徒然なる日々

るくりあが小説を載せたり舞台の感想を書いたりするもの。小説は文織詩生様【http://celestial-923.hatenablog.com/about】の創作をお借りしています。

子煩悩-Trick or Treat!-

「あ、ミランさん、飴持ってく?」

「飴…?そんなものは必要ない。では、行ってくる。」
 
「リアー、パパにいってらっしゃいのちゅーは?」
「今日もやってるの?飽きないわねぇ…。」
「いーの、毎日してもらうんだから。じゃ、いってくるわ。」
 
10月31日。人が訪れるには少し早い時間にロルカ家のドアノッカーが打ち鳴らされた。
「おっはよー梓ちゃん!」
ドアを開けると快活そうな女性と2人の息子。ミラン・フォートリエの妻、クロエとその息子のアランとローランだ。
「おはよう、クロエちゃん。中入って。」
3人を家へと促すのはセージ・ロルカの妻、梓と愛娘ルクリア。
「じゃ、お邪魔します。ほら、2人とも。」
行儀よく言うと子どもたちで部屋へと入っていった。
「で、“アレ”はできてるの?」
悪戯っ子のような顔で聞くクロエに梓は頷く。
「勿論。最高傑作と言っても過言じゃないわ。あ、あとリクエストのTシャツもちゃんと作ったわよ?」
ありがとう梓ちゃん!もー大好き!とクロエは梓に熱い抱擁を送る。母親たちの子どもを呼ぶ声が響いた。
 
「どうかしら?」
「完璧すぎて言葉が出ないわ梓ちゃん…!何コレ!可愛いー!」
10月31日、つまるところハロウィンの“アレ”とは梓が3人のために手作りした衣装だった。
アランは黒いズボンにドレスシャツ、赤い裏地のついたマントを纏う吸血鬼。ローランは茶色の耳と尻尾、ズボンにTシャツ。そのTシャツには漢字で“狼男”と書かれている。リアはとんがり帽子に黒いワンピース、箒を持った魔女。
感極まったクロエはひたすらシャッターを切っている。
「なー母さん、これ着て何すんだー?」
こてんと首を傾げたローランの可愛さにまた悶えそうになるのを抑えてクロエは言った。
「今日はハロウィンでしょ?だから、リアちゃんのパパとミランさんの所にいたずらしに行くのよ!」
途端にやったーと喜ぶローランの隣で何やら考え込むアラン。
「それ…お仕事の邪魔じゃないの?」
その言葉に大丈夫よと梓が笑った。
「ちゃんとパパたちより偉い人に許してもらえたわ。」
そう、2人は夫のコネを存分に使い許可をもぎ取っていた。
「じゃあ出発するわよ!まずはリアちゃんのパパの所にレッツゴー!」
クロエの車に乗り込み、一行は最初の目的地、グラフィアスの元へと向かった。
 
3人は長い廊下を歩いていた。機密上の問題から本部の建物に入れたのは子どもたちだけだったので母親たちは外で待っている。
「あれ、リアちゃんもう来てたんですか?」
後ろから掛けられた声に振り向くとそこには青年が2人立っていた。
「リュカさん、ナルさん!」
それまでずっと不安げにローランとアランの後ろを歩いていたリアがたっと駆け寄った。
「おー、お前は魔女か。そっちは?友達?」
ナルセの問いにリアが頷く。リュカはニコニコしながら2人を手招いた。
「さて、3人とも言うことはないですか?」
その言葉にピョンとローランのアホ毛が揺れる。3人は顔を見合わせるとせーので元気よく言った。
「とりっくおあとりーと!」
ナルセが、げと顔をしかめる一方、リュカはポケットから飴玉を取り出すと3人に渡した。口々にお礼を言ったところでローランがはたと気づく。
「あいつにはお菓子貰ってないからいたずらか?」
そうだねとアランが頷くとリアが持っていた籠の中から何かを取り出した。
「ナルセさん、逃げちゃかわいそうですよ。」
じりじりと後退を始めていたナルセがリュカにたしなめられる。
リアが手に取ったスプレーを持ってナルセの足元へ行く。ここへどうぞとばかりに開いているズボンの穴のようなところにシュッシュッと中の液体を吹きかけた。
「ん、何だコレ…って何かスースーする!」
見るとリアがその液体を、かけた所をうちわで扇いでいた。単純な反応に爆笑するローラン。悪いと思ったのかリュカのアランは笑いを噛み殺しているが肩が震えている。
「だーもう!笑うなよ!本当にスースーすんだぞコレ!」
ちなみにスプレーの中身は薄荷水だった。
 
僕たちも軍曹たちの所に用があるので行きましょうかと言うリュカたちと共に3人は扉の前に立っていた。ナルセがドアを叩く。いきますよとドアを開けたリュカの後ろから3人は中へと入った。
「とりっくおあとりーと!」
やあと手を挙げたアンリと優しく笑うソフィア。セージだけが目を丸くしている。
「え、なんで⁉︎」
「さっきリアたちが言ってたじゃないかTrick or Treatって。」
アンリに言われようやく思考が働き出したらしくばっちり魔女の姿になっているリアを見ると手を広げ駆け寄ってきた。
「さ、皆お菓子あるわよ。」
ソフィアの一言に3人はパッとそちらに向かう。
「リア〜…。」
情けない声を出すセージにアンリが噴き出す。
「まーまーそういうコトもあるだろ、な?」
ドンマイと肩を叩くナルセの声は震えているし、小さい子は花より団子ですよとフォローしたリュカも肩が震えている。
それをニヤニヤと眺めていたアンリはくいくいと引かれた手に沿って下を見やるとソフィアに大きなロリポップキャンディーを貰ったらしい3人が並んでいた。
「ちょっと待ってね…。はい、どうぞ。」
アンリが取り出したのは一口サイズのチョコレート。ちゃんとお礼を言う3人にアンリの口元がほころぶ。
「いやー、見ないうちに大きくなったねぇ。」
ひょいとアンリはリアを片手で持ち上げる。頷くリアの下からローランが声をあげた。
「リアだけずるいぞー!俺も俺も!」
アンリに抱き抱えられて嬉しそうにしている2人をアランは少し笑って見ていた。
「じゃ、お前は俺な。」
その声に反応する前に後ろから抱き上げられる。
「あ、アランはリアのパパにか!」
「そーだぞ、いーだろー?」
何故かドヤ顔をするセージの後ろでナルセが娘にはフラれてるけどなと呟いた。
それを聞かれまいとリュカがセージに話しかける。
「そ、そういえばセージさんはお菓子、ないんですか?」
そうだそうだとセージはズボンの中を探る。出てきたのはチョコレートバー。
「なんで皆持ってんだよ…。」
ぼやくナルセにソフィアはあらと言った。
「ナルセ、貴方普段から非日常に備えてないの?あの地震大国の出身なのに?」
えとびっくりするナルセにアンリがやっぱりねという顔をした。
「ここでは地震はないけど、緊急で動かなきゃいけない時もあるだろ?だから皆カロリーがすぐ取れる甘いものを持ち歩いてるのさ。」
ショックのために床に崩れ落ちたナルセにグラフィアスの面々と子供たちの笑い声が降り注いだ。
もちろん、ソフィアの用意したロリポップキャンディーはこのイベント用のものだったわけだが、彼女が知っているのは必然だろう。
 
「あの2人、ミラン・フォートリエの息子なんでしょ?」
「らしいな。意外と可愛げがあってびっくりだ。特にあのアホ毛ちゃんの方。」
「そうだね。もう1人はどことなく似てたけど。まぁあそこまでの無愛想のが珍しいか。」
「ありゃ筋金入りだもんな。からかうの楽しいけど〜。」
 
オランジュ軍本部に着くと門の前にリオラが立っていた。
「あらリオラさん!わざわざごめんなさいね。」
車から降りたクロエが駆け寄った。
「あぁ、構わん。それよりこの子たちに何かあった方が困るではないか。」
それじゃ、よろしくお願いしますと3人は母親に見送られた。
 
「アランもローランも見ないうちに大きくなったものだな。どうだ、勉強はしているか?」
リオラに連れられミランの執務室に向かう途中2人はそう聞かれた。
「僕はやってますけどローランが…。」
「だって!勉強つまんねーんだもん!」
呆れたような目を向けるアランにローランはぷぅっとふくれる。
「ははは。ローランもミランのようになりたければ勉強しなければな。精進するのだぞ?」
リオラにそう諭されたローランは渋々頷く。
「して、お前は将来何になるのだ?」
それまでアランの後ろでリオラに目を合わせることなく歩いていたリアの肩がはねる。
恐る恐る見上げた先でリオラが首を傾げた。
「…軍人さん。でもお父さんには内緒。」
怒るの、ダメだってとリアがしょんぼりと言った。セージは可愛い娘を戦場に行かせたくないのだろう、当たり前だ。
「そうか。だが、その内お父上の気持ちも分かるようになると思うぞ。」
そうリオラが言った所で廊下の向こうから2人組が走ってきた。
「リオラ様ー!」
「おぉ、アムにシルではないか。どうしたのだ?」
ゼーハーと息を切らした2人がガシッとリオラの腕を両脇から掴んだ。
「リオラさま!まだ本日の業務は終わっていませんよ!」
「そうです!3時までの書類もあるのですから急いで!」
リオラはズルズルとアムとシルに引きずられていく。
「ま、待て待て!わたしはその子らにミランの執務室の場所をだな…!」
ギンッとアムとシルに睨まれ放してくれないと悟ったリオラが3人に縋るような目を向けたが彼らはポカンとしたまま見送る。
3人の脳裏にはドナドナが流れていた。
「あ、リオラさんたちにとりっくおあとりーとって言うの忘れたね。」
我に返ったアランの呟きが廊下に響いた。
 
広いオランジュ軍の本部で置き去りにされた3人は迷子になっていた。
「なぁアラン〜父さんが居るのどこなんだよ〜?」
「僕も分かんないよ…。誰か通りかかるといいんだけど…。」
アランが足元に落としていた視線を上げると廊下の向こうから男女が歩いてきていた。
「もう!兄さんはいつもいつも力で解決しようとするからこんなことになるのよ!少しは団長とか副団長を見習ってっていつも言ってるじゃない!」
「ガハハ!怒られはしたが結果オーライだったのだから良いのだ!!ん?オペラ、見たことのない子どもが居るぞ?」
豪快に笑った男が指差したことでぴゃっとすくみ上がったローランとリアがアランの後ろに隠れる。
「あら…!ここには入っちゃダメなのよ?」
「ち、違うぞ!俺たちは父さんより偉い人にいいって言われて父さんに会いに来たんだ!迷ったけど…。」
ローランが優しくたしなめたオペラに言い返すとオペラが眉をひそめる。
「…じゃあお父さんのお名前教えてくれる?」
ミランミラン・フォートリエ。」
アランが答えると2人は目を見開いた。
ミラン殿のご子息か!ガハハ!こりゃ愉快だ!ならばこのバレット、ミラン殿の執務室まで案内しよう!」
ついてくるが良い!と歩き始めたバレットに3人は恐る恐るついて行く。
「ごめんなさいね。兄さんはうるさいけど悪い人じゃないのよ。」
優しく笑うオペラに3人は各々頷いた。
 
ノックされた音に気付きミランが読んでいた書類から顔を上げる。
「…入れ。」
今日はこちらに来ると言っていたルイかと思いミランは入室の許可をする。扉を開けて入ってきたのはルイと…
「なぜお前たちがここに居る?」
息子が2人にもう1人、見覚えのあるような気がする子どもだった。存外厳しい声が出たのだろう、3人がビクリと固まる。
くるりと後ろを向くとこそこそと話し出す。
「やっぱり…父さん怒ってる…よな?」
「そりゃそうでしょ。だってお仕事の邪魔しちゃったし…。やっぱりやめといた方が良かったんじゃ…。」
そんな3人を横目にルイがミランの方に歩いてくる。
「久しいなミラン。今日も眉間のシワが絶好調だぞ。」
からかってくるルイの顔に視線を向けると普段のマスクは無く、無機質なひび割れが顕になっている。
「ルイ、マスクはどうした?」
いやなとルイが困った声で、無表情のまま言った。
「バレットくんたちに連れられて執務室まで来たようなのだが入る決心がつかないらしく扉の前で佇んでいたのでな。ちょっとした出来心で驚かせたらローランくんの手がマスクに当たって落ちてしまったのだ。だが、幸い今日はハロウィンとやららしく何も聞かれなかったのだよ。」
そうルイに言われて見ればなるほど、3人とも仮装をしていた。ミランは1つため息を吐くと小さな3つの背に向かって声をかけた。
「…ハロウィンなのだろう?」
その言葉に動きを止めた3人が嬉しそうに振り返る。
「とりっくおあとりーと!」
 
ミラン、入るぞ。」
リオラが入るとミランとルイが唇に人差し指を当てていた。客人用のソファを見ればすやすやと眠ること子どもたち。
「あぁ、すまない。それでミラ…ぶっ!」
噴き出したリオラに咎めるような視線が刺さるが耐えきれないというように口に手を当てて笑っていた。
「な、なんなのだその、あっ…頭は。と、とってもメルヘンだな。」
お菓子を持っていなかったために悪戯されたイイ大人2人は髪を弄られていた。
ルイはその巻き髪を三つ編みにされただけだったがミランは長い髪をラ◯ンツェルの髪型にされていた。子どものクオリティとは思えない見事な出来だ。なにせ花まで刺さっている。
「セージ・ロルカの娘が器用なようでな。アランがルイの髪を結っている間にやっていた…。あまり似ていないと思ったがこういう所は似ているらしい。」
悪戯好きだと言いたいのだろう。しみじみと言ったミランにリオラの笑いが更にヒートアップする。
そんな大人たちを知らない3人はすやすやと夢の世界に旅立っていた。
 
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【the original&illustration by Shio Fumiori】
 
「だから朝、クロエは飴は要るかなどと聞いてきたのか…。」
「断ってしまったのか?」
「あぁ。」
「はは。クロエはミランに優しいな!」
「…当然だろう。」