【あなたがそこにいた頃】
「おっひる〜おっひる〜!」
「テーオ、まだだよ。」
腕に大量の食べ物を抱えたテオが執務室に入ってくる。
「…今日はずいぶん沢山あるね?」
その言葉にテオはニヤリと笑う。
「さっきナルセがくれたんだ〜。いいでしょ〜?」
またナルセくんか、仲良いななんて思っていると、サンドイッチを取り出したテオが口を大きく開けた。
「いっただっきまーす!」
「あ、ちょっとこら、テオ!」
食べ始めようとしたテオを止めた時、荒々しくドアが開かれた。
「テオドール!いるんだろ!!」
ノックもせずにドアを開けた不躾者はセージだった。
「あ、セージ!早かったね〜。」
のほほんとしているテオに対してさらに肩を怒らせたセージが近づいてくる。
「俺の昼飯返せ!」
差し出された手を前にテオはキメ顔で言い放った。
「奴はとんでもないものを盗んでいきました。」
ドーナツとサンドイッチを持っているのをみなければまさにお手本のようなドヤ顔。
「いいから返せ!それだけじゃねぇだろ、全部出せ!!今日は梓のうさちゃんリンゴと俺の可愛いリアが作ったポテトサラダがあんだろ!!」
ものすごい剣幕でものすごいことを言い放ったセージにテオは口を尖らせながら渋々渡す。
サンドイッチにドーナツ、バスケットに入った何か、チョコレート、飴、その他諸々…。
「根こそぎ持っていきやがって…!!どうやってこんなに持って来やがった!」
「ナルセに手伝ってもらった〜!」
ケロリと白状したテオに、セージの額には青筋が浮かぶ。
「あんの野郎ぉ!!!」
飛び出して行ったセージにちょっとため息をついて時計を見る。
「あぁ、お昼の時間だよ。食べようか、テオ…あれ?」
いつの間にかテオは姿を消していた。
「ナルセェェェ〜!!!!!」
「やべっ、もうバレたか!」
追いかけるセージと逃げるナルセ。永遠に続くかと思われた鬼ごっこはナルセの目の前に出て来たテオによって終結した。
「テオ〜っ!何してんだよ!」
「今だけは褒めてやるテオ…。覚悟しろナルセェ!!」
ガクガクとナルセを揺さぶるセージの肩を叩くテオ。
「ね、褒めてくれるんでしょ?」
ニコニコと笑うテオに頷きつつも顔がひきつるセージ。
「じゃあさ、うさちゃんリンゴと娘ちゃんの作ったポテトサラダ、一口ちょーだい??」
「はぁぁぁぁぁ⁉︎」
標的を2人に変更したセージの戦いは追いかけて来たフェンネルに止められるまで続いた。
「うさちゃんリンゴもすごいし、あと娘ちゃんのポテトサラダも美味しかった!!あ、セージ、娘ちゃん、お嫁にちょうだい??」
「「やらねぇよ!!!!!」」
「なんでおめーも言ってんだよナルセ!!」
【聖杯戦争…?】
ー西の国のとある街で戦争が今、始まろうとしていた。
「ねぇ、私の顔に何かついてるの?」
思考を飛ばしていたのか、男は目を瞬かせる。その様子に女はため息をついた。
足音が聞こえたと思うとダイニングの扉が勢いよく開かれた。
「きゃすたぁ、お腹すいた〜…。」
互いのサーヴァントの姿は見えないが、手の紋様がその事実を示していた。
「お前もマスターだったのか⁉︎」
その言葉に彼女は鼻で笑う。
「あぁ。どうやら敵同士、らしいな。」
ピシリと突き立てられる指、揺れるツインテール。
「ライダー、フルボッコにしてくださいませ!」
魔法陣から現れたその姿に男は驚いて目を丸くした。
「おや、懐かしい顔だな。」
そう言うと人好きのする笑顔を浮かべた。
「俺が呼ぶまで出てくるな。目障りだ。」
男は見たくもないというように軽蔑の色を瞳に向け、背を向けた。
ー主人を見守り、従うサーヴァントたち。彼らにも感情はある。
「昔のことを思い出したんだ。」
悲しげに笑う男の過去は一体、なんだというのか。
「テオ、食べ過ぎてお腹壊さないようにね。」
男は困ったように笑って皿を置いた。先ほどまで山盛りになっていた料理はあっという間に座る男の胃袋に吸い込まれていく。
掴んでいた襟を放して男は言った。
「失ってから気がついたんじゃ遅いぞ?」
男の姿がかき消え、残ったのは力なくうな垂れた男だけだった。
立ちつくす女の袖をそっと細く白い指が引く。
「きちんと考えてあげてください。大丈夫、貴方が幸せになったって良いって私が保証してあげます。」
泣きそうな女の背をそっと摩る少女は、容姿にそぐわぬ慈愛に満ちた瞳だった。
「どこでそんな汚い言葉を覚えてくるんだ、マスター…。」
男は大きくため息をつく。女はぷうっと頬を膨らませる。
そうだろう?と聞いた男に眉間の皺を深くした。
「…そんなものはない。」
男はその姿が自分に言い聞かせているように感じた。
「仕方のないことなんです。」
そういって彼は力なく笑う。その顔は絶大な力を誇るクラスにはとても見えない。
ー過去の戦争が投じた波紋は大きく大きく広がっていた。
「いいからやってくれマスター!俺にこれ以上…背負わせないでくれ!!」
男の剣幕に女は頷いてしまう。
「行きましょう、バーサーカー。」
すらりとした女の隣に大柄な男が並ぶ。その様はまるでかの童話のようだった。
せかせかと動き回る2人に男は口を開く。
「お前たちは本当に世話焼きだな…。」
のほほんとした男の言葉に2人の眉が釣り上がる。
「マスター…?」
表情を崩さない男の顔がじわじわと驚愕に染まる。
その様子に男はこの場にそぐわぬ程、綺麗な笑みを浮かべた。
「どんな姿になっても生きて帰るわ。」
貴方がそう言ったのよ、と女は何もなくなった右手に話しかけた。最後まで困った顔で笑う男の姿が脳裏に浮かぶ。
その男は物言わぬ2人を従えてにっこりと笑う。
「うつくしいだろ?俺のアサシンは。」
無数の刃がキラリと光る。
ゴポリと口から血が溢れる。
「…セイバー。僕は…死ぬの…?」
1人は嫌だなぁと虚ろな瞳で男は淡く微笑んだ。
ー戦いは起こる。それぞれの思惑と過去と想いを交えて。
「あなたに恨みはありません。でも…僕が必要とされるのは今だけなんです!!!」
その言葉とともに瞳の色が変わる。ランサーの背に悪寒が走った。小柄なその体軀からは想像もつかない力にランサーの身体は弾き飛ばされた。
倒れずに着地したランサーは言う。
「貴様にも分かるだろう…?令呪を使われれば俺たちは逆らえないんだ!!」
「ライダー!!」
「大丈夫だ、マスター。下がっていてくれ。」
魔法陣を幾重にも出現させた男はへにゃりと眉を下げた。
「ごめんね、君に個人的な恨みはないんだけど…。マスターの頼みだから。」
その言葉にライダーは馬を降りた。
「ただの優男ではないということか。面白い。」
ライダーは剣を構える。
サーヴァントをこちらに呼び寄せようとした男を女の手が制した。
「ここは私たちが引き受ける。」
女の瞳が目の前の騎士をまっすぐ見つめる。いつの間にか女の側に立っていた少女が微笑む。
「こう見えて私はアサシンの娘ですよ?そんな簡単にやられたりしません。」
そういうことだと女が同意し、その意志が硬いことを悟った男は背を向けて走り出す。
「…女に剣を向けるのは好かんのだがな。」
その言葉に女は挑戦的な笑みで答える。
「私のサーヴァントは強いぞ?」
「また会えて嬉しいよ、ランサー。」
合わさる剣。火花が飛び散る。
「あの時の借り、返させてもらうよ!!!」
斬り結び、離れる。押し合う力は拮抗し、周囲には風が巻き起こる。
「…どうして…。どうしてそんな顔をするんだい⁉︎」
理解ができないとばかりに男が叫ぶ。その言葉を浴びせられた男は嘲笑する。
「さぁ…どうしてだろうな。」
ー汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!
「僕はセイバー。君の呼びかけに応じて参上した。」
男は笑う。
「よろしくね、マスター。」