この近所の商店街もピリピリしてきたと思った。前線から帰された元兵士や、これから向かうのであろう若者。以前よりずっと多く見かけるようになった。
「前から知っている人の店以外には行くなよ」ナルさんにもそう注意されている。都心はもっとピリピリしているらしく、軍服を着ていないとおじさんも声をかけられるほどだと言っていた。
店先にじゃがいもが並んでいる。今夜の夕飯はクロケッタにしよう。いくつか選んで会計に持って行く。
「ルクリアちゃん、いつもありがとうね〜。」
そう言って袋に詰めてくれるおばさんはいつもより忙しなく、慌てているように見えた。普段なら少し立ち話になるところなのに。
「…おばさん、何かあった?」
「え?えぇ、旦那がね、帰って来たのよ。はい、おつりとじゃがいもね。」
釈然としないながらも、袋を受け取って店を出る。あとはバカラオを買って…と考えていると突然肩を掴まれた。
「何をしている?」
大柄なその人の、こちらを見る目は憎悪に燃えていて、振り払って逃げなきゃと警鐘が鳴る。
「…買い物です…うっ!」
肩を押されて尻餅をつく。袋からじゃがいもが落ちて道を転がった。
「嘘をつくな!その髪の色!瞳の色!俺は戦場で見たんだ!!白のスパイだろう!なぁ⁉︎」
詰問してくる男の人に周りの人も集まってくる。お父さんが言ってた疑うような視線、遠巻きに見る人たち。力があるからこの国にいられるとお父さんが言っていた意味が、今なら分かる。
「何してるの!あんた!」
おばさんが店から出て来て男の人に呼びかける。どうやら旦那さんだったらしい。
「白のスパイを見つけたからな、問い詰めていたところだ。」
「やめなさいよ、ロルカさん家の娘さんじゃない!由緒ある家の子よ!!」
おばさんの言葉に旦那さんは鼻で笑った。
「ずっと前から送り込んでいたスパイだとしたら?そうやって、何十年も前からある家だからスパイなはずがないと思わせていたら?どうなんだよ!なぁ⁉︎」
旦那さんの剣幕に動けなくなった私を立たせてくれたのは近所に住むおばあさんだった。
「ほら、早くしな。奥さんが抑えててくれてる内に。」
コクリと頷いて袋を持って走りだす。喧騒が遠ざかっていく。
「…本当にスパイだったらお父さんが死ぬはずないのに…!」
走りながらやり場のない憤りを言葉にぶつけた。
「赤髪で緑目の白軍の人?沢山いると思うけど…。」
夕飯でナルさんに聞くとそう言われた。
「…じゃあ偉い人なら?」
もぐもぐとクロケッタを咀嚼していたナルさんがゴクリと喉を動かした。
「…戦士長だよ。実質兵を率いてるな。」
もうこの話は終わりだと言うようにナルさんは手を振った。
私がその人を実際に見ることになるのはもう少し先のことだ。