軍服ってなんつーか洗練されてるよな。動きにくくねーの?」
「確かに貴様のと比べればそうかもしれんがこれでも一応軍服なのでな。そこまでの不自由さはあまり感じない。」
男はへぇと感嘆の声をあげると俺の軍服をしげしげと見る。
「こうやってミランと話してるとあの戦いはなんだったんだろうって気分になるよな。もっと他に和解の手立てがあったんじゃないかってさ。」
俺はそれにそうだなと肯定の意を示した。
 
10.黒
エンハンブレ、シャンタビエールの二国を通称黒と呼ぶ。特に俺の国、エンハンブレではそれが軍服にも顕著に表れている。
黒。無彩色で白と相反する色。
あまり良いイメージのない黒だが重厚感を感じさせる色で黒は黒としてしか表せないのだそうだ。そして色を入れてもちょっとでは変わらない。
黒は何色にも変化できない色だと思う。だからこそ皆には自分の正義を貫くことの怖さを知っていて欲しいと思う。
自分の正義を貫くことは大切なことだ。だが同時に凝り固まったものの見方しかできなくなる危険もある。
人の意見を自分なりに消化することは大切なことだの思うのだ。
たとえそれが敵の軍人だったとしても。
 
「貴様の得物はあまり見ないものだな。それは何がアムやシルのものと違うのだ?」
マスケットは玉詰めを一撃ごとにするだろう?だから大量に撃とうとすればそれだけ本数が必要だ。俺の回転式のリボルバーがついているとある程度玉詰めを行わずに連続で撃てるんだ。」
ほぅ、便利な世の中になったものだなと男がしみじみと言う。
「やはり俺たちは自分たちの力をもっと他のことに使うべきだったのではないかと思う。もちろん戦争など起きていなければ当たり前なのだが。」
そうだよなぁと俺はミランがポツリと零したそれに頷いた。
 
【お題配布元】
エソラゴト様  http://eee.jakou.com/
【原作】
文織詩生様
【著者】
るくりあ
 

沈々

ナルさんが告げた言葉に目の前が真っ赤に染まった。激情に任せるまま引き金を引く。
その時のナルさんはどこか満足そうだった。

ナルさんが除隊されてから1週間が経った。
今日も今日とて軍の本部、蝋燭に照らされた仮眠室に月明かりが差し込む。銃は剣と違って人の死を手に伝えることはない。だけど、それを手入れしていた手が震えだす。あの日が脳裏に蘇った。

考える。お父さんが知っていたことはアンリさんも知っていたんじゃないかと。知っていながら知らないフリをしていたんじゃないかと。
そう考え出したら私は家に帰れなくなっていた。ナルさんの遺品は軍に回収されてしまったから何も無いはずなのに、料理をする時に2人分の材料を用意してしまったり、先にお風呂を勧めようとしたり、私の行動にはナルさんの名残があるから。
もう居ないのだと気づくたびに呼吸が浅くなる、身動きが出来なくなる。
意識を飛ばそうと眠れば、あの夢で倒れるお父さんがいつの間にかナルさんに変わっている。

私は、私はナルさんに、ナルさんのことを…。