徒然なる日々

るくりあが小説を載せたり舞台の感想を書いたりするもの。小説は文織詩生様【http://celestial-923.hatenablog.com/about】の創作をお借りしています。

ある聖夜の過ごし方

「テオ。」

 冬の寒さも厳しくなった頃、帰ろうとしていたテオをフェンネルは呼び止めた。

「なぁに?」

「クリスマス・イヴはもう予定が入っているかい?」

ん〜と悩むフリはしているが実際はテオに予定はなかった。一夜限りの相手を探すのも何か違うと思ったし、いつものようにフェンネルやセージ(今は娘のリア)の家に行くのもお邪魔虫だと思っていた。

「まだ予定がないなら、僕の家で一緒にクリスマスを過ごさない?」

にっこりと微笑むフェンネルにテオはびっくりする。

「え、俺が行ったら邪魔じゃないの?せっかくの家族との時間なのに。」

そういう考えがあるなら普段突然来るのを止めればいいのにとフェンネルは思ったが、口には出さなかった。

「大丈夫だよ。実はナルセくんとリアも誘おうと思っていてね。」

「本当⁉︎ナルセも来るなら行く〜!」

誰かと一緒にクリスマスを過ごせるとは思っていなかったテオは、プレゼントは何にしようと考え出したがそこではたと気づく。

「あれ?でもなんでナルセも呼ぶの?リアちゃん、クリスマス休暇で帰って来てるし、あの二人って…。」

フェンネルの顔を見てテオはその先の言葉を飲み込む。フェンネルは笑顔だったが、ちっとも目が笑っていなかった。

「嫌だなぁテオ。まさか僕が可愛い可愛い姪っ子を彼と二人きりにするとでも?」

フェンネルの背後に見えるブリザードを見て、テオはこの場にいない親友に合掌した。

 

「ぶぇっくしょい!」

帰路についていたナルセは大きなくしゃみを一つした。風邪かなと思いつつ鼻をすする。

もうすぐクリスマスのこの時期はいたるところで仲睦まじげに男女が歩いている。普段であれば若干の冷ややかさでもって見てしまうところだが、今日は違う。郊外より少し中心部に近い場所に立つロルカ邸には本当の家主が軍学校から帰ってきているからだった。ふんふんと鼻歌を歌っているとあっという間に家に着いた。

「ただいま。」

ドアを開けてそう告げると奥からひょこりと赤髪がのぞいた。

「おかえりなさい、ナルさん。」

久しぶりに会うリアの頭をポンポンと撫でる。夕食を作っていたらしいリアはもうすぐ出来ますから、と離れていってしまう。

「そういえばナルさん、クリスマスは予定入れてないですよね?」

「おう。」

そう答えるとリアは嬉しそうに笑った。

「良かったです。今日、テンチャお姉ちゃんが来て、是非ナルさんも一緒にクリスマスを過ごしましょうって。」

楽しみですねとはにかむリアにナルセは頷くほかなかった。

「さすが参謀部…。」

そう呟くナルセの目には血の涙が浮かんでいたとか浮かんでいないとか。

 

 

クリスマス・イヴの夜、テオは郊外にあるフェンネルの家に来ていた。ドアノッカーを叩くと、すぐに扉が開く。

「こんばんは、テオさん。」

中から出て来たのはフェンネルの娘、オルテンシアだった。

「こんばんは。お邪魔しちゃってごめんね?」

「お誘いしたのはこちらですから。さ、上がってください。」

リビングに通されるとシャンパンを用意していたフェンネルが振り返った。

「こんばんは、テオ。」

「こんばんは〜。」

そこに座っててと指さされた先にはナルセが座っていた。

「ナルセ〜。」

後ろから抱きつくとナルセが驚いた声を出した。

「テオ、いきなり抱きつくなよ。」

「えへへ〜。」

二人が戯れていると奥から出て来た人影が紅茶を出してくれる。

「こんばんは、テオくん。」

「エノーラさん、こんばんは〜。」

にこやかに挨拶を交わす二人にナルセは驚いた顔をする。

「え、テオそんなにマグノリアさんと仲良いのか?」

「うん。よく夕飯ご馳走になってるんだぁ。」

さすが人誑し…とナルセはテオに感嘆する。すると、マグノリアはナルセの方を向いてにっこりと笑った。

「ナルセくん、リ「母さん、ターキーが焦げそうだよ。」

呼びに来たディルの言葉に大変!とキッチンに駆け込んで行った。

「あ、お二人ともすみません。何か話していましたか?」

んーん、大丈夫だよとテオが答えるとディルはホッとしたように眉尻を下げた。

「なら良かったです。」

へにゃりと笑う様子はフェンネルによく似ていて、親子なんだなぁとナルセは思う。余談だが自分が父親に似ているとはあまり思っていなかったものの、最近、髪をセットすると面影を感じるのだった。

そんなことをつらつらと考えているとナルセの隣でテオが大きな声を上げた。

「え〜っ!ディル、本当に軍に入るの⁉︎」

大変だよ?フェンネルは怖いし、仕事は多いし、まぁ参謀部なら出撃は少ないけど、でもフェンネル怖いし!とテオがしきりにまくし立てているとフェンネルがにっこりと笑ってソファの後ろに立った。

「テオ?」

ギギギと錆びついた人形のようにテオが振り返って小首を傾げる。もーナルセも見たでしょ?本当フェンネルって怖いんだから!とはテオの談である。

 

ターキーにリアが家から持って来たというガレッツ、温野菜などなど豪華な料理はあっという間になくなり、さらにはマグノリアお手製だというパネットーネを平らげたところで今夜のメインイベントが始まろうとしていた。

「それじゃあ、プレゼント交換を始めようか。」

フェンネルの一言で各々の大きな紙袋やら袋やらを出す。

「じゃあ、呼んでもらったから僕から〜!」

はい、どーぞとテオがフェンネルに渡すのは濃緑の包装紙に上品な深みのある赤いリボンのかかった包み。あまり重さはなかった。どうやらそれぞれに違うものを持って来たらしくひとつひとつ確認しながら渡す。

「テオ、お前さすがだな。」

「うん!つい張り切っちゃったよ〜。」

息をするように女性への紳士的態度を貫くテオならではの気づかいとも言えるかもしれない。

「じゃあ今度は私から。」

 はい、とオルテンシアが配ったのは少し重みのある箱。早めに食べてくださいねと言っていることからどうやら食べ物であるらしい。

その後もリアからは軽くてふわりとした包みを、ディルからは小さな薄い包みがそれぞれ渡された。

「じゃあ俺からはこれ。」

ナルセは手のひら大の小さな包みを渡す。すると、フェンネルマグノリアの肩を抱いて言った。

「で、僕たちからはこれだよ。」

5人にそれぞれ違った包みを渡す。全員がプレゼントを交換したところで、リアがあ、と声を上げた。

「そろそろ帰らないとですね、ナルさん。」

「ん?え、あ、おうよ。」

話を振られたナルセは何のことやらと思いながらも頷く。しかし、フェンネルが声を上げる。

「もう夜も遅いし、泊まっていけばいいよ。せっかくだしさ。」

その言葉にリアは少し考えると、ふるふると首を振った。

「嬉しいけれど、今日はテオさんがいらっしゃるでしょう?部屋もないし、今日は帰りますね。」

フェンネルにはぐうの音も出ない正論だった。確かにきちんとしたゲストルームは一つ、ベッドもひとつだけだ。テオが泊まることが確定している今の状況で、リアとナルセが帰るのは至極当然のことだった。

「そうね。じゃあ気をつけて帰るのよ。」

そう言ったマグノリアがリアに耳打ちをする、とボンッと音がしそうなほどリアが赤くなった。

「それでは、メリークリスマス!今度はカウントダウンにお会いしましょう。」

赤い顔のまま早口にそう告げるリアに口々に別れの挨拶をする。

「あ、ナルセくん。」

行きましょうと言って先に玄関へと向かったリアを追いかけようとしていたナルセをマグノリアとオルテンシアが引き止める。

ひそひそと言われた言葉に、ナルセは曖昧に微笑んだ。

 

「ねぇ、フェンネル。」

「なんだいテオ?」

テオはにこりと笑ってフェンネルを見上げた。

「リアちゃんのが一枚上手だったね。」

「…うん、そうだね。」

はぁとため息をついたフェンネルをテオはよしよしと慰めた。

 

 

「ナルさん。」

2人でもらったプレゼントをツリーの下に置き、お茶でも飲もうかと準備をしている時だった。

「なんだ?」

「…今日ご一緒してもいいですか…?」

何がと言えばまぁあれだろう。いわゆる同衾というものだ。もちろん、リアがそういう意味で言っているのでないことはナルセはよく分かっていた。なにせあの、セージ・ロルカが手塩にかけて純粋に育てた娘だ。

「…おう。」

なんとかそう答えたナルセの脳裏には先ほどの会話が浮かぶ。

「あ、ナルセくん。」

「はい?」

足を止めたナルセに2人は詰め寄るとガシリとその腕を取った。

「リアのこと、これからもよろしくお願いしますね。どうにもそういうことには疎いので、ご迷惑をおかけするとは思うのだけど…。」

「リアがナルセさんのこと、好きなのはそうなんですけれど、そういうことは本当に分かってなくて…。」

どうか、よろしくと頼む2人にナルセは苦笑してコクリと頷いた。

「ふふ…昔に戻ったみたいですね。」

「…そうだな。」

のんきにそんなことを言うリアにナルセは、本当に意識されてるのか、これ…と思うのだった。