徒然なる日々

るくりあが小説を載せたり舞台の感想を書いたりするもの。小説は文織詩生様【http://celestial-923.hatenablog.com/about】の創作をお借りしています。

fragile

あの日から彼の様子が変だ。姿が見えないから、探しにいくといつも、遠くを見つめている。そして瞳を揺らがせて、半笑いでため息をつく。今日は中庭の芝生の上に座り込んでいた。

悩みの種は分かっている。でも、私には兄弟がいないし、この国で生まれて、この国で育ってきたからきっと、理解することはできない。だから、声をかけることさえためらって、開いた口を閉じてしまう。けれど、私にとって彼は大事な幼なじみで、仲間だから。

近づいていって、彼の後ろに座る。それでも気がつかないぐらい思考の海に沈んだ彼。少し腹立ち紛れに後頭部を背中に打ち付けてから寄りかかった。うわっと声が聞こえて、こちらを見ようと首を回してる気配を感じるけれど無視する。

「どうした?何かあったか?」

何かあったのはそっちじゃないと言いたいけれど、どうにもその後どうしたらいいのかわからなくて別に、と返してしまった。

こういう時、口下手な自分が嫌になる。もっと気の利いた言葉とか、そうじゃなければせめて、素直に言えたらいいのに。

「…私、変わらずにこの国にいる。」

うん、と彼が頷く。この国で生きていくよりも、きっと彼の国なら楽に生きられただろう。ガイラス卿が言ったように、私は何も知らずに、普通の女性としての道を歩んでいただろう。

「だから、」

でも、この道を選んだことを後悔してるわけじゃない。ここで私は皆と一緒に戦えることが、皆が変わらずここにいてくれることが嬉しい。

「だから…ローランくんもずっとここにいてくれるよね?」

ズルい聞き方だと、思った。彼は、もうあの国に戻ることはできないって、お兄さんと和解することはできないって分かってるのに、それでも、不安が拭えない。

「…当たり前じゃん。」

半身だけずらして、優しい彼はそう言ってくれた。

 

 

あの日から、気がつくとつい考えてしまっている。今日も中庭に座って空を見上げていた。自覚しているよりもずっと呆けていることが多いらしく、リアとマルセルによく心配される。

アランと会ってしまって、一方的に別れを突きつけられて、想像以上にショックを受けているらしい。

心の隅っこの方でアランなら分かってくれると、思っていたのかもしれない。いや、きっとそうでなくとも、話ぐらいは聞いてくれると思っていたんだ。

だから、あんな風に一方的に手を離されてとても悲しい。理解してもらえないことにほんの少しの苛立ちと悔しさが混ざってぐるぐると俺の中を回る。

次に会った時、アランと剣を交えることができるのかと、弱気な自分を嘲笑って息を吐いた。この国に来たこと全てを後悔しているわけではない。あの時、父さんに助けてもらって、そしてこの国に来たことが不幸だとも思わない。この国で俺は大切な仲間に出会えたことは事実だし、とても良くしてもらった。

だけど、それとこれとは別なのだ。家族が、 郷里が恋しくなったんだろう。

そんなことを考えていると背中に鈍い痛みがはしった。

「うわっ!」

そのまま体重をかけてくるそれを見ようと首を回す。チラリと見えた赤にリアかと思う。

「どうした?何かあったか?」

俺の問いに別にと素っ気なく応えた。身じろぎする音が聞こえて、サラリと落ちた髪の毛が背中に当たる感触がした。

「…私、変わらずこの国にいる。」

ほんの少しだけ、震えを含んだ声にうんと頷く。リアもきっと今回の潜入で思うことがあったんだろう。自分によく似た色を持つあの人に会ったと言っていたから。

「だから、」

言葉を探すように言葉が途切れ、沈黙があたりを支配する。

「だから…ローランくんもずっとここにいてくれるよね?」

その言葉にハッとする。リアはきっと敏感に感じ取っているのだろう。俺が自国に帰りたいと思ってしまったこと、アランに殺されることも悪くはないと考えていることを。

半身だけ彼女の身体からずらして、耳元にささやく。

「…当たり前じゃん。」

ぎゅっと胸が苦しくなった。どうかこの掠れてしまった声に気づかないでほしい。

 

 

あの日からふつふつと煮えたぎる怒りが抑えられない。あいつを見つけたのは本当に偶然だった。夕方の巡回の最中、ふと目に留まった男女がいたのだ。女の方は明るい赤髪を三つ編みしているのに、男の方は髪を短く揃えていた。若いのに珍しいな、と見遣ったその横顔は見間違えようがなかった。

戻ってきていたのかと思った。だが、そんなはずはない。あいつは黒に降ったのだから。意を決して、僕はそっと2人の後をつけ始めた。

しばらくすると女の方が何かを言って別れた。荷物を預けて行ったところを見るに何か買い忘れでもあったのだろうか。一対一の状況に好都合だと思う。

気づかれてしまったのか速度を上げて曲がり角を曲がったその姿を追う。しかし、その姿はすでにそこにはなかった。この道のどこかの路地を曲がったのだろう。

「ローラン。」

名前を呼んでカマをかけてみる。やはりどこかにいるのだろう、何かの気配がした。

「まだいるんだろう?そのままでいい、聞いてくれ。」

僕の半身に対する怒りが抑えきれずに沸き起こる。なぜ父さんが死ななければいけなかったのだろう。そして、なぜお前は黒に降ってのうのうと生きているのだろう。ギリと奥歯を噛みしめる。

「俺はお前を許さない。次に会う時は…容赦しない。」

踵を返し、路地から遠ざかり、任務へと戻る。だが、怒りは収まらない。それどころかあの日から日に日に増していくようだった。

僕は許せないのだ。僕より能力の劣るあいつが、潜入任務を任されているということが。あいつがこの国に残っていたとしたら、僕よりも上にいけたという事実さえもが。

だからこそ、黒に降ったお前を殺して僕は父さんに一歩でも近づく。そのためにどんな犠牲をも厭わない。たとえ父さんと母さんが悲しむとしても。僕は…俺は、お前を。

 

 

 

 

雨が降り続いていた。

バサリと濃い赤色の束が地面に落ち、ローランくんの顔に驚愕の色が広がる。

「父や母が悲しむから止めろと言っているならばナンセンスだ。俺は俺の意志でお前の前に立っている。」

一言も発さないローランくんを嘲るように笑って彼は言葉を続けた。

「残念な事に、父や母の悲しむ顔を思い浮かべて止められるほど俺は理性的でなくてな。個人的な、自分勝手な理由で貴様を殺めたい!」

パチパチと瞬きをしたローランくんの口がわななく。

「だ、だからって…髪を切ることは!」

「お前を背負ってやるという覚悟だ。」

長い髪が、彼の国では意味のあることだと知っていた。その髪を切るということは、つまり。

「俺は、お前という亡命者を倒した功績と、弟を殺したという罪を背負って上にいく。」

彼は徐に剣を構え直し、ローランくんを見つめた。剣の柄に手をやったまま動かないローランくんの姿に、私は腰の銃に手をやった。

「無粋な真似をするな。」

彼の深い赤が私を射抜く。

「私の大切な人をそう簡単に奪われるわけにはいかないんです。」

「いいんだ。」

一触即発の雰囲気を破るように発された言葉に視線を向ける。

「アランの本気は伝わった。…だから、俺も全力でいくよ。」

そういって彼は悲しそうに笑った。

人と人のつながりはどうしてこんなにももろいんだろう。どうして兄弟が、殺し合わなければいけないのだろう。

2人が剣を交える音が響き渡る。

空はまだ、2人を思って泣いていた。

書きたいところを書きたいだけ書く その5

聖杯戦争…?Ⅲ】

 

「ごめんね、マスター。言えない…言えないんだ。」

みっともなく声が震える。その時、温かいものが僕の頬に触れた。

「馬鹿ねぇ…。」

そう言って困ったように笑う彼女は記録に残る彼女とは違う人物なのだと思い知らされた。

「本当にごめんね。」

もう一度謝れば、いいのよと彼女は言った。

「貴方は信じるに足る人だもの。」

『セイバーはあたしに嘘つかないでしょ?』

僕をまっすぐに見つめる瞳が、また重なった。

 

 

胸ぐらを掴まれ、突き飛ばされた。瞳は怒りに燃え、普段は穏やかに下がる眉はつり上がっている。

「…どうして黙ってたの。」

僕に掴みかかろうとするテオを彼女が止める。

「ねぇ、僕は君からしたら、随分滑稽なことをしていただろうね?」

するりと彼女の手を抜け、僕に問いかける。冷たい視線を見つめ返す。

「…ごめんね、マスター。」

ジャボを掴んで起こされ、息がつまる。

「キャスターが居たのに何でアリシアはひどい目にあったの⁉︎」

やめてと彼女がまた呟く。テオの瞳は潤み、口元はわなわなと震える。

「どうして、どうして君が僕のサーヴァントなの⁉︎」

「やめてテオドール!!」

…本当に、どうしてだろうね。

 

 

「…いっつもあいつの手から大事なもんがすり抜けちまう。俺もあの時の判断が正しかったどうか分からねぇ。あいつの傷をまた増やしただけなんじゃねぇかと思うこともある。ただな…。」

俺はナルセのに視線を合わせる。暁のような瞳が俺を見ていた。

「大事なもんはちゃんと掴んでないとダメだ。自分じゃダメだと思った瞬間それはすり抜けていく。気付いた時には手遅れってわけさ。」

ま、おめぇなら大丈夫だろうよと重くなった空気を払うようにナルセの頭をくしゃくしゃと乱す。

「…俺、もう一度ちゃんと伝えるよ。」

「おう!」

すまない、ナルセ。これは俺のエゴでしかないのにな。

ずっと見てきたあいつが如何にして生きたか、死んだか、そしてまた生きているのか。

…どうしても重なっちまうんだ。お前があの子を失うこととあいつが失ったことが。

「アサシン。」

呼ばれて視線を向ける。

「…ありがとな。」

その言葉に救われた気がした。

 

 

マスターの前に姿を現わすとマスターが抱きついてきた。

「もう傷は大丈夫なんですの⁉︎」

あぁと頷くとマスターは大声を張り上げた。

「騎士道も良いですわ!でもこれは戦争なんですからそんなものドブに捨てるなり犬に食わせるなりして下さいませ!!」

目に涙を浮かべ、力一杯拳で殴られた胸元が痛い。震える小さな拳がゆっくりと開き、服を掴んだ。

「…貴方まで消えたら、私はどうしたら良いんですの…?」

迷える幼子のように呟かれたその言葉にハッとする。俺が今、1番守りたいものはなんだったのか。

「許してくれ、マスター。」

そっと目線の下にある頭を撫でると上目遣いでこちらを見たマスターの眉がきゅっと寄った。

「…明日のおやつはケーキを所望しますわ。」

その言葉に自然と笑いがこみ上げる。

「仰せのままに、マスター。」

マスターはツンと横を向く。ちらりとこちらを見上げると悪戯の成功した子どものように笑ったのだった。

 

 

「マスターはいつになったら僕のことを見てくれるんでしょうか…。」

口をついた言葉は僕1人きりの座に虚しく響く。マスターのサーヴァント嫌いは前回の聖杯戦争にあるらしい。

監視を続けていた僕にアサシンのサーヴァントが教えてくれた。奥さんが亡くなったことで取り乱したために、息子さんは遠い親戚に預けられたらしい。

『偵察の時以外出てくるな。』

その令呪に縛られた僕は長い時間をここで過ごしている。

自分の顔に走る傷をなぞる。この傷はいつのだっただろうか。あの頃もこんなことがあったような気がする。

「僕のことを認めて欲しいなんて、おこがましいことなんでしょうか。」

ごめんなさい、マスター。こんな僕をどうか許して下さい。

 

 

「誰がそんなこと決めたんですか。」

自分で思っていた以上に冷たい声が出た。黎明の空のような瞳が驚いたように固まる。

「だ、だが私が母様を不幸にしたことは間違いないのだ。人を、人を不幸にしてしまった私に、幸せになる権利など…!」

「それなら私も幸せになれないはずです。」

どうか気がついて欲しいと思う。マスターが人を不幸にしてるんじゃない。マスターが幸せから逃げているだけなんだと。

「私の両親は幼い私を庇って死にました。父はとても強かった。私が居なければ2人はもっと長く生きていたでしょう。」

それでもと言葉を続ける。

「私は幸せに生きました。両親を殺したのに、です。」

迷い子のように瞳を揺らすマスターの手をそっと握る。

「幸せは享受するものです。そこら辺にたくさん転がっていて、それを幸せと認めるか認めないかだけなんですよ。」

微笑みかければマスターは硬い表情で頷く。

「じゃあナルセさんにちゃんと伝えましょう!」

さぁさぁと背中を押すとマスターはそ、それは話が違う!と顔を真っ赤にして叫んだ。

幸せになってはいけない人なんて、この世にはきっと居ないんですよ、マスター。

 

 

「…マスター。」

俺が呼ぶと男は疲れた顔でこちらを見遣った。

「すまない。」

そう言うとヘラリと笑って言う。

「承知していたことだ。私はお前が望んでしたことでないことは分かっている。」

そう、マスターは俺の話を全て信じてくれた。前回の戦争の結果を知りながら。

「早く彼らの誤解が解けると良いな。」

にっこりと笑うその顔はやはり疲労が蓄積されて、やつれている。自分のせいだと分かっていてもどうしようもないのだ。

「…そうだな。」

いつもの口癖を言う気になれなかったのは、本当に俺自身がそれを望んでいたからか。それとも、そんなことはないことを痛いほどに分かっているからか。

「珍しいな、お前が同意するとは。」

だがその方が良いぞとマスターは笑う。

「極東で言う、言霊というやつだ!」

呑気なマスターに1つため息を吐く。

「そんなものはない。」

書きたいところを書きたいだけ書く その4

聖杯戦争…?Ⅱ】

 

「ねぇねぇキャスター。今まで誰も来ないけど本当に戦争してるのかな?」

夜道は2人の足音とコンビニの袋が立てるガサガサという音だけが響く。

「うーん、まだ召喚されていないのかもしれないね。それに…今来られたらテオはお腹空いてて戦えないだろう?」

「うん!」

今日の夜食は何かな〜?と嬉しそうなテオにキャスターも表情を和らげる。

その時、キャスターが歩みを止めた。

「キャスター?」

不思議そうに小首を傾げたテオをキャスターがやんわりと留める。

「お客さんみたいだ。」

キャスターの視線の先、街灯に照らされた道の上に男女が舞い降りた。

「こんばんは。」

女の方が話しかけてくるとテオは笑って答える。

「こんばんは、僕に何か用なの?」

えぇと女は頷く。

「ついて来てくださる?」

その言葉にキャスターは断ろうと思ったが、女の後ろに立つ黒髪の男がこちらに殺気を向けた。それを感じてキャスターはテオに耳打ちする。

「言う通りにしようか。クラスも気になるしね。」

うんとテオは頷く。

「いいよ?でも、僕お腹空いてるからあんまり長いと困るなぁ。」

多分、短くて済むと思うわと女は答えた。

 

女に連れられて行った先は廃病院だった。その前庭で4人は対峙する。

「単刀直入に聞くわ。あなた、マスターよね?サーヴァントのクラスが知りたいの、教えてくれる?」

女の言葉にうーんと唸るテオ。

「だめ。不利になっちゃうもん。ね?」

キャスターも頷く。

「君もこちらの返答は分かっていたんじゃないかな?だからここに連れて来た。」

すると後ろに立っていた男がパチパチと拍手する。そして余裕たっぷりに笑うと言った。

「ご明察。そこまで分かっているなら…遠慮なく行かせてもらうよ!」

男が叫ぶと空中から人の背丈もあるような剣が出てくる。一目見て重そうなそれを軽々と振り回すと戦闘の体制を取った。

「えぇっと…ちょっと待ってくれるかな?」

キャスターは自分の服をパタパタと叩き出す。

ズボンのポケットを確認し、上着のポケットも確認すると動きを止めた。

「マスター、今日は無理だ。」

「うん。」

男にくるりと背を向けたキャスターはテオを背負う。

「ごめんね、今日は引かせてもらうよ。」

その言葉に男の眉が跳ね上がる。

去ろうとするキャスターを男が追いかけた。

「行かせないよ?」

振り下ろした剣が地面に当たると亀裂を作り出してキャスターへと向かって行く。それに気づいたキャスターは何でもないような顔で空中へと飛び上がった。

「本当にごめんね。マスターが燃料切れじゃなければお相手するんだけれど…。」

「あ!言っておくけど僕のサーヴァントは強いからね!」

ビシッと指を突き立てたテオと背負ったキャスターが夜の闇へと消えて行く。男は悔しそうな顔をしていたがふぅと一息つくと剣を消した。

「ごめんね、マスター。逃げられちゃった。」

「また機会はあるわよ。焦らないようにしましょう、セイバー。」

2人もまた、闇へと消えて行った。

 

「…どうですの、ライダー。」

廃病院の屋上、甲冑を来た男と顔に大きな傷のある女が立っていた。

「黒い方はセイバーだろう。剣を使っていた。もう1人は何とも言えん、ただバーサーカーではないとだけ分かれば十分な収穫だ。」

それに女は頷いた。

「では、わたくしたちも帰りましょう。」

女が帰ろうと踵を返した時、ライダーの視界の端で何かが光った。

目にも留まらぬ速さで女の前に飛び出し剣を払う。鈍い音と共に床がえぐれる。

「な、何がありましたの⁉︎」

ライダーは光った方向を見据える。しばらくすると構えを解き、剣を収めた。

「…狙われていたようだ。」

床にめり込んだそれをライダーが拾う。

「銃弾…か。」

 

廃病院から1km。ビルの屋上に女が2人立っていた。

「…本当に見えているのか?」

背の高い女が怪訝そうに問いかけると少女はコクリと頷いた。

「今、廃病院の庭で2組対峙してます。それを屋上で見ているのが1組。あと、サーヴァントが木の上で見てます。」

女は信用できないというように息を吐く。すると少女は少し悲しげに笑った。

「私はアーチャーのサーヴァント。物見もできないようでどうします?」

「…それもそうだな。」

お前を信じるとしようと言った女に少女は嬉しそうに笑う。

「マスター、屋上で見物している人たちはどうしますか?」

その言葉にハッと女は笑った。

「撃っていい。私たちも奴らの実力を見させてもらおうじゃないか?」

少女は頷くと足のホルスターから拳銃を取り出した。構え、ピタリと静止する。女にはそこにいるはずの少女の気配が薄くなったように感じた。

トリガーを引くと一直線に弾がそこへと向かって行く。構えを解いた少女が目を凝らす。と、すぐにホルスターに銃をしまって女の手を引いた。

「どうした?」

「防がれました。相手は剣なのでセイバーかライダーでしょう。こちらに来られる前に移動しましょう。」

少女は女を軽々と横抱きにする。

「なっ…!!」

そうしてビルから、飛び降りた。

 

「久しぶりだな、ランサー。」

物陰から声がする。ランサーと呼ばれた男は不機嫌そうな顔をさらに顰める。

「貴様に久しぶりと言われる筋合いはないなアーチャー。」

ランサーの声にアーチャーと呼ばれた男は声をあげて笑う。

「俺がアーチャーだって?今回はちげーよ。な、マスター?」

話を振られた青年もおう!と答えた。

「ふむ、ではお前のサーヴァントのクラスは何だ?」

髪をゆるく結んだ男が問うと男はニヤリと笑った。

「まぁ、こっちが知っててあんたらが知らねぇってのもフェアじゃねーわな。どうする?」

「マスターの好きにしていいぜ。」

姿の見えぬ声に青年は頷くと男に言った。

「俺のサーヴァントはアサシン。背後には気をつけてくれよな。」

ほうと男が感嘆の声をあげ、顰め面をした男はフンと鼻で笑った。

「で、貴様は今日は戦う気が無いんだったか?」

「ってアサシンが言ってるんでな。今日は挨拶なんだと。」

そうかと男は人好きのする笑みを浮かべる。

「わたしの名はリオラ。またいずれ会おう、少年。」

ランサーを伴い背を向けたリオラに青年は叫ぶ。

「俺は少年じゃなくてナルセって名前があんだよ!」

ナルセを面白いというように見たリオラが言った。

「ではな、ナルセ。」

 

風を切る音が耳元で鳴り、女はぎゅっと目を瞑って衝撃に備えていたが、トントンと軽やかな音が規則正しく聞こえてくることに気がついた。

「マスター?」

アーチャーの声に女は恐る恐る目を開ける。

「…死ぬかと思った。」

ふーっと息を吐いた女に少女はコロコロと笑った。

「落とさないから大丈夫ですよ。さ、家の近くです。」

近所の人に目撃されても困るからと路地裏に降り立つ2人。路地を抜け、通りに出たところでホッと息を吐く。

「帰ろう。」

「はい。」

帰路につく2人。

「あ。」

短く声をあげて姿を消したアーチャーにエンは小首を傾げる。

「アーチャー?」

呼びかけても出て来ないため、仕方なく無言で歩を進めているとすれ違った人影に声をかけられた。

「あれ?エンちゃんじゃん!」

「セイ…。」

 こんな時間に何してんだよ〜?と近づいてくるナルセをエンは冷たくあしらう。

「散歩だ。身体が鈍るのでな。」

ふぅんと気の無い返事をしたナルセの視線がエンの左手に留まる。互いのサーヴァントの姿は見えないが、手の紋様がその事実を示していた。

「お前もマスターだったのか⁉︎」

その言葉に彼女は鼻で笑う。彼女もまた、ナルセの左手を見ていた。

「あぁ。どうやら敵同士、らしいな。」

2人の間に緊張が走る。それを打ち破るかのように手を叩く音が聞こえた。

「はーいはい、お二人さん落ち着いて。な?」

暗がりから出てきた男がニヤリと笑った。

「嬢ちゃんのサーヴァントは?」

「いや、先ほどどこかへ「私です。」

エンの言葉を遮ってアーチャーが出てくる。

「俺はアサシンのサーヴァント。そっちは?」

「アーチャーです。どうぞよろしく。」

サーヴァント同士が挨拶するのを見てキョトンとする2人。

「なんであいつら挨拶してんだ?」

「さぁ…?」

ヒソヒソと話しているとおい!とアサシンが声をかけた。

「マスター、こいつらと共闘しようぜ!」

いいよな?とナルセとエンに聞くアサシン。

「いや、俺は出来れば知ってるやつと敵同士になりたくねぇし文句ねぇけど…お前は?」

ナルセの言葉にエンは頷く。

「…私も構わない。仲間はいても良いと言っていたな?」

エンがアーチャーに確認を取るとアーチャーが頷く。

「じゃあそういうことで!よろしくな嬢ちゃん!」

「エンだ。よろしく。」

差し出された手を取りアサシンが笑う。

夜道で一時の共闘関係が生まれた。

 

「…これは大変です…!」

物陰から見ていた青年の姿が搔き消えるのを見た者は誰も居なかった。

書きたいところを書きたいだけ書く その3

【あなたがそこにいた頃】

「おっひる〜おっひる〜!」

「テーオ、まだだよ。」

腕に大量の食べ物を抱えたテオが執務室に入ってくる。

「…今日はずいぶん沢山あるね?」

その言葉にテオはニヤリと笑う。

「さっきナルセがくれたんだ〜。いいでしょ〜?」

またナルセくんか、仲良いななんて思っていると、サンドイッチを取り出したテオが口を大きく開けた。

「いっただっきまーす!」

「あ、ちょっとこら、テオ!」

食べ始めようとしたテオを止めた時、荒々しくドアが開かれた。

「テオドール!いるんだろ!!」

ノックもせずにドアを開けた不躾者はセージだった。

「あ、セージ!早かったね〜。」

のほほんとしているテオに対してさらに肩を怒らせたセージが近づいてくる。

「俺の昼飯返せ!」

差し出された手を前にテオはキメ顔で言い放った。

「奴はとんでもないものを盗んでいきました。」

ドーナツとサンドイッチを持っているのをみなければまさにお手本のようなドヤ顔。

「いいから返せ!それだけじゃねぇだろ、全部出せ!!今日は梓のうさちゃんリンゴと俺の可愛いリアが作ったポテトサラダがあんだろ!!」

ものすごい剣幕でものすごいことを言い放ったセージにテオは口を尖らせながら渋々渡す。

サンドイッチにドーナツ、バスケットに入った何か、チョコレート、飴、その他諸々…。

「根こそぎ持っていきやがって…!!どうやってこんなに持って来やがった!」

「ナルセに手伝ってもらった〜!」

ケロリと白状したテオに、セージの額には青筋が浮かぶ。

「あんの野郎ぉ!!!」

飛び出して行ったセージにちょっとため息をついて時計を見る。

「あぁ、お昼の時間だよ。食べようか、テオ…あれ?」

いつの間にかテオは姿を消していた。

 

「ナルセェェェ〜!!!!!」

「やべっ、もうバレたか!」

追いかけるセージと逃げるナルセ。永遠に続くかと思われた鬼ごっこはナルセの目の前に出て来たテオによって終結した。

 「テオ〜っ!何してんだよ!」

「今だけは褒めてやるテオ…。覚悟しろナルセェ!!」

ガクガクとナルセを揺さぶるセージの肩を叩くテオ。

「ね、褒めてくれるんでしょ?」

ニコニコと笑うテオに頷きつつも顔がひきつるセージ。

「じゃあさ、うさちゃんリンゴと娘ちゃんの作ったポテトサラダ、一口ちょーだい??」

「はぁぁぁぁぁ⁉︎」

標的を2人に変更したセージの戦いは追いかけて来たフェンネルに止められるまで続いた。

 

「うさちゃんリンゴもすごいし、あと娘ちゃんのポテトサラダも美味しかった!!あ、セージ、娘ちゃん、お嫁にちょうだい??」

「「やらねぇよ!!!!!」」

「なんでおめーも言ってんだよナルセ!!」

 

 

 

 

 

 

聖杯戦争…?】

ー西の国のとある街で戦争が今、始まろうとしていた。

 

「ねぇ、私の顔に何かついてるの?」

思考を飛ばしていたのか、男は目を瞬かせる。その様子に女はため息をついた。

 

足音が聞こえたと思うとダイニングの扉が勢いよく開かれた。

「きゃすたぁ、お腹すいた〜…。」

 

互いのサーヴァントの姿は見えないが、手の紋様がその事実を示していた。

「お前もマスターだったのか⁉︎」

その言葉に彼女は鼻で笑う。

「あぁ。どうやら敵同士、らしいな。」

 

ピシリと突き立てられる指、揺れるツインテール

「ライダー、フルボッコにしてくださいませ!」

 

魔法陣から現れたその姿に男は驚いて目を丸くした。

「おや、懐かしい顔だな。」

そう言うと人好きのする笑顔を浮かべた。

 

「俺が呼ぶまで出てくるな。目障りだ。」

男は見たくもないというように軽蔑の色を瞳に向け、背を向けた。

 

ー主人を見守り、従うサーヴァントたち。彼らにも感情はある。

 

「昔のことを思い出したんだ。」

悲しげに笑う男の過去は一体、なんだというのか。

 

「テオ、食べ過ぎてお腹壊さないようにね。」

男は困ったように笑って皿を置いた。先ほどまで山盛りになっていた料理はあっという間に座る男の胃袋に吸い込まれていく。

 

掴んでいた襟を放して男は言った。

「失ってから気がついたんじゃ遅いぞ?」

男の姿がかき消え、残ったのは力なくうな垂れた男だけだった。

 

立ちつくす女の袖をそっと細く白い指が引く。

「きちんと考えてあげてください。大丈夫、貴方が幸せになったって良いって私が保証してあげます。」

泣きそうな女の背をそっと摩る少女は、容姿にそぐわぬ慈愛に満ちた瞳だった。

 

「どこでそんな汚い言葉を覚えてくるんだ、マスター…。」

男は大きくため息をつく。女はぷうっと頬を膨らませる。

 

そうだろう?と聞いた男に眉間の皺を深くした。

「…そんなものはない。」

男はその姿が自分に言い聞かせているように感じた。

 

「仕方のないことなんです。」

そういって彼は力なく笑う。その顔は絶大な力を誇るクラスにはとても見えない。

 

ー過去の戦争が投じた波紋は大きく大きく広がっていた。

 

「いいからやってくれマスター!俺にこれ以上…背負わせないでくれ!!」

男の剣幕に女は頷いてしまう。

 

「行きましょう、バーサーカー。」

すらりとした女の隣に大柄な男が並ぶ。その様はまるでかの童話のようだった。

 

せかせかと動き回る2人に男は口を開く。

「お前たちは本当に世話焼きだな…。」

のほほんとした男の言葉に2人の眉が釣り上がる。

 

「マスター…?」

表情を崩さない男の顔がじわじわと驚愕に染まる。

その様子に男はこの場にそぐわぬ程、綺麗な笑みを浮かべた。

 

「どんな姿になっても生きて帰るわ。」

貴方がそう言ったのよ、と女は何もなくなった右手に話しかけた。最後まで困った顔で笑う男の姿が脳裏に浮かぶ。

 

その男は物言わぬ2人を従えてにっこりと笑う。

「うつくしいだろ?俺のアサシンは。」

無数の刃がキラリと光る。

 

ゴポリと口から血が溢れる。

「…セイバー。僕は…死ぬの…?」

1人は嫌だなぁと虚ろな瞳で男は淡く微笑んだ。

 

ー戦いは起こる。それぞれの思惑と過去と想いを交えて。

 

「あなたに恨みはありません。でも…僕が必要とされるのは今だけなんです!!!」

その言葉とともに瞳の色が変わる。ランサーの背に悪寒が走った。小柄なその体軀からは想像もつかない力にランサーの身体は弾き飛ばされた。

倒れずに着地したランサーは言う。

「貴様にも分かるだろう…?令呪を使われれば俺たちは逆らえないんだ!!」

 

「ライダー!!」

「大丈夫だ、マスター。下がっていてくれ。」

魔法陣を幾重にも出現させた男はへにゃりと眉を下げた。

「ごめんね、君に個人的な恨みはないんだけど…。マスターの頼みだから。」

その言葉にライダーは馬を降りた。

「ただの優男ではないということか。面白い。」

ライダーは剣を構える。

 

サーヴァントをこちらに呼び寄せようとした男を女の手が制した。

「ここは私たちが引き受ける。」

女の瞳が目の前の騎士をまっすぐ見つめる。いつの間にか女の側に立っていた少女が微笑む。

「こう見えて私はアサシンの娘ですよ?そんな簡単にやられたりしません。」

そういうことだと女が同意し、その意志が硬いことを悟った男は背を向けて走り出す。

「…女に剣を向けるのは好かんのだがな。」

その言葉に女は挑戦的な笑みで答える。

「私のサーヴァントは強いぞ?」

 

「また会えて嬉しいよ、ランサー。」

合わさる剣。火花が飛び散る。

「あの時の借り、返させてもらうよ!!!」

斬り結び、離れる。押し合う力は拮抗し、周囲には風が巻き起こる。

「…どうして…。どうしてそんな顔をするんだい⁉︎」

理解ができないとばかりに男が叫ぶ。その言葉を浴びせられた男は嘲笑する。

「さぁ…どうしてだろうな。」

 

ー汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!

 

「僕はセイバー。君の呼びかけに応じて参上した。」

男は笑う。

「よろしくね、マスター。」

 

書きたいところを書きたいだけ書く その2

【面影】

諜報員として自国に潜入することになった。

「ローランくん?」

前を歩くリアが振り向いた。エヴィノニアやその周辺でよく見る赤髪と緑目。オレンジがかっていないのはやはり、ここに生まれたからに他ならない。

「ん〜?」

この任務は俺が自国ではなく、この国に、この国の駒になることを証明することにつながる。その過程で裏切ることがないように付けられた監視がリアだ。

「…心ここに在らずって感じ。」

俺の答えに不服そうなリアは尚も言い募る。再度そんなことはないと伝えれば渋々と言った風情でまた歩き出した。

きっとリアには俺が裏切った時のことをこの任務とは別に言われているに違いない。…いや、言われなくてもそうするだろうか。

それでも隣で普段通りに笑う彼女は相当な狸であろう。

「マルセルくん、待ちくたびれてるかな?」

思考の海から突然引きずり出され、ハッと顔を上げる。

「急ごっか?」

頷いて、また前を向いた彼女の三つ編みが揺れた。

薄暗くなった通りで、重なるその姿に1人苦笑する。

「絶対会いたくないなぁ…。」

ポツリと呟いた言葉は目前に迫った夜の闇に吸い込まれて行った。

 

 

 

【再び相見えんと欲さず】

後をつけられていると隣を歩くリアに伝えると分かっていたのか頷いた。

「ねぇ、ちょっと待って。」

こちらが立ち止まると後ろの気配も足を止める。

「パンを買い忘れたの、先に帰ってて。」

「分かった、気をつけて。」

リアから袋を受け取って別々の方向に分かれる。後ろの気配は俺の方について来る。狙いは俺か…?一見すれば女であるリアの方が狙いやすいだろう。

路地を曲がり速度を上げる。ピタリと一定の距離でついて来る気配は1つ。振り切るか。そう考えて角を曲がったところで真っ直ぐ進んだように見せかけてもう一度曲がって身を隠した。

追いついたその人影をそっと見やる。

驚いた。

辺りを見回すのは俺の半身とも呼べる存在で、けれどその身に纏うのは俺とは反対の色。

「ローラン。」

名を呼ばれほんの少しだけ動揺する。あぁ、またセージさんに怒られるや。

「まだいるんだろう?そのままでいい、聞いてくれ。」

俺の半身、アランは瞳に憎しみの炎を浮かべた。

「俺はお前を許さない。次に会う時は…容赦しない。」

踵を返した足跡が遠ざかる。ぐしゃりと紙袋が手の中で音を立てた。

 

 

 

【生まれついた地は】

エヴィノニアとシャンタビエールの国境。そこに2つの人影があった。

見えないその線を挟んで両者は対立していたのだった。後ろには国境を監視している両国の兵士たち。緊張が辺りを支配していた。

「誉れ高きロルカの娘子!」

男が向ける剣は国境の向こう、ギリギリに立った少女の喉元へと向けられる。

切っ先を意にも介さないように少女は視線だけを男の瞳に合わせた。

深みはやや違うものの同じ緑目が交差する。

男は1つ息を吐いて言葉を紡いだ。瞳が憐れむように緩む。

「こちらに生を受けていればこんなところに来ることもなかったろうに。このような形で会うこともな。」

少女はその瞳を強く、見つめ返した。

「私の意志ですから。」

一陣の風が2人の髪を巻き上げる。それは宵闇の中で全く同じ色に見えた。

「これからどうするおつもりですか、ガイラス卿。」

ここは国境。もし男が剣で少女を切ればすぐに兵士は集められ、良い口実だとばかりに一気に攻め込んでくるだろう。だからこそ、少女は腰に下げられた銃を手に取ることさえしないのだ。

「やはり、噂通り流石の洞察力だな。お父上にも負けぬほどになるだろう。」

「お褒めに預かり光栄です。」

微笑んだ少女に男は剣を収め、少女は一歩後ろに下がった。

「またお会いしましょう、“ガイラルディア卿”。」

 

 

ーこの時、彼らの動向を見守っていた兵士は後にこう語った。“2人はあまりに似ていて、如何に自分たちのしていることが馬鹿らしいことなのかと思わされるきっかけだったかもしれない。その時は何も思わなかったが、両軍の兵士たちに波紋を呼んだことは確かだろう”(『戦争の歴史』より抜粋)

書きたいところを書きたいだけ書く その1

この近所の商店街もピリピリしてきたと思った。前線から帰された元兵士や、これから向かうのであろう若者。以前よりずっと多く見かけるようになった。

「前から知っている人の店以外には行くなよ」ナルさんにもそう注意されている。都心はもっとピリピリしているらしく、軍服を着ていないとおじさんも声をかけられるほどだと言っていた。

店先にじゃがいもが並んでいる。今夜の夕飯はクロケッタにしよう。いくつか選んで会計に持って行く。

「ルクリアちゃん、いつもありがとうね〜。」

そう言って袋に詰めてくれるおばさんはいつもより忙しなく、慌てているように見えた。普段なら少し立ち話になるところなのに。

「…おばさん、何かあった?」

「え?えぇ、旦那がね、帰って来たのよ。はい、おつりとじゃがいもね。」

釈然としないながらも、袋を受け取って店を出る。あとはバカラオを買って…と考えていると突然肩を掴まれた。

「何をしている?」

大柄なその人の、こちらを見る目は憎悪に燃えていて、振り払って逃げなきゃと警鐘が鳴る。

「…買い物です…うっ!」

肩を押されて尻餅をつく。袋からじゃがいもが落ちて道を転がった。

「嘘をつくな!その髪の色!瞳の色!俺は戦場で見たんだ!!白のスパイだろう!なぁ⁉︎」

詰問してくる男の人に周りの人も集まってくる。お父さんが言ってた疑うような視線、遠巻きに見る人たち。力があるからこの国にいられるとお父さんが言っていた意味が、今なら分かる。

「何してるの!あんた!」

おばさんが店から出て来て男の人に呼びかける。どうやら旦那さんだったらしい。

「白のスパイを見つけたからな、問い詰めていたところだ。」

「やめなさいよ、ロルカさん家の娘さんじゃない!由緒ある家の子よ!!」

おばさんの言葉に旦那さんは鼻で笑った。

「ずっと前から送り込んでいたスパイだとしたら?そうやって、何十年も前からある家だからスパイなはずがないと思わせていたら?どうなんだよ!なぁ⁉︎」

旦那さんの剣幕に動けなくなった私を立たせてくれたのは近所に住むおばあさんだった。

「ほら、早くしな。奥さんが抑えててくれてる内に。」

コクリと頷いて袋を持って走りだす。喧騒が遠ざかっていく。

「…本当にスパイだったらお父さんが死ぬはずないのに…!」

走りながらやり場のない憤りを言葉にぶつけた。

 

「赤髪で緑目の白軍の人?沢山いると思うけど…。」

夕飯でナルさんに聞くとそう言われた。

「…じゃあ偉い人なら?」

もぐもぐとクロケッタを咀嚼していたナルさんがゴクリと喉を動かした。

「…戦士長だよ。実質兵を率いてるな。」

もうこの話は終わりだと言うようにナルさんは手を振った。

私がその人を実際に見ることになるのはもう少し先のことだ。

Homeparty…?

「ホームパーティー…?」

「そうだ。親しい人をもてなすのだが、妻が是非、レノに来て欲しいと言うのでな。もちろん、リヴィちゃんも一緒に。」
ふむとレノックスが思案する。事件も解決し、レノックスは憑き物が落ちたように穏やかになっていた。相変わらずボサボサの頭とよれた格好なのだが。
「では、奥方の御好意に甘えて伺うとしよう。」
リヴィは分からんがなと続けたレノックスにヴィンセントは内心、ホッとしていた。
これが以前のレノックスならにべもなく断られていたことだろう。
雇い主の変化に嬉しくなるヴィンセントだった。

 

 

ダイニングには人が集まり、賑やかに談笑が始まった頃、数えきれず鳴っていたドアノッカーがまた鳴った。
「こんばん…は…。」
「お招きいただき感謝する、ヴィンス。」
そこに立っていたのは赤髪を後ろに撫で付け、パリッと糊のきいた服を身につけた男だった。
ヴィンセントが唖然としていると男は首を傾げた。
「どうした?」
その後ろから出て来たリヴィが『こんばんは、ヴィンセントさん。』と伝えてくる。
そこでようやく、合点がいったヴィンセントが言葉を紡ぐ。
「レノ…だよな?すまない。君があまりにもその…小綺麗な格好だったものだから。」
そう言うと男、レノックスは憮然とした表情を浮かべた。
「…だから嫌だと言ったんだ、リヴィ。」
驚きを隠せないヴィンセントに嬉々としているリヴィに苦言を呈すが、それを聞き入れた様子はない。
『びっくりしましたよね?パパ、本当は結構美男子なの。』
「あぁ…。…おっと、リヴィちゃんも美しいよ。」
慌てて付け足したようになってしまったが、リヴィは気にした様子もなく、ありがとうと口の動きで伝える。
「こんなところですまなかった。さぁ、中へ。」
ダイニングへと案内すると、友人と話していたらしい女性がこちらへと向かって来た。
クラリス。こちらがレノックスと娘のリヴィちゃんだ。」
ヴィンセントの紹介に表情を明るくしたクラリスは口を開く。
「あら!まぁまぁ!私、ヴィンセントの妻のクラリスといいますわ!いつも主人がお世話になっております、本当に、お会いしたかったのよ!!」
まくし立てられた言葉と熱烈な抱擁に少し驚いたレノックスだったが、気を取り直して恭しく一礼する。
「お初にお目にかかります、Mrs.グレイ。私はレノックス・シルヴェスターと申します。こちらは娘のリヴィ。声が出ないので筆談で失礼いたします。」
えぇ!えぇ!とクラリスは頷く。
「話は聞いているわ!リヴィちゃんも大変ね…。あ!リヴィちゃんは折角だから息子たちとお話しするといいわ!!いきましょう!」
リヴィを連れて嵐のように過ぎ去ったクラリスにレノックスはヴィンセントの方を向く。
「お前とは対照的な奥方だな。」
その言葉にヴィンセントは気恥ずかしそうに頬をかく。
「あぁ…まぁ。だ、だが!とても可愛らしいと思わないか?」
同意を求めてくるヴィンセントにレノックスは呆れた目を向ける。
「惚気か。」
気まずくなったのかヴィンセントのわざとらしい咳払いに、レノックスはニヤリと笑った。

 

「リヴィちゃん、息子たちよ!」
すでに食事をしていたらしい息子たちがそれぞれ挨拶をする。
「こんばんは。アゼルと言います。」
「こんばんは〜!グランヴィルって言います!」
硬い挨拶をするのは赤茶色の髪をした方で、クラリスと同じ茶髪の方は同じような性格なのだろう、少し砕けた挨拶をする。
『リヴィ・シルヴェスターです。どうぞ、よろしく。』
くるくると珍しそうに動いていたグランヴィルの瞳が挨拶をしたリヴィに留まる。
「ねぇ、良かったら一緒に話そう!食べながらさ!」
「何か食べられないものはある?それ持ってると立ちながら食べられないよね。あっちで座って食べようか。」
すぐに打ち解けてくれた2人にリヴィも微笑む。
『食べられないものはないです。お気づかい、ありがとうございます。』
それを見せると2人も微笑んだ。
「いいよいいよ!あ、俺ら同い年だっけ?敬語じゃなくていいよ!な、アゼル?」
「あぁ。」
早く行こう!とテーブルの方へ引っ張っていくグランヴィルの後を料理を一通り守り終わったアゼルが追う。
「2人とも仲良くしてよ〜!」
そう声をかけるクラリスに2人は頷いた。

 

「グレイ殿!」
レノックスとヴィンセントが話しながら料理を食べていると後ろから声がかかった。
「ブラッドリー!」
「ご無沙汰しています。おぉ、これはこれはシルヴェスター殿も!」
ガハハと豪快笑いながら話すブラッドリーの後ろから華奢な女性が顔を出した。
「お久しぶりですわ、グレイさん。覚えていらっしゃるかしら?」
「オルガか!君も立派な女性だな。」
会話に花が咲き、談笑が始まる。
「ヴィンス、そういえばこれ。」
レノックスが差し出した包みをヴィンスが受け取る。
「ありがとう。中身はなんだい?」
「リヴィが作ったジャムがいくつかと、あと夫人にレースのハンカチーフだ。」
ヴィンセントが広げてみせたそれに皆が感嘆の声を上げる。
「まぁ…すごいわ!」
「シルヴェスター殿の娘さんは奥方に習われたので?」
レノックスが頷くとヴィンセントは疑問を口にした。
「奥方には良いところの出なのか?」
「没落貴族の血筋だ。代々、娘たちがレース編みを母に習って家計を支えていたらしい。」
なるほどとヴィンセントは頷く。すると向こうからクラリスがやって来た。
「あなた!あちらでお呼びよ!皆さん、ごゆっくり〜。」
ヴィンセントを嵐のように連れ去っていったクラリスに取り残された3人はしばし呆然としていた。
「やはりグレイ殿の奥方は面白い方だな!」
笑うブラッドリーにつられて2人も笑い出す。
ホームパーティーはガヤガヤと夜半まで続けられたのだった。
「ねぇねぇ、リヴィってさ、好きな人とかいるの??」
「おい!」
『えぇ。友達のお兄様なんですけれど…。』
レノックスが聞いた瞬間に卒倒しそうな会話も繰り広げられつつも。