徒然なる日々

るくりあが小説を載せたり舞台の感想を書いたりするもの。小説は文織詩生様【http://celestial-923.hatenablog.com/about】の創作をお借りしています。

貴方のいない世界で

I.貴方の面影は

 

その日は粉雪が舞っていた。

「お父さん、お母さん早く!」

ふわふわとした雪に心もふわふわしてくる。くるくるとその場で回る私をお父さんは駆け寄ってきて抱き上げた。高い位置で回る世界に声を上げる。

この国に来て初めてのお父さんとの休日。私はいつもよりずっと楽しかった。

降ろしてもらって振り返ると少し離れたところにくすくすと笑うお母さんがいた。

手招きするとにっこり笑ってこちらに近づいて来る。お父さんを見上げるとお母さんの方を優しい目で見ていた。

次の瞬間、その目が見開かれる。肉を断つ鈍い音。振り返るとお母さんが地に伏していた。

呼ぼうとした言葉はお父さんが手を引くことで声にならずに白い息になる。
痛いほどに手を引かれ裏路地を走った。

「お父さん、お父さんっ!」

ちらりと後ろを振り返ったお父さんの顔が驚愕に染まる。

私は不意に暖かいその胸に抱き込まれた。発砲音が数回鳴り響く。

背中にお父さんの手がある。地面へと私を庇うように倒れたお父さんの下からはい出そうとするとぐっと頭を抱えられ息も絶え絶えに言葉を紡いだ。
「…あいつが、居なくなるまで、動くなよ…?ダメなら、チャンスを…待て。俺のベルトにナイフが挟んであるからな。…生き、のびろ、リア。俺の大切な…大切な娘。」

私の頭を撫でて笑うお父さん。
あとはただ真っ赤に染まった視界しか、覚えていない。

 

私は白い布を被せられたお父さんとお母さんの前に座っていた。

いつからここにいるのか、誰が連れてきてくれたのかちっとも分からなかった。

バタバタと走る音が近づいて来る。

ドアを勢いよく開けたのはナルさんだった。

「…リア…。」

上下する肩、荒い呼吸。シワの寄ったシャツにパンツ。あぁ、急いで来てくれたんだと思った。

「ナルさん。」

私は笑った、のだと思う。ナルさんは私を見て泣きそうな顔をするとぎゅっと抱きしめてくれる。あの時と一緒で暖かかった。

 

Ⅱ.貴方が変えた人は

 

ロルカ中佐と奥方が殺された”

そう連絡が入ったのが昨日。それからエヴィノニアに入国する準備をして、セージさんの兄であるロルカ大佐に連絡を済ませ、馬車に乗り込んだ。

逸る気持ちを抑えきれず着くと同時に走り出す。

扉を開けた先に居たのは白い布を被せられた2人の前に座るリアだった。

「ナルさん。」

そう言って泣きそうな目をしながら笑ったリアを思わず抱きしめた。

リアは、泣かなかった。

 

遅れてきたロルカ大佐がリアの元に駆け寄る。

いつもはかっちりとオールバックに固めている髪が下され、急いで来たことが伺える。

俺はそっと席を外した。廊下に大佐の優しい声が聞こえてきて、しばらくすると静寂が訪れた。

「ナルセくん、いるかい?」

大佐の潜めた声に部屋に入ると、リアは膝枕をされて寝ていた。大佐の目は少し濡れている。

「2人は明日、家財道具一式と一緒に国に連れて帰ることにしたよ。」

寒くて良かったよ、置いていかなくて済むと大佐はリアの頭を撫でる。

何と声をかけたら良いのか分からなくて言葉が出てこない。

「夜のうちに荷物を馬車に積み込んでおきたいんだ。極秘の資料とかもあるだろうから…ナルセくんも手伝ってくれると助かるんだけど、どうかな?」

了承の意を込めて頷くと大佐は微笑む。セージは良い部下を持ったねとセージさんに話しかけた。

 

2人で黙々と作業をする。先ほどまでリアも起きて手伝っていたが、さすがに疲れたのだろう。ソファで寝てしまっていた。

いっつもヘラヘラしてるようにみえて鋭かったり、酒を飲めばリアの話ばっかりしたり、グラフィアスの中でも兄貴のような、父のようなそんな存在だったあの人は、もういない。

“ナルセ”と本当の名前を知りながら呼んでくれる声はもう、ない。

もう俺は、1人で立っていかなくちゃならないんだと、そう突きつけられた気がした。

 

Ⅲ.貴方と血を分けたその人は

 

2つの深い穴に棺が収められ上から土が被さっていく。

アンリくんたちを始めとする軍の面々、近所の人たち。セージの人徳だろう、たくさんの人が来てくれた。

僕の手を握るリアはじっとその様子を見ていた。ナルセくん曰く、リアは2人が死んでから泣いていなんじゃないかとのことだ。

辛くて涙も出ないのだろう。目の前で失ったのだから。

「この度は…。」「お悔やみ申し上げます。」

「いい夫婦だったのに。」「まさかこんな早く…。」

セージが、梓ちゃんが居なくなったのだと突きつけてくる言葉の数々。止めてくれと耳を塞ぎたくなる。でも、1番そう思っているのはきっとリアで、僕は自分が情けなくなった。

 

「おじさん…。」

肩で息をする僕を見たリアが 顔を歪める。

セージの部下の…確かナルセくんはこちらを一瞥するとリアの頭を撫でて立ち上がり、僕に敬礼すると部屋を出て行った。

「…リア。」

「おじさん、あのね、あのね…。」

今にも泣きそうな顔で訴えてくるリアと視線を合わせるように膝を折る。相槌を打つとぽつぽつとその時のことを話してくれた。この時も涙は、見せなかった。

「よく頑張ったね。セージと梓ちゃんを殺した奴らは1人残らずおじさんが見つけ出してあげるから。」

こくりと頷いたリアはようやく眠気が襲ってきたらしくゆらゆらと船をこぐ。

隣に座ってそっと上半身を膝の上に倒してやる。確かな重みと暖かさに、冷たい、暗い部屋で静かに涙を流した。

 

Ⅳ.貴方のいない世界は

 

掛布団が捲れたことで肩に冷気を感じて目をさます。少しだけ上半身を起こして見るとリアが深呼吸を繰り返していた。

「どうした、リア。また夢見たのか?」

くるりとこちらを向いたリアが頷く。おいでと手招くと素直に身体を横にして擦り寄ってくる。

「大丈夫、俺はちゃんと生きてるよ。」

また頷いたのが胸をくすぐる髪が動いたことで分かる。そのまま俺の腕にすっぽりと収まったリアはしばらくすると寝息を立て始めた。

セージさんと奥さんが亡くなって1ヶ月。俺はリアと暮らし始めた。

最初は郊外にあるロルカ大佐の家に身を寄せていたリアだが、度々家族で暮らした家に戻っているのが目撃され、ソフィアさんから提案があり、結果ここで2人で暮らすことになった。

もちろん、俺が任務の時はアンリさんとソフィアさんが面倒を見てくれている。

その時はローランと一緒に居ることが多いらしい。何でだろうかとソフィアさんに尋ねると当事者にしか分からないこともあるのよと言われた。明るいローランにも何かしらの過去があるのだろう。

そんなこんなですでに45日は過ぎようとしている。

まだこの家にセージさんは居るのだろうか。あぁ、きっとリアとのことを怒られるのだろう。

見えない方が良いけれど、見えたら見えたで良いのだ。きっとセージさんが居ないのを皆が忘れられるから。

 

セージと梓ちゃんが死んで1ヶ月。ようやく気持ちの整理もついてきた。

リアが珍しく我儘を言い出し、ナルセくんと暮らすことになったのは正直驚いたが、彼はきっちりしているし大丈夫だろう。

セージを殺した奴はようやく検討がついた。実行犯は薬物中毒の兵士だったらしい。調べがついた時には既に死んでいた。

そしてそれを指示した上官はセージたちのところに行ってもらった。心が痛まなかったとは言わないが、セージや梓ちゃん、リアのことを思うとそんなものじゃないだろうと思う。

何をしても変わらず、時は流れていく訳で、セージたちの時間は止まったまま。

僕たちの世界は動き続けるのに、セージたちはもう、動くことはない。

無情に世界は回り続けるのだと本当に、本当に思った。