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徒然なる日々

るくりあが小説を載せたり舞台の感想を書いたりするもの。小説は文織詩生様【http://celestial-923.hatenablog.com/about】の創作をお借りしています。

twitter小ネタ

炎暑の蝉時雨と煩悩と

 

あれはいつだったか…そう、ちょうど今頃のように暑い日が続くそんな日だった。

俺は出来心で汐海の寝間着を隠した。そうしたら、あいつは俺のいないところでそれはまぁえっちな格好でいたわけだ。

というのも俺の寝間着を着ていたわけで、そもそも腰で止めるだけの肌蹴やすい甚平、その上俺のとなれば大きさが違う。うん、思い出しただけでも素敵な格好だ。

その時のあいつは奇声をあげた後、怒るかと思えば布団の中に籠城した。死ね死ね連呼されたので「俺の匂いがする」とかないのかよと軽い気持ちで言うと「洗剤も一緒なンだから匂いもクソもないだろ」と返されて赤面したものだ。

あの頃は俺も若かったとしみじみ思う。

そして今、俺はまたしても理性を試されていた。

「リア、それはちょっと…。」

「あ、ナルさんおはようございます。…何かありました?」

いつも通り起きるとキッチンでリアが朝食を作っていた。…俺のシャツを着て。

待て、それ一枚は色々まずいだろ。いや、そもそもいつもはパジャマ着てるよな?パジャマは?パジャマはどうした?

「…リア、何で俺のシャツ着てるんだ?」

動揺を外に出さないように尋ねるとようやく合点がいったらしい。

「あぁ、さっき野菜を洗った時にパジャマを派手に濡らしてしまったので…。洗濯物の中から引っ張りだしたこれを。」

着ていたというわけか。体格差による服に着られてる感、下着一枚らしく若干透けているところといい色々アレなのだがあの頃のように俺もウブじゃない。

小首を傾げながら調理に戻ったリアの背後にそっと立つ。

「どう?そのシャツ、男の匂いがするだろ?」

そう耳元で囁くと結っていたため無防備にさらけ出された耳が真っ赤に染まる。

徐ろに振り返ったリアの顔はその髪に負けないぐらい赤く、瞳は羞恥で潤んでいる。

「あ、あの…えっと、き、着替えてきますっ!」

自室へと走るリアを見送る俺はきっと仏のような顔だったに違いない。

あの日も今日も俺のナマコは臨戦態勢だったことは言わずもがなだ。

 

空と陽炎の警備員と

 

隣でうたた寝をしていた男の頭頂部の一房が跳ねたのを目撃してしまった。

 それは寝癖じゃなかったのか(毎日そこは跳ねているが)と問いたかったがいつになく真剣な表情の男に言えるような雰囲気ではなかったのだ。

「俺のリアが危ない。」

そう言うと下界を覗き込むので何があったのかと一応覗き込む。

「ほう、これは…。」

隣を見れば血の気の引いた顔で冷や汗をだらだらとかいている。

「…確かに危機だがこれは貴様の娘にも責任の一端があるのではないか?」

男はそっぽを向く。その様子はいつもからかってくる男に似合わず多少の悪戯心がわく。

「貴様の部下はよく耐えているのではないか?」

俺の言葉を聞いた瞬間男はわっと泣き出すとこう叫んだのだ。

「お父さんはリアをこんなことするようなこに育てていませんっ!!」

…いや、教えてなさすぎたのではないか?

 

とある朝の男たち

 

俺とミランはよく仕事が被る。テレビやドラマ、映画などミラン・フォートリエが出ていればセージ・ロルカも出ていると言われることもしばしばだ。

まぁそんな訳で公私ともに関わりがあるので、朝はよく車で一緒に行く。途中でコーヒーチェーンで朝食を取ることもある。

今日もインターホンが鳴り響いたところで梓とリアに見送られ家を出る。

「おはよう、ミラン。」

「おはよう。早く乗れ。」

実はいつもミランが運転する。以前俺が運転するかと提案すると貴様の運転する車など危なくて乗れんわと素気無く断られた。

「今日はどこでメシ食う?俺もう腹減ったんだけど〜。」

そうだな…とミランが道を走りながら考え出す。とそこで喫茶のチェーン店の看板が見えた。

「お、あそこでいいじゃん。モーニングあるし。」

ミランが頷いて右折のウィンカーを出す。

店が反対車線にあるために道路をぶち抜かなければならないのだが、朝だからか交通量が多い。まぁそんな時でも道幅を開けてくれる優しい人はいるわけで、若い嬢ちゃんが車を停めてくれた。

ミランはそちらを一瞥すると会釈をしたので俺は助手席から笑顔で手を挙げる。

一瞬嬢ちゃんの驚きの顔が見えた気がしたが気のせい気のせい。

駐車場に停めたところでミランが呆れたように言った。

「貴様…そんなに愛想ふりまかなくても良いだろう…。」

「ファンサービスって言えよ〜。こういうのが大事なんだぜ?」

そう返せばミランに鼻で笑われた。

 

セーミラでいろんな色で10題

01.朱

「貴様はその髪色で困らなかったのか?」
隣に座る調子のいい男にふと気になったことを尋ねる。なんでも黒と青を尊ぶ国柄であるらしくこの男が纏う軍服にもそれが如実に表れている。
ぼーっと風に吹かれていたらしい男はへ?と間の抜けた顔を晒した。
「なんだよミラン〜。俺のコト興味あるんだ?」
ワンテンポ遅れて言葉の意味を理解したかと思えばニヤつく男に冷ややかな目を向ける。男は気にした様子もなく頭の後ろで腕を組むとそのまま仰向けに寝転んだ。
「まぁ色々あったかな。染色液ぶっかけられそうになったり、髪を剃られそうになったりとか?」
全部返り討ちにしてやったけどなーとカラカラ笑う男に眉をひそめる。
「…それは大丈夫なのか?貴様の娘も赤髪だろう?」
まぁなーなどと言って眩しそうに目を細める男はさして重大なことだとは思っていないようだ。表情に出した覚えはないが男は俺の顔を横目で見て口の端を上げる。
「大丈夫さ。リアを誰の娘だと思ってんだよ。…でもミランの国に生まれてたらもっと楽だったろうなとは思うぜ。お前んとこにも赤髪の息子ちゃんいるしな。」
俺とも妻とも違う髪色をした生真面目な息子を思い出す。この男よりも深みのある赤髪だが確かにあの国に生まれたなら苦労しただろう。
「ままならないものだな。」
ちらりとそちらを見遣れば男の鮮やかな朱を風が通り抜けていくのが見える。その時何故だかそれが綺麗だとそう思った。
「俺はこの髪を綺麗だって思ってるからいいんだよ。」
…時たま心の中を見透かしたような言葉を紡ぐ所が気に入らないが。
 
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【the original&illustration by Shio Fumiori】
 
02.蒼
死んでからも寝るという概念が存在するかはよくわからないが俺が閉じていた目を開くと隣で珍しくミランが寝ていた。
基本的に寝る必要はないから寝ないというのがミランのスタンスで、俺は何となく生きていた頃の習慣で昼寝したり向こうが夜の時は寝たりするのだが…。
「ほんっとめっずらしーもん見たな。」
腕を組んで座ったまま寝息を立てるミランを見ていたらむくむくといたずら心が湧いてきた。
俺は自分のマントを脱ぐとそれをミランの肩にかける。赤いマントのある白い軍服にその色は何ともミスマッチで不思議な感じだ。
ならばと想像の中のミランに俺の着ている軍服をすべて纏わせてみる。
「…似合わねぇ。」
同じ暖色の髪なのだが何故だかどうも似合わない。面白くなってきてニヤニヤしていると起きたらしいミランから冷たい声をかけられた。
「貴様…気色悪いぞ。」
「いや、色々想像してたら面白くなってたんだよ。ちょっとミラン、俺が白の軍服着てるの想像してみろよ。」
俺の答えに怪訝そうに顔を顰めると俺の顔をじっと見つめ出す。フンと鼻で笑う。
「似合わんな。赤髪に赤いマントなど暑苦しいにもほどがある。…貴様、俺が黒の軍服着ている想像をしたのか…。」
せいかーいと茶化すと眉間のシワを深くしたミランが俺のマントを投げてよこした。
「…なぁミラン。」
返事はないが俺はそのまま話し続ける。
「もしも元々国が一つだったら俺たち、どんな色の軍服着てたんだろーな?」
ミランは短くさぁなと返しただけだった。
 
03.碧
深緑色の瞳にいつにも増して眉間にシワを刻んだ俺の顔が映っている。
ミランの目って本当に碧色なんだな。」
至近距離で俺の目を覗き込んでいた男が言う。
離れろと肩を押して退かせた。
「貴様のところだって青い瞳ぐらいいるだろう。」
「いや、そうなんだけどよ。なんつーかリュカもイヴァンももっとこう…水みてぇな色してんだ。」
水に溶かしたように薄い色ということだろうか。
釈然としない顔に男はとにかく俺の瞳の色は自分の周りには居ないのだと言った。
「あれ?もしかして俺の知ってる白の軍人って皆碧眼か?」
言われて思い浮かべてみる。確かにリオラもアムダリアもシルダリアもバレットやオペラだってそうだ。あぁ硝子玉とはいえルイもそうか。違うのはソフィアぐらいだ。
「…そのようだな。」
「綺麗な色でいいよなぁ!吸い込まれそうだ。」
俺は男が綺麗だと言った碧眼を瞬かせる。綺麗だなどと考えたこともなかった。自分の顔にさして興味がなかったのもあるがそれ以上にまじまじと観察する余裕などなかったということだろう。
「俺も碧眼だったらもっとイケメンだったかな〜?」
隣でふざけたことを言うので男に碧眼をつけてみる。
「今以上におかしいからやめておけ。」
「そうだよなぁ、俺は今のままでも十分…っておい!俺の顔がおかしいってことか⁉︎」
隣で憤慨する男の姿に自然と笑みがこぼれた。
 
04.紫
「やっほーセージさん!早かったね〜。」
そう言ってここでミランの次に俺を迎えてくれたのはカレンだった。屈託のない笑顔はカレンだけのものだがやはりパーツが似ているのだろう。そっくりだ、驚くほどに。
「おう!お前はまだ居たんだな。アンリか?」
あったりまえじゃーんと返すカレンについ紫色の髪が浮かぶ。きっとカレンはここから見ていただろう。彼奴が自分そっくりの女性といるのを。
「でもまぁアンリには幸せになって欲しいからね。私のことを前より忘れられてるみたいだから文句なし!」
綺麗に笑うカレンを見て本当にアンリには幸せになって欲しいと思った。
 
「セージ。」
「んぁ〜?何?」
珍しくミランが話しかけてきたので応える。
「彼女は本当にソフィアに似ているのだな。紫の髪と瞳の色以外は瓜二つと言っても過言ではない。」
「そーだな。」
短く返した俺にミランが意外だというように片眉を上げる。
「分かるぜ。アンリはソフィアをカレンの代わりにしてるんじゃないかってことだろ?そんなことねーよ。」
アンリだって悩んでいた。だけど守るのだと言ったあの日の涙は嘘じゃないはずだ。
ミランはなんとなく察したのかそうかと短く言うと興味をなくしたように目を閉じた。
大丈夫だと俺は思った。あいつの隣で紫色の髪が揺れるかぎり。
 
05.空
“死んだら人はどこへ行くのか”
その問いの万人の答えはこうではないかと思う。
“空に行く”
俺は今、確かに空に居る。隣の男もだ。だが俺の上には真っ青な、雲ひとつない空が広がっている。
「なぁなぁミラン。」
男が口を開く。特に何か反応したわけではないがその続きを話し出した。
「俺らはさ、空の上に居るよな。」
そうだなと返すと変だよなぁと言い出した。
「空の上にも空がある。なら一体どこまで空はあるんだろうな?」
男が不思議そうに言った。
「貴様の妻の母国では死んだら“極楽浄土”というところに行くと言うそうだ。」
男が珍しいとでも言うようにこちらを見てくる。いつもは黙殺するからだろうか。
「とある国では死んだら神様に裁かれて良い行いをしたと認められた者は天国に行けると信じているらしい。」
淡々と告げる俺の言葉に男は耳を傾けているようだ。いつもの軽口が嘘のように一言も発さない。
「つまり…死後の世界というのはその人間が生前信じていた世界なのではないかということだ。きっと貴様の妻は極楽浄土を信じる者たちと共にいる。俺や貴様は空の上に行くと信じていたから共にここにいる。そう考えると矛盾も解消されるのではないか?」
これはある意味夢のようなものなのだと。たくさんの人が見ている夢。
「…そうだな、そうだよな。現実じゃあり得ないもんな、俺とミランが仲良く話してるなんてさ。」
…誰と誰が仲良くなったと言うと男はカラカラと笑った。空の上には真っ青な空が広がっている。
 
06.金
金色の瞳は表情より雄弁だった。
 唯一の主人を殺した日も、彼女を戦争に連れて行くと決めた日も、彼女が死んだ日も。
たくさんの日々の中で決して大勢の前で涙したことはなかったけれど、目を見ればわかった。
憎悪や決意、揺らぎ、悲しみさえも映し出す金色は今国の未来を見据えているのだろうか。
あれはいつだったか、あいつの執務室でのことだ。カレンと随分似ていたソフィアのことを話していた時のことだ。
あいつは今にも泣きそうな目をして言った。
カレンは放っておいたから死んだのだと。放っておかなければ失わないはずだと。
俺はその時金色からトロリと溢れたそれを初めて見た。あいつが涙するところを初めて見たのだ。口元は緩く笑みを浮かべていたが目は雄弁だった。
“弱い僕を許さないでね”なんてほざいてやがったが人としてそれが当たり前なのだ。
失いたくない、大切なもののためだったらその手さえ汚したっていい。それが人間誰しも持つ感情なのだから。
いくら獣のような瞳を持っていたとしても、いくら強くたってあいつは、れっきとした人間だ。あいつは強いから自分で上手く分かっていないのだろうか。自分が弱さを持つ人間だと。誰しも弱さを持って、それを人に見せまいとしていることを。そして、自力では限界があると知って他人に助けを求めるのだと。
それを教えてやれるのはきっと俺じゃない。
だから俺はあの金色が彼女を永遠に映すことを願わずにはいられないのだ。
 
07.鼠
 ネズミが潜り込んだとは自軍に敵軍の諜報員が潜入しているときに使う言葉だ。何度かそういうことがあったのだと男に告げると敵軍に潜り込んだところで勘付かれてたりバレたりする諜報員はペーペーだと言った。
「俺は義にも行ったし、直前はお前のとこだかんな〜。まぁ不測の事態で死んだわけだけど。」
この男へらへらとした立ち振る舞いに反して相当優秀だったらしい。20代で俺たちの同盟国である義に潜り込み、嫁までもらって帰ってきているのだ。嘘ではないのだろう。
「ま、俺の経歴なんかミランのに比べたら全然だけど。なんてったって副団長だもんな!」
いーよなぁ。俺なんか表立って動いてるわけじゃないからグラフィアスに選ばれた時なんか大変だったんだぜ〜?と少しの憂いを含んで男は言う。
「まぁその赤髪もあるのだろう?…そういえばお前のネズミ時代はどのようなことをしていたのだ?」
「なんだその不名誉な言い方!!まぁ俺は軍部に潜り込むってよりは情勢を探るって感じだな。もちろん掃除夫として雇ってもらって軍部で情報収集もしたけど。」
祖父のコネがあって助かったと言う。前々から人脈を持っていそうだとは思っていたがまさかここまでとは。
「ネズミも大変だな。」
ネズミを狩る方も大変なのだが。
 
08.肌
「暑い〜。溶ける〜。」
なぜか空の上なのに暑い。下が夏だからだろうか。もはや必要のないアーマー、ブーツ、マント…脱いで逮捕されないところまで脱いでいるのだが暑い。
「そのまま溶けてしまえ。見ているだけで暑苦しい。」
「その言葉そっくりそのまま返す。」
俺の頭を見て不快そうに顔をしかめたミランはいつも通りきっちり軍服を着ている。お前に言われたくないと横目で睨むと眉間のシワを深くしてようやくマントと上着を脱いだ。
ミランって意外と筋肉ついてるんだな。」
捲り上げたシャツから覗く腕を見てそういえば当たり前だと言われた。
「一応軍人なのだからな。鍛えもする。」
「そうだよな!なんか周りが筋肉だらけだからつい基準がなぁ。俺なんか細い方なんだぜ?」
アンリなんかゴリラだもんなというと珍しくミランが笑った。
「俺のとこだとバレットだな。あいつはとにかくガタイがいい。」
あの大柄な兄ちゃんかというとミランが頷く。ふと俺の腕に目を留めたらしい。
「貴様、腕に傷があるのだな。いつのだ?」
「ん〜?やんちゃしてたころ?…って怒るなよミラン!これは馬鹿やった部下を庇った時のだな。」
他の肌とは違うそこは妙にツヤツヤしている。
「俺はそういう経験はあまりないかもしれん。」
「だけど最期に守りたいもの身を挺して守ったんだろ?十分だよ。」
そう言うとなんとなく救われたような顔をするミラン。死因は同じだもんな〜というと貴様と一緒だとは嘆かわしいと言われた。
「でも誰かを守って出来た傷は勲章だろ?」
そういうとミランはそうかもしれんなと言った。
 
09.白
オランジュ、グラスタニア、エヴィノニアの三国を通称白と呼ぶ。特に我が国、オランジュではそれが軍服にも顕著に表れている。
白。無彩色で黒とは相反する。
 清廉潔白なイメージを持つその色は白としてしか表すことができないという。そこに色を入れた瞬間に白ではなくなる。
だが逆に白は何色にでもなれる色だと思う。だからこそ皆には柔軟な心を持ち色々なことに挑んで欲しいと俺は思う。たくさんの色を取り入れ、最後には混ざり合った色になるまで自分の考えを示し、そして変えてもらいたい。
人の意見を受け入れることがこれから大切になると思うのだ。
たとえそれがこの男のように煩いやつの意見だったとしても。
 
「白の軍服ってなんつーか洗練されてるよな。動きにくくねーの?」
「確かに貴様のと比べればそうかもしれんがこれでも一応軍服なのでな。そこまでの不自由さはあまり感じない。」
男はへぇと感嘆の声をあげると俺の軍服をしげしげと見る。
「こうやってミランと話してるとあの戦いはなんだったんだろうって気分になるよな。もっと他に和解の手立てがあったんじゃないかってさ。」
俺はそれにそうだなと肯定の意を示した。
 
10.黒
エンハンブレ、シャンタビエールの二国を通称黒と呼ぶ。特に俺の国、エンハンブレではそれが軍服にも顕著に表れている。
黒。無彩色で白と相反する色。
あまり良いイメージのない黒だが重厚感を感じさせる色で黒は黒としてしか表せないのだそうだ。そして色を入れてもちょっとでは変わらない。
黒は何色にも変化できない色だと思う。だからこそ皆には自分の正義を貫くことの怖さを知っていて欲しいと思う。
自分の正義を貫くことは大切なことだ。だが同時に凝り固まったものの見方しかできなくなる危険もある。
人の意見を自分なりに消化することは大切なことだの思うのだ。
たとえそれが敵の軍人だったとしても。
 
「貴様の得物はあまり見ないものだな。それは何がアムやシルのものと違うのだ?」
マスケットは玉詰めを一撃ごとにするだろう?だから大量に撃とうとすればそれだけ本数が必要だ。俺の回転式のリボルバーがついているとある程度玉詰めを行わずに連続で撃てるんだ。」
ほぅ、便利な世の中になったものだなと男がしみじみと言う。
「やはり俺たちは自分たちの力をもっと他のことに使うべきだったのではないかと思う。もちろん戦争など起きていなければ当たり前なのだが。」
そうだよなぁと俺はミランがポツリと零したそれに頷いた。
 
【お題配布元】
エソラゴト様  http://eee.jakou.com/
【原作】
文織詩生様
【著者】
るくりあ
 

沈々

ナルさんが告げた言葉に目の前が真っ赤に染まった。激情に任せるまま引き金を引く。
その時のナルさんはどこか満足そうだった。

ナルさんが除隊されてから1週間が経った。
今日も今日とて軍の本部、蝋燭に照らされた仮眠室に月明かりが差し込む。銃は剣と違って人の死を手に伝えることはない。だけど、それを手入れしていた手が震えだす。あの日が脳裏に蘇った。

考える。お父さんが知っていたことはアンリさんも知っていたんじゃないかと。知っていながら知らないフリをしていたんじゃないかと。
そう考え出したら私は家に帰れなくなっていた。ナルさんの遺品は軍に回収されてしまったから何も無いはずなのに、料理をする時に2人分の材料を用意してしまったり、先にお風呂を勧めようとしたり、私の行動にはナルさんの名残があるから。
もう居ないのだと気づくたびに呼吸が浅くなる、身動きが出来なくなる。
意識を飛ばそうと眠れば、あの夢で倒れるお父さんがいつの間にかナルさんに変わっている。

私は、私はナルさんに、ナルさんのことを…。

昇々-The sun rise again-

「なぁ、ナルセ。お前はどこで死にたい?」

その日はセージさんの家で呑んでいた。家族が眠り、夜も更け、静かに呑んでいた時、俺の上司はポツリとそんな事を漏らしたのだ。
「そんな縁起でもないこと言うなんてセージさん、実は酔ってる?」
俺の言葉に、かもなと肩を竦めてみせる。カランと氷が溶けて音が鳴った。度数の高い、琥珀色の液体を喉に流し込むと一つ溜息をついて口を開いた。
「俺はさ、戦場で死にたいのよ。」
…正直、意外だった。セージさんには愛する家族がいるから。きっと見送ってもらって、いい人生だったって暖かいベッドの上で死ぬんだって。そんな風に思っていた。
「なーんだよナルセ。そんなに意外かー?一応俺だって軍人なんだぜ?」
カラカラと明るく笑うセージさんに俺も笑った。多分、引きつってただろうけど。
「いやー、意外すぎてびっくりした。絶対セージさんは家族に看取られて死にたいタイプかなって?」
思ったことを言えばカカカと笑った。
赤い髪をぐしゃぐしゃかき混ぜながらセージさんは言った。
「普通に考えたらさー、梓は分かんねぇけど、リアよりは早く死ぬワケじゃん?そしたら俺が死ぬとこ、リアはばっちりみるだろ?命の灯火が消える瞬間を目撃することになると思うからさ。それをリアには体験して欲しくないっていうか…分かるか?」
俺たちは軍人だ。人を殺し、人が殺されるところを何度も何度も見てきた。怪我を負った仲間をなんとか軍医のところへ連れて行ったとしても、助かるとは限らない。手を握られて、俺を通したその向こうに、置いてきた家族や、恋人なんかを見て、ふわりとそう、まるで散った花弁が地面に落ちるように事切れる。瞳に、永遠の虚無が訪れる。
その瞬間、親しい奴じゃなくたって自分の無力さを、喪失感を感じさせられる。まして家族ならもっとだろう。
「いいんすか、それで。あんたが一人寂しく死んだって何にしろリアは死を感じることになる。」
そうだなとセージさんは頷いた。
「だったらその時を少しでも伸ばしてやりてぇと思うのが親…というか俺なんだよ。」
その時、俺が見たセージさんはいつも通りの笑顔を浮かべていた。
 
ひらりひらりと薄紅色の花弁が舞い落ちる。
彼の祖父が極東から持ってきたという桜。庭に植えられたその樹の上にセージさんは居た。
「セージさん、アンリさんが呼んでるっすよ!」
幹にもたれて太い枝に座っていたセージさんが片眉をあげる。
「要件は〜?俺、今日久々の非番なんだけど?」
どうやら昼間にもかかわらず、すでに呑んでいたらしい。手にはショットグラスが握られている。
「知らないっす!ただ呼んでこいって言われただけなんで!」
その言葉に明らかに嫌そうな顔をしたセージさんが降りてきた。風を受けて緩く着たシャツの裾がふわりと舞う。
「あいつも横暴だなぁ…。ま、いーや。じゃあ行くか。」
ちゃんと軍服着てってくださいよ!と後ろから声をかけるとこちらを見ないままひらりと手を振った。
その時一陣の風が吹いてきて、薄紅色が俺の視界を埋め尽くし、セージさんの姿を霞ませたのだった。
 
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【the original&illustration by Shio Fumiori】
 
セージさんが特別任務を受けてから何年経っただろうか。前の定期報告から半年、そろそろ来る頃。
あれはある意味、虫の知らせというやつだったのだろうか。
ふと俺はあの質問を他の人にしてみたいと、そう思った。
「なーアンリさ「軍曹!」
走ってきたやつがアンリさんを呼ぶ。
「どうしたんだい?」
アンリさんが聞くと、走ってきた奴は二度三度深呼吸をして息を整え、言葉を紡いだ。
「先程、基地のゲートに少女が一人来まして…。それでその、軍曹に報告がある、と。」
特徴は?とアンリさんが言う。曰く、赤髪に緑色の瞳。
 
「…セージ・ロルカに代わり、ルクリア・ロルカが報告します。前回の報告にもありますように、現在もオランジュでは緊迫した状態が続いています。副団長ミラン・フォートリエの抜けた穴は未だ埋まらず、支障が出ているところもあるようです。ただ、リオラ・ルシオールの人望は我々の想像より高く、着々と我が軍との戦争に向け戦闘態勢を整えつつあります。以上です。」
ご苦労だったとアンリさんが言った。
ふっとその場の空気が緩む。“軍曹ではない”アンリさんはそっとリアに聞いた。
「何があったんだい?」
セージさんではなくリアが来た。それだけで大体の予想はつく。が、どこかでまさかと思う自分がいた。
「薬物中毒の元兵士に襲われました。多分元々腕の立つ人だったんだと思います。その日は街の人との集会に参加することになっていたので、護身用のナイフしか持っていなくて…。相手は拳銃だったんです。私を庇うために避けないで、それで。」
そこまで言うとくしゃりと、今にも泣きそうな顔でリアは笑った。
「机の中に遺言があったんです。グラフィアスに所属していただけでも何があるか分からないからと遺骨は散骨するようにとか、落ち着いたら資料を持って報告に行けとか書いてありました。それで今回は私が。」
お前、大丈夫かとか、御愁傷様でしたとか、まさかあの人がとか、リアに死に様見せないんじゃなかったのかとか、言いたいことはぐるぐる俺の中で回るだけで一つも言葉にならなかった。
 
セージさんの任務は俺が引き継ぐことになった。今はリアの家に住んでリアを監視をしている。
リアはどうやら軍の暗号を解読したようだとアンリさんは言った。セージさんの最後の報告書は暗号化されていたから解読できなければ読むことができなかったと。
 
夜の静寂の中ひたりと足音が聞こえた。ゆるく目を開け耳を澄ませると音は階段を降りていく。
あの日から時折あることだ。夢に見るのだとリアは言う。
夢の始まりは肉を断つ鈍い音。振り返ると梓さんが地に伏している。呼ぼうとした言葉はセージさんが手を引くことで声にならずに息を吐くだけに留まった。
痛いほどに手を引かれ裏路地を走る。ちらりと後ろを振り返ったセージさんの顔が驚愕に染まり、リアはその胸に抱き込まれた。発砲音が数回鳴り響く。地面へと倒れたセージさんの下からはい出そうとするとぐっと頭を抱えられ息も絶え絶えに最期の言葉を紡ぐのだ。
「…あいつが、居なくなるまで、動くなよ…?ダメなら、チャンスを…待て。俺のベルトにナイフが挟んであるからな。…生き、のびろ。」
あとはただ真っ赤に染まった視界にようやく目がさめるのだと言う。
 
そっと追いかけるとリアは寝巻きで庭先に出ていた。風邪引くぞと部屋から適当に持ってきたシャツをはおらせる。
「…お父さんがよく言ってたんです。」
桜は人の一生のようだとリアがポツリとこぼす。芽吹き、咲いて1番綺麗な時は短く、後は止まらずに散る。止められないその営みがまるで人の一生を見るようだとセージさんは言っていたらしい。
もしかしたらあの日もそんなことを思いながら杯を重ねていたのだろうか。桜の側に立つリアの上からハラハラと降る薄紅に、セージさんの背中を思い出した。
急になんだかさらわれてしまいそうな気がして腕の中にリアを閉じ込めた。
 
「ナルさん…朝ですよ。」
今日も太陽が昇って、リアが起こしに来る。
「あと5分…。」
そう応えれば、仕方ないですねと呆れたように言って下に降りていく。
丑三つ時の出来事を思い出してため息を吐く。
まぶたの裏のセージさんが桜の下でニカッと笑う。
いつか俺はリアを、セージさんを裏切るのだろうか。…裏切れるだろうか。
…考えるまでもない、裏切れるはずだ。いや、裏切れる。絶対に。
だって俺は‘‘正義’’のために動くのだから。

不離

白髪の少女は座っていた。
少女が愛した人と共に。
彼の髪と同じオレンジの花弁が風で巻き上がる。
少女は座っていた。
ずっとずっとそこに。

彼はそのオレンジの髪を散らして花畑に寝転がっていた。
傍には愛しい少女。
じわりと涙を浮かべるその姿に困ったように笑って頭を撫でる。
彼女の名前を呼ぶ。
彼は遠い日を思い出していた。

彼女との出会いは鮮烈だった。
国の者もめったに訪れることのないオレンジの花畑に座る少女。
‘‘今すぐここから離れろ!お前死にたいのか⁉︎”
私の言葉に振り向く彼女。
その透き通ったムーンライトブルーの瞳に全て見透かされそうで。
ぽつりと彼女が零した言葉に驚愕した。
‘‘…さみしいの?”
植物に蝕まれた青年と植物に愛された少女の運命が交錯した時であった。

彼は孤独だった。
国土の大半を占める、時に利となり、時に害となるオレンジの花、高山草。
それを幼い頃の実験によって自身に宿した彼はいつもどこかで諦めていたのだ。
騎士団団長となり民から慕われても。
優秀過ぎる右腕と可愛い部下に囲まれて仕事をしていても。
彼につきまとうのは幼い頃、自身が触れたことで枯れた花のように誰かを傷つけるのではないかという恐怖。
彼はその恐怖に耐えきれず自身の生を呪っていた。

彼女もまた孤独だった。
植物に愛され、自身が願えば花が咲き、実がつく。
気味悪がられ、村を追い出された彼女を護ってくれたのは植物だけだった。
植物は彼女の食べ物となり、住処となり、話し相手となった。
ある日黒い服の男が彼女を訪ねてきた。
彼は彼女に人の温もりと、人並みの暮らしを与えてくれた。
彼はいつも‘‘いってくる”と言った。
彼女は‘‘いってらっしゃい”と返した。
彼は‘‘ただいま”と帰ってきた。
彼女は‘‘おかえりなさい”と返した。
そしてある日、彼は彼女を薄暗い奥の奥の部屋へと連れて行った。
ここから出ないようにと言った彼は‘‘いってくる”と言ったので彼女は‘‘いってらっしゃい”と返した。
彼から‘‘ただいま”と言われることはなかった。

似た者同士の2人は恋仲になった。
いつも眉間にしわを寄せた副団長に呆れられるぐらいに彼は彼女を溺愛し、彼女も控えめながら彼を愛していた。
‘‘ずっと一緒にいたい”
けれど彼女は悟っていた。
彼の中の高山草が言ったのだ。
彼はもう、長くはないと。

彼と彼女は2人が出会った花畑に来ていた。
楽しそうに植物と戯れる彼女を彼は愛しそうに見つめていた。
彼女の名前を呼ぶと不思議そうな顔をして近づいてきた。
後ろを向けと言って花冠を乗せる。
自分の力で作った高山草の花冠。
頭に手をやって固まっていた彼女を不思議に思って呼ぶと振り返りざまにきゅっと抱きつかれた。
嬉しそうなその顔に自然と顔がほころぶ。
重心を後ろに傾けながら彼女を引っ張る。
ぱっと2人の周りに花弁が舞った。
彼女をぎゅっとその腕に閉じ込める。
とても幸せだった。

彼はもう限界だった。
ベッドに横たわる彼。
その傍に彼女。
他には誰もいない。
体力が落ち、上手く力をコントロール出来なくなった彼は常に毒を出し続ける状態で、彼女の他に近づける者は居なかった。
死期を悟った彼は彼女に言った。
‘‘あの場所に行きたい”

「ハナエ。」
彼女は俯けていた顔ををこちらに向けた。
目の端に溜まった涙がほろりと溢れる。
「…いや、いやだ。まだダメなの…!もう少しだけ…もう少しでいいからっ…!」
きっとハナエは私の中の高山草と話しているのだろう。
いやだいやだと繰り返すハナエをもう一度呼ぶ。
「ハナエ。」
ハナエはようやくつぶやくのを止めた。
「案ずるな、ハナエ。私はどこにも行きはしないぞ。」
左右に首を振る。
ぐっと拳を握り締めるのが見えた。
「嘘だ…。桔梗みたいにリオラも帰ってこなくなる。」
「嘘ではないぞ、ハナエ。」
とびきりの笑顔でハナエを見る。
ハナエ、私は今ちゃんとお前に笑えているか?
「私はずっとお前の側にいる。約束だ。」
右の小指を立ててハナエに向ける。
ハナエの白くて細い指が私のそれに絡んだ。
極東の、約束を破らないと誓う時にやるのだという指切りをする。
「ハナエ。」
彼女の頬に触れた指が先から朽ちていく。

‘‘私は永遠にお前の側でお前を愛し続ける”


少女は幾日も彼と共に座っていた。
ずっとずっとそこに居続けた。
また一陣の風が吹いた。
オレンジの花弁が舞い上がりその色の風となる。
ヒラヒラと花弁が地面に落ちる頃、少女の姿は忽然と消えていた。

「リオラ。」
彼が振り返った。
「おや。もう来てしまったのか、ハナエ。」
固く抱擁をかわす2人を見守るのは辺り一面の高山草だけだった。

とある一軒の家。
そこには青年と少女が暮らしていた。
2人は共に軍に所属し時には命に関わるような任務もあったが、幸せに暮らしていた。
そんなある日彼に極秘の任務が言い渡された。
誰一人としてその内容を告げてはならない。
そう言われた彼は残された3日をどう過ごすか考えた。
が、良い案は思いつかない。
結局彼は普段通りに過ごすことを決め、彼女には3日後に任務で旅立つとだけ伝えた。

彼は彼女のことを愛していた。
彼女も彼のことを愛していた。
2人の間には一つの約束があった。
‘‘任務から5年、音沙汰がなければ死んだと思って次の人を見つける”
そう、5年以内に戻ればいいのだ。
けれども5年で帰れる保証はどこにもない。
彼は考えた。
例え彼女をここに縛りつけることになっても帰りを待っていて欲しかったから。
周りにそれとなく相談した。
そして彼は花冠を送ることに決めたのだ。
その気高い紫色の匂い立つ花に想いを込めて。
知人に教えてもらいながら必死に作った。
‘‘珍しい。どうしたんだ。”
と聞かれれば曖昧に笑んで誤魔化して。
そうしてできた花冠は少々不恰好だったけれど彼女の瞳と同じ色のリボンがひらめく今までで一番きれいな贈り物だった。

出発の前日。
その日の夕飯は彼の好きな物ばかりだった。
美味しそうに食べる彼を見つめる彼女。
‘‘顔に何かついているのか”と聞けば、
‘‘あなたの顔を焼き付けておこうと思って”と。
風呂に入り、その晩は同じベッドで寝た。
おずおずと彼の背中に触れる彼女を彼はぎゅっと抱きしめてそのまま眠りについた。

出発の日。
彼は彼女に花冠を渡した。
突然頭の上に乗せられたそれにひどく驚いていたが花冠だと告げると嬉しそうに微笑んだ。
‘‘いってくる”という彼に‘‘いってらっしゃい”と答える彼女。
彼の姿が見えなくなるまで見送った彼女は静かに家へと戻った。

約束の5年では帰れなかった。
そしてあの日から10年が経ち、彼は彼女が待っているであろう家へと続く道を歩いていた。
家の前で彼の目に映ったのは荒れ果てた庭だった。
彼女が綺麗にしていた庭は見る影もなく、彼女は待っていてはくれなかったのだと思った。
一縷の望みをかけて家の中に入る彼。
‘‘ただいま”
あの日の頃ならすぐに帰ってくる声が聞こえない。寝ているのかもしれない。
そう彼は自分に言い聞かせるように彼女の部屋へと向かった。
彼女の部屋には誰も居なかった。
あぁ、やはり彼女は行ってしまったのだと思ったその時、彼は自分の部屋の扉が少し開いているのを見つけた。
そっと入るとそこにはすっかり変わった彼女が横たわっていた。
艶やかだった髪はもつれ、美しい肢体は痩せこけていて。
彼が彼女の肩を揺するとゆっくりとその目が開き彼の顔を捉えた。
‘‘これは夢…?”
彼は泣きそうなのを堪えて言った。
‘‘夢じゃない。帰ってきたんだ。”
彼女はゆるりと微笑んだ。
‘‘おかえりなさい。ずっとずっと待っていたの。”
あなたがそういうからと壁にかかった何かを指さす。
それは彼が彼女に送った花冠のドライフラワーだった。

彼女は重い病気を患っていた。
彼は思った。
‘‘彼女の病気が治るならなんだってする”と。
彼の必死の看病のお陰か彼女は日に日に良くなった。
ひどい咳はおさまり、発作も出なくなり、物も食べられるようになった。
医者からは奇跡だといわれた。
そして2人はやっと元のように暮らせるようになった。

彼は病床についていた。
医者にはもう長くないと言われたために病院を出て彼女と暮らしたあの家に戻っていた。
弱っていく彼に彼女は気丈にも明るく振舞った。
けれど彼は気がついていた。
彼女が寝ている彼の手を取り、嗚咽を漏らしているのを。
最期の時。
彼の胸に伏しながら堪えきれずにいくつもの筋をつくる彼女。
‘‘逝かないで。もう私を1人にしないで。”
泣きじゃくるのも虚しく彼の聴覚は水の中に入ったかのように奪われ、視界は狭くなり色彩は見えない。
うまく動かない手で彼女の髪を一房手に取り口づける。
‘‘笑って。”
そう強請れば彼女はくしゃりとゆがんだ笑みを作る。
‘‘君と生きることができて良かった。”
また泣き出す彼女が白み出す。
あぁ、彼女との日々があの花冠のように朽ちず終わらないものだったら良かったのにと思った。

彼女は墓前に佇んでいた。
彼の名前が刻まれたそれの前に。
彼女はその文字を撫でた。
愛おしそうに、そして沈痛な面持ちで、
彼女はそこにあの日の花冠ともう一つ置いた。
真紅の花で作られた花冠を。
そして彼女は—...

子煩悩-Trick or Treat!-

「あ、ミランさん、飴持ってく?」

「飴…?そんなものは必要ない。では、行ってくる。」
 
「リアー、パパにいってらっしゃいのちゅーは?」
「今日もやってるの?飽きないわねぇ…。」
「いーの、毎日してもらうんだから。じゃ、いってくるわ。」
 
10月31日。人が訪れるには少し早い時間にロルカ家のドアノッカーが打ち鳴らされた。
「おっはよー梓ちゃん!」
ドアを開けると快活そうな女性と2人の息子。ミラン・フォートリエの妻、クロエとその息子のアランとローランだ。
「おはよう、クロエちゃん。中入って。」
3人を家へと促すのはセージ・ロルカの妻、梓と愛娘ルクリア。
「じゃ、お邪魔します。ほら、2人とも。」
行儀よく言うと子どもたちで部屋へと入っていった。
「で、“アレ”はできてるの?」
悪戯っ子のような顔で聞くクロエに梓は頷く。
「勿論。最高傑作と言っても過言じゃないわ。あ、あとリクエストのTシャツもちゃんと作ったわよ?」
ありがとう梓ちゃん!もー大好き!とクロエは梓に熱い抱擁を送る。母親たちの子どもを呼ぶ声が響いた。
 
「どうかしら?」
「完璧すぎて言葉が出ないわ梓ちゃん…!何コレ!可愛いー!」
10月31日、つまるところハロウィンの“アレ”とは梓が3人のために手作りした衣装だった。
アランは黒いズボンにドレスシャツ、赤い裏地のついたマントを纏う吸血鬼。ローランは茶色の耳と尻尾、ズボンにTシャツ。そのTシャツには漢字で“狼男”と書かれている。リアはとんがり帽子に黒いワンピース、箒を持った魔女。
感極まったクロエはひたすらシャッターを切っている。
「なー母さん、これ着て何すんだー?」
こてんと首を傾げたローランの可愛さにまた悶えそうになるのを抑えてクロエは言った。
「今日はハロウィンでしょ?だから、リアちゃんのパパとミランさんの所にいたずらしに行くのよ!」
途端にやったーと喜ぶローランの隣で何やら考え込むアラン。
「それ…お仕事の邪魔じゃないの?」
その言葉に大丈夫よと梓が笑った。
「ちゃんとパパたちより偉い人に許してもらえたわ。」
そう、2人は夫のコネを存分に使い許可をもぎ取っていた。
「じゃあ出発するわよ!まずはリアちゃんのパパの所にレッツゴー!」
クロエの車に乗り込み、一行は最初の目的地、グラフィアスの元へと向かった。
 
3人は長い廊下を歩いていた。機密上の問題から本部の建物に入れたのは子どもたちだけだったので母親たちは外で待っている。
「あれ、リアちゃんもう来てたんですか?」
後ろから掛けられた声に振り向くとそこには青年が2人立っていた。
「リュカさん、ナルさん!」
それまでずっと不安げにローランとアランの後ろを歩いていたリアがたっと駆け寄った。
「おー、お前は魔女か。そっちは?友達?」
ナルセの問いにリアが頷く。リュカはニコニコしながら2人を手招いた。
「さて、3人とも言うことはないですか?」
その言葉にピョンとローランのアホ毛が揺れる。3人は顔を見合わせるとせーので元気よく言った。
「とりっくおあとりーと!」
ナルセが、げと顔をしかめる一方、リュカはポケットから飴玉を取り出すと3人に渡した。口々にお礼を言ったところでローランがはたと気づく。
「あいつにはお菓子貰ってないからいたずらか?」
そうだねとアランが頷くとリアが持っていた籠の中から何かを取り出した。
「ナルセさん、逃げちゃかわいそうですよ。」
じりじりと後退を始めていたナルセがリュカにたしなめられる。
リアが手に取ったスプレーを持ってナルセの足元へ行く。ここへどうぞとばかりに開いているズボンの穴のようなところにシュッシュッと中の液体を吹きかけた。
「ん、何だコレ…って何かスースーする!」
見るとリアがその液体を、かけた所をうちわで扇いでいた。単純な反応に爆笑するローラン。悪いと思ったのかリュカのアランは笑いを噛み殺しているが肩が震えている。
「だーもう!笑うなよ!本当にスースーすんだぞコレ!」
ちなみにスプレーの中身は薄荷水だった。
 
僕たちも軍曹たちの所に用があるので行きましょうかと言うリュカたちと共に3人は扉の前に立っていた。ナルセがドアを叩く。いきますよとドアを開けたリュカの後ろから3人は中へと入った。
「とりっくおあとりーと!」
やあと手を挙げたアンリと優しく笑うソフィア。セージだけが目を丸くしている。
「え、なんで⁉︎」
「さっきリアたちが言ってたじゃないらTrick or Treatって。」
アンリに言われようやく思考が働き出したらしくばっちり魔女の姿になっているリアを見ると手を広げ駆け寄ってきた。
「さ、皆お菓子あるわよ。」
ソフィアの一言に3人はパッとそちらに向かう。
「リア〜…。」
情けない声を出すセージにアンリが噴き出す。
「まーまーそういうコトもあるだろ、な?」
ドンマイと肩を叩くナルセの声は震えているし、小さい子は花より団子ですよとフォローしたリュカも肩が震えている。
それをニヤニヤと眺めていたアンリはくいくいと引かれた手に沿って下を見やるとソフィアに大きなロリポップキャンディーを貰ったらしい3人が並んでいた。
「ちょっと待ってね…。はい、どうぞ。」
アンリが取り出したのは一口サイズのチョコレート。ちゃんとお礼を言う3人にアンリの口元がほころぶ。
「いやー、見ないうちに大きくなったねぇ。」
ひょいとアンリはリアを片手で持ち上げる。頷くリアの下からローランが声をあげた。
「リアだけずるいぞー!俺も俺も!」
アンリに抱き抱えられて嬉しそうにしている2人をアランは少し笑って見ていた。
「じゃ、お前は俺な。」
その声に反応する前に後ろから抱き上げられる。
「あ、アランはリアのパパにか!」
「そーだぞ、いーだろー?」
何故かドヤ顔をするセージの後ろでナルセが娘にはフラれてるけどなと呟いた。
それを聞かれまいとリュカがセージに話しかける。
「そ、そういえばセージさんはお菓子、ないんですか?」
そうだそうだとセージはズボンの中を探る。出てきたのはチョコレートバー。
「なんで皆持ってんだよ…。」
ぼやくナルセにソフィアはあらと言った。
「ナルセ、貴方普段から非日常に備えてないの?あの地震大国の出身なのに?」
えとびっくりするナルセにアンリがやっぱりねという顔をした。
「ここでは地震はないけど、緊急で動かなきゃいけない時もあるだろ?だから皆カロリーがすぐ取れる甘いものを持ち歩いてるのさ。」
ショックのために床に崩れ落ちたナルセにグラフィアスの面々と子供たちの笑い声が降り注いだ。
もちろん、ソフィアの用意したロリポップキャンディーはこのイベント用のものだったわけだが、彼女が知っているのは必然だろう。
 
「あの2人、ミラン・フォートリエの息子なんでしょ?」
「らしいな。意外と可愛げがあってびっくりだ。特にあのアホ毛ちゃんの方。」
「そうだね。もう1人はどことなく似てたけど。まぁあそこまでの無愛想のが珍しいか。」
「ありゃ筋金入りだもんな。からかうの楽しいけど〜。」
 
オランジュ軍本部に着くと門の前にリオラが立っていた。
「あらリオラさん!わざわざごめんなさいね。」
車から降りたクロエが駆け寄った。
「あぁ、構わん。それよりこの子たちに何かあった方が困るではないか。」
それじゃ、よろしくお願いしますと3人は母親に見送られた。
 
「アランもローランも見ないうちに大きくなったものだな。どうだ、勉強はしているか?」
リオラに連れられミランの執務室に向かう途中2人はそう聞かれた。
「僕はやってますけどローランが…。」
「だって!勉強つまんねーんだもん!」
呆れたような目を向けるアランにローランはぷぅっとふくれる。
「ははは。ローランもミランのようになりたければ勉強しなければな。精進するのだぞ?」
リオラにそう諭されたローランは渋々頷く。
「して、お前は将来何になるのだ?」
それまでアランの後ろでリオラに目を合わせることなく歩いていたリアの肩がはねる。
恐る恐る見上げた先でリオラが首を傾げた。
「…軍人さん。でもお父さんには内緒。」
怒るの、ダメだってとリアがしょんぼりと言った。セージは可愛い娘を戦場に行かせたくないのだろう、当たり前だ。
「そうか。だが、その内お父上の気持ちも分かるようになると思うぞ。」
そうリオラが言った所で廊下の向こうから2人組が走ってきた。
「リオラ様ー!」
「おぉ、アムにシルではないか。どうしたのだ?」
ゼーハーと息を切らした2人がガシッとリオラの腕を両脇から掴んだ。
「リオラさま!まだ本日の業務は終わっていませんよ!」
「そうです!3時までの書類もあるのですから急いで!」
リオラはズルズルとアムとシルに引きずられていく。
「ま、待て待て!わたしはその子らにミランの執務室の場所をだな…!」
ギンッとアムとシルに睨まれ放してくれないと悟ったリオラが3人に縋るような目を向けたが彼らはポカンとしたまま見送る。
3人の脳裏にはドナドナが流れていた。
「あ、リオラさんたちにとりっくおあとりーとって言うの忘れたね。」
我に返ったアランの呟きが廊下に響いた。
 
広いオランジュ軍の本部で置き去りにされた3人は迷子になっていた。
「なぁアラン〜父さんが居るのどこなんだよ〜?」
「僕も分かんないよ…。誰か通りかかるといいんだけど…。」
アランが足元に落としていた視線を上げると廊下の向こうから男女が歩いてきていた。
「もう!兄さんはいつもいつも力で解決しようとするからこんなことになるのよ!少しは団長とか副団長を見習ってっていつも言ってるじゃない!」
「ガハハ!怒られはしたが結果オーライだったのだから良いのだ!!ん?オペラ、見たことのない子どもが居るぞ?」
豪快に笑った男が指差したことでぴゃっとすくみ上がったローランとリアがアランの後ろに隠れる。
「あら…!ここには入っちゃダメなのよ?」
「ち、違うぞ!俺たちは父さんより偉い人にいいって言われて父さんに会いに来たんだ!迷ったけど…。」
ローランが優しくたしなめたオペラに言い返すとオペラが眉をひそめる。
「…じゃあお父さんのお名前教えてくれる?」
ミランミラン・フォートリエ。」
アランが答えると2人は目を見開いた。
ミラン殿のご子息か!ガハハ!こりゃ愉快だ!ならばこのバレット、ミラン殿の執務室まで案内しよう!」
ついてくるが良い!と歩き始めたバレットに3人は恐る恐るついて行く。
「ごめんなさいね。兄さんはうるさいけど悪い人じゃないのよ。」
優しく笑うオペラに3人は各々頷いた。
 
ノックされた音に気付きミランが読んでいた書類から顔を上げる。
「…入れ。」
今日はこちらに来ると言っていたルイかと思いミランは入室の許可をする。扉を開けて入ってきたのはルイと…
「なぜお前たちがここに居る?」
息子が2人にもう1人、見覚えのあるような気がする子どもだった。存外厳しい声が出たのだろう、3人がビクリと固まる。
くるりと後ろを向くとこそこそと話し出す。
「やっぱり…父さん怒ってる…よな?」
「そりゃそうでしょ。だってお仕事の邪魔しちゃったし…。やっぱりやめといた方が良かったんじゃ…。」
そんな3人を横目にルイがミランの方に歩いてくる。
「久しいなミラン。今日も眉間のシワが絶好調だぞ。」
からかってくるルイの顔に視線を向けると普段のマスクは無く、無機質なひび割れが顕になっている。
「ルイ、マスクはどうした?」
いやなとルイが困った声で、無表情のまま言った。
「バレットくんたちに連れられて執務室まで来たようなのだが入る決心がつかないらしく扉の前で佇んでいたのでな。ちょっとした出来心で驚ろかしたらローランくんの手がマスクに当たって落ちてしまったのだ。だが、幸い今日はハロウィンとやららしく何も聞かれなかったのだよ。」
そうルイに言われて見ればなるほど、3人とも仮装をしていた。ミランは1つため息を吐くと小さな3つの背に向かって声をかけた。
「…ハロウィンなのだろう?」
その言葉に動きを止めた3人が嬉しそうに振り返る。
「とりっくおあとりーと!」
 
ミラン、入るぞ。」
リオラが入るとミランとルイが唇に人差し指を当てていた。客人用のソファを見ればすやすやと眠ること子どもたち。
「あぁ、すまない。それでミラ…ぶっ!」
噴き出したリオラに咎めるような視線が刺さるが耐えきれないというように口に手を当てて笑っていた。
「な、なんなのだその、あっ…頭は。と、とってもメルヘンだな。」
お菓子を持っていなかったために悪戯されたイイ大人2人は髪を弄られていた。
ルイはその巻き髪を三つ編みにされただけだったがミランは長い髪をラ◯ンツェルの髪型にされていた。子どものクオリティとは思えない見事な出来だ。なにせ花まで刺さっている。
「セージ・ロルカの娘が器用なようでな。アランがルイの髪を結っている間にやっていた…。あまり似ていないと思ったがこういう所は似ているらしい。」
悪戯好きだと言いたいのだろう。しみじみと言ったミランにリオラの笑いが更にヒートアップする。
そんな大人たちを知らない3人はすやすやと夢の世界に旅立っていた。
 
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【the original&illustration by Shio Fumiori】
 
「だから朝、クロエは飴は要るかなどと聞いてきたのか…。」
「断ってしまったのか?」
「あぁ。」
「はは。クロエはミランに優しいな!」
「…当然だろう。」