炎暑の蝉時雨と煩悩と
あれはいつだったか…そう、ちょうど今頃のように暑い日が続くそんな日だった。
俺は出来心で汐海の寝間着を隠した。そうしたら、あいつは俺のいないところでそれはまぁえっちな格好でいたわけだ。
というのも俺の寝間着を着ていたわけで、そもそも腰で止めるだけの肌蹴やすい甚平、その上俺のとなれば大きさが違う。うん、思い出しただけでも素敵な格好だ。
その時のあいつは奇声をあげた後、怒るかと思えば布団の中に籠城した。死ね死ね連呼されたので「俺の匂いがする」とかないのかよと軽い気持ちで言うと「洗剤も一緒なンだから匂いもクソもないだろ」と返されて赤面したものだ。
あの頃は俺も若かったとしみじみ思う。
そして今、俺はまたしても理性を試されていた。
「リア、それはちょっと…。」
「あ、ナルさんおはようございます。…何かありました?」
いつも通り起きるとキッチンでリアが朝食を作っていた。…俺のシャツを着て。
待て、それ一枚は色々まずいだろ。いや、そもそもいつもはパジャマ着てるよな?パジャマは?パジャマはどうした?
「…リア、何で俺のシャツ着てるんだ?」
動揺を外に出さないように尋ねるとようやく合点がいったらしい。
「あぁ、さっき野菜を洗った時にパジャマを派手に濡らしてしまったので…。洗濯物の中から引っ張りだしたこれを。」
着ていたというわけか。体格差による服に着られてる感、下着一枚らしく若干透けているところといい色々アレなのだがあの頃のように俺もウブじゃない。
小首を傾げながら調理に戻ったリアの背後にそっと立つ。
「どう?そのシャツ、男の匂いがするだろ?」
そう耳元で囁くと結っていたため無防備にさらけ出された耳が真っ赤に染まる。
徐ろに振り返ったリアの顔はその髪に負けないぐらい赤く、瞳は羞恥で潤んでいる。
「あ、あの…えっと、き、着替えてきますっ!」
自室へと走るリアを見送る俺はきっと仏のような顔だったに違いない。
あの日も今日も俺のナマコは臨戦態勢だったことは言わずもがなだ。
空と陽炎の警備員と
隣でうたた寝をしていた男の頭頂部の一房が跳ねたのを目撃してしまった。
それは寝癖じゃなかったのか(毎日そこは跳ねているが)と問いたかったがいつになく真剣な表情の男に言えるような雰囲気ではなかったのだ。
「俺のリアが危ない。」
そう言うと下界を覗き込むので何があったのかと一応覗き込む。
「ほう、これは…。」
隣を見れば血の気の引いた顔で冷や汗をだらだらとかいている。
「…確かに危機だがこれは貴様の娘にも責任の一端があるのではないか?」
男はそっぽを向く。その様子はいつもからかってくる男に似合わず多少の悪戯心がわく。
「貴様の部下はよく耐えているのではないか?」
俺の言葉を聞いた瞬間男はわっと泣き出すとこう叫んだのだ。
「お父さんはリアをこんなことするようなこに育てていませんっ!!」
…いや、教えてなさすぎたのではないか?
とある朝の男たち
俺とミランはよく仕事が被る。テレビやドラマ、映画などミラン・フォートリエが出ていればセージ・ロルカも出ていると言われることもしばしばだ。
まぁそんな訳で公私ともに関わりがあるので、朝はよく車で一緒に行く。途中でコーヒーチェーンで朝食を取ることもある。
今日もインターホンが鳴り響いたところで梓とリアに見送られ家を出る。
「おはよう、ミラン。」
「おはよう。早く乗れ。」
実はいつもミランが運転する。以前俺が運転するかと提案すると貴様の運転する車など危なくて乗れんわと素気無く断られた。
「今日はどこでメシ食う?俺もう腹減ったんだけど〜。」
そうだな…とミランが道を走りながら考え出す。とそこで喫茶のチェーン店の看板が見えた。
「お、あそこでいいじゃん。モーニングあるし。」
ミランが頷いて右折のウィンカーを出す。
店が反対車線にあるために道路をぶち抜かなければならないのだが、朝だからか交通量が多い。まぁそんな時でも道幅を開けてくれる優しい人はいるわけで、若い嬢ちゃんが車を停めてくれた。
ミランはそちらを一瞥すると会釈をしたので俺は助手席から笑顔で手を挙げる。
一瞬嬢ちゃんの驚きの顔が見えた気がしたが気のせい気のせい。
駐車場に停めたところでミランが呆れたように言った。
「貴様…そんなに愛想ふりまかなくても良いだろう…。」
「ファンサービスって言えよ〜。こういうのが大事なんだぜ?」
そう返せばミランに鼻で笑われた。