徒然なる日々

るくりあが小説を載せたり舞台の感想を書いたりするもの。小説は文織詩生様【http://celestial-923.hatenablog.com/about】の創作をお借りしています。

セーミラでいろんな色で10題

01.朱

「貴様はその髪色で困らなかったのか?」
隣に座る調子のいい男にふと気になったことを尋ねる。なんでも黒と青を尊ぶ国柄であるらしくこの男が纏う軍服にもそれが如実に表れている。
ぼーっと風に吹かれていたらしい男はへ?と間の抜けた顔を晒した。
「なんだよミラン〜。俺のコト興味あるんだ?」
ワンテンポ遅れて言葉の意味を理解したかと思えばニヤつく男に冷ややかな目を向ける。男は気にした様子もなく頭の後ろで腕を組むとそのまま仰向けに寝転んだ。
「まぁ色々あったかな。染色液ぶっかけられそうになったり、髪を剃られそうになったりとか?」
全部返り討ちにしてやったけどなーとカラカラ笑う男に眉をひそめる。
「…それは大丈夫なのか?貴様の娘も赤髪だろう?」
まぁなーなどと言って眩しそうに目を細める男はさして重大なことだとは思っていないようだ。表情に出した覚えはないが男は俺の顔を横目で見て口の端を上げる。
「大丈夫さ。リアを誰の娘だと思ってんだよ。…でもミランの国に生まれてたらもっと楽だったろうなとは思うぜ。お前んとこにも赤髪の息子ちゃんいるしな。」
俺とも妻とも違う髪色をした生真面目な息子を思い出す。この男よりも深みのある赤髪だが確かにあの国に生まれたなら苦労しただろう。
「ままならないものだな。」
ちらりとそちらを見遣れば男の鮮やかな朱を風が通り抜けていくのが見える。その時何故だかそれが綺麗だとそう思った。
「俺はこの髪を綺麗だって思ってるからいいんだよ。」
…時たま心の中を見透かしたような言葉を紡ぐ所が気に入らないが。
 
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【the original&illustration by Shio Fumiori】
 
02.蒼
死んでからも寝るという概念が存在するかはよくわからないが俺が閉じていた目を開くと隣で珍しくミランが寝ていた。
基本的に寝る必要はないから寝ないというのがミランのスタンスで、俺は何となく生きていた頃の習慣で昼寝したり向こうが夜の時は寝たりするのだが…。
「ほんっとめっずらしーもん見たな。」
腕を組んで座ったまま寝息を立てるミランを見ていたらむくむくといたずら心が湧いてきた。
俺は自分のマントを脱ぐとそれをミランの肩にかける。赤いマントのある白い軍服にその色は何ともミスマッチで不思議な感じだ。
ならばと想像の中のミランに俺の着ている軍服をすべて纏わせてみる。
「…似合わねぇ。」
同じ暖色の髪なのだが何故だかどうも似合わない。面白くなってきてニヤニヤしていると起きたらしいミランから冷たい声をかけられた。
「貴様…気色悪いぞ。」
「いや、色々想像してたら面白くなってたんだよ。ちょっとミラン、俺が白の軍服着てるの想像してみろよ。」
俺の答えに怪訝そうに顔を顰めると俺の顔をじっと見つめ出す。フンと鼻で笑う。
「似合わんな。赤髪に赤いマントなど暑苦しいにもほどがある。…貴様、俺が黒の軍服着ている想像をしたのか…。」
せいかーいと茶化すと眉間のシワを深くしたミランが俺のマントを投げてよこした。
「…なぁミラン。」
返事はないが俺はそのまま話し続ける。
「もしも元々国が一つだったら俺たち、どんな色の軍服着てたんだろーな?」
ミランは短くさぁなと返しただけだった。
 
03.碧
深緑色の瞳にいつにも増して眉間にシワを刻んだ俺の顔が映っている。
ミランの目って本当に碧色なんだな。」
至近距離で俺の目を覗き込んでいた男が言う。
離れろと肩を押して退かせた。
「貴様のところだって青い瞳ぐらいいるだろう。」
「いや、そうなんだけどよ。なんつーかリュカもイヴァンももっとこう…水みてぇな色してんだ。」
水に溶かしたように薄い色ということだろうか。
釈然としない顔に男はとにかく俺の瞳の色は自分の周りには居ないのだと言った。
「あれ?もしかして俺の知ってる白の軍人って皆碧眼か?」
言われて思い浮かべてみる。確かにリオラもアムダリアもシルダリアもバレットやオペラだってそうだ。あぁ硝子玉とはいえルイもそうか。違うのはソフィアぐらいだ。
「…そのようだな。」
「綺麗な色でいいよなぁ!吸い込まれそうだ。」
俺は男が綺麗だと言った碧眼を瞬かせる。綺麗だなどと考えたこともなかった。自分の顔にさして興味がなかったのもあるがそれ以上にまじまじと観察する余裕などなかったということだろう。
「俺も碧眼だったらもっとイケメンだったかな〜?」
隣でふざけたことを言うので男に碧眼をつけてみる。
「今以上におかしいからやめておけ。」
「そうだよなぁ、俺は今のままでも十分…っておい!俺の顔がおかしいってことか⁉︎」
隣で憤慨する男の姿に自然と笑みがこぼれた。
 
04.紫
「やっほーセージさん!早かったね〜。」
そう言ってここでミランの次に俺を迎えてくれたのはカレンだった。屈託のない笑顔はカレンだけのものだがやはりパーツが似ているのだろう。そっくりだ、驚くほどに。
「おう!お前はまだ居たんだな。アンリか?」
あったりまえじゃーんと返すカレンについ紫色の髪が浮かぶ。きっとカレンはここから見ていただろう。彼奴が自分そっくりの女性といるのを。
「でもまぁアンリには幸せになって欲しいからね。私のことを前より忘れられてるみたいだから文句なし!」
綺麗に笑うカレンを見て本当にアンリには幸せになって欲しいと思った。
 
「セージ。」
「んぁ〜?何?」
珍しくミランが話しかけてきたので応える。
「彼女は本当にソフィアに似ているのだな。紫の髪と瞳の色以外は瓜二つと言っても過言ではない。」
「そーだな。」
短く返した俺にミランが意外だというように片眉を上げる。
「分かるぜ。アンリはソフィアをカレンの代わりにしてるんじゃないかってことだろ?そんなことねーよ。」
アンリだって悩んでいた。だけど守るのだと言ったあの日の涙は嘘じゃないはずだ。
ミランはなんとなく察したのかそうかと短く言うと興味をなくしたように目を閉じた。
大丈夫だと俺は思った。あいつの隣で紫色の髪が揺れるかぎり。
 
05.空
“死んだら人はどこへ行くのか”
その問いの万人の答えはこうではないかと思う。
“空に行く”
俺は今、確かに空に居る。隣の男もだ。だが俺の上には真っ青な、雲ひとつない空が広がっている。
「なぁなぁミラン。」
男が口を開く。特に何か反応したわけではないがその続きを話し出した。
「俺らはさ、空の上に居るよな。」
そうだなと返すと変だよなぁと言い出した。
「空の上にも空がある。なら一体どこまで空はあるんだろうな?」
男が不思議そうに言った。
「貴様の妻の母国では死んだら“極楽浄土”というところに行くと言うそうだ。」
男が珍しいとでも言うようにこちらを見てくる。いつもは黙殺するからだろうか。
「とある国では死んだら神様に裁かれて良い行いをしたと認められた者は天国に行けると信じているらしい。」
淡々と告げる俺の言葉に男は耳を傾けているようだ。いつもの軽口が嘘のように一言も発さない。
「つまり…死後の世界というのはその人間が生前信じていた世界なのではないかということだ。きっと貴様の妻は極楽浄土を信じる者たちと共にいる。俺や貴様は空の上に行くと信じていたから共にここにいる。そう考えると矛盾も解消されるのではないか?」
これはある意味夢のようなものなのだと。たくさんの人が見ている夢。
「…そうだな、そうだよな。現実じゃあり得ないもんな、俺とミランが仲良く話してるなんてさ。」
…誰と誰が仲良くなったと言うと男はカラカラと笑った。空の上には真っ青な空が広がっている。
 
06.金
金色の瞳は表情より雄弁だった。
 唯一の主人を殺した日も、彼女を戦争に連れて行くと決めた日も、彼女が死んだ日も。
たくさんの日々の中で決して大勢の前で涙したことはなかったけれど、目を見ればわかった。
憎悪や決意、揺らぎ、悲しみさえも映し出す金色は今国の未来を見据えているのだろうか。
あれはいつだったか、あいつの執務室でのことだ。カレンと随分似ていたソフィアのことを話していた時のことだ。
あいつは今にも泣きそうな目をして言った。
カレンは放っておいたから死んだのだと。放っておかなければ失わないはずだと。
俺はその時金色からトロリと溢れたそれを初めて見た。あいつが涙するところを初めて見たのだ。口元は緩く笑みを浮かべていたが目は雄弁だった。
“弱い僕を許さないでね”なんてほざいてやがったが人としてそれが当たり前なのだ。
失いたくない、大切なもののためだったらその手さえ汚したっていい。それが人間誰しも持つ感情なのだから。
いくら獣のような瞳を持っていたとしても、いくら強くたってあいつは、れっきとした人間だ。あいつは強いから自分で上手く分かっていないのだろうか。自分が弱さを持つ人間だと。誰しも弱さを持って、それを人に見せまいとしていることを。そして、自力では限界があると知って他人に助けを求めるのだと。
それを教えてやれるのはきっと俺じゃない。
だから俺はあの金色が彼女を永遠に映すことを願わずにはいられないのだ。
 
07.鼠
 ネズミが潜り込んだとは自軍に敵軍の諜報員が潜入しているときに使う言葉だ。何度かそういうことがあったのだと男に告げると敵軍に潜り込んだところで勘付かれてたりバレたりする諜報員はペーペーだと言った。
「俺は義にも行ったし、直前はお前のとこだかんな〜。まぁ不測の事態で死んだわけだけど。」
この男へらへらとした立ち振る舞いに反して相当優秀だったらしい。20代で俺たちの同盟国である義に潜り込み、嫁までもらって帰ってきているのだ。嘘ではないのだろう。
「ま、俺の経歴なんかミランのに比べたら全然だけど。なんてったって副団長だもんな!」
いーよなぁ。俺なんか表立って動いてるわけじゃないからグラフィアスに選ばれた時なんか大変だったんだぜ〜?と少しの憂いを含んで男は言う。
「まぁその赤髪もあるのだろう?…そういえばお前のネズミ時代はどのようなことをしていたのだ?」
「なんだその不名誉な言い方!!まぁ俺は軍部に潜り込むってよりは情勢を探るって感じだな。もちろん掃除夫として雇ってもらって軍部で情報収集もしたけど。」
祖父のコネがあって助かったと言う。前々から人脈を持っていそうだとは思っていたがまさかここまでとは。
「ネズミも大変だな。」
ネズミを狩る方も大変なのだが。
 
08.肌
「暑い〜。溶ける〜。」
なぜか空の上なのに暑い。下が夏だからだろうか。もはや必要のないアーマー、ブーツ、マント…脱いで逮捕されないところまで脱いでいるのだが暑い。
「そのまま溶けてしまえ。見ているだけで暑苦しい。」
「その言葉そっくりそのまま返す。」
俺の頭を見て不快そうに顔をしかめたミランはいつも通りきっちり軍服を着ている。お前に言われたくないと横目で睨むと眉間のシワを深くしてようやくマントと上着を脱いだ。
ミランって意外と筋肉ついてるんだな。」
捲り上げたシャツから覗く腕を見てそういえば当たり前だと言われた。
「一応軍人なのだからな。鍛えもする。」
「そうだよな!なんか周りが筋肉だらけだからつい基準がなぁ。俺なんか細い方なんだぜ?」
アンリなんかゴリラだもんなというと珍しくミランが笑った。
「俺のとこだとバレットだな。あいつはとにかくガタイがいい。」
あの大柄な兄ちゃんかというとミランが頷く。ふと俺の腕に目を留めたらしい。
「貴様、腕に傷があるのだな。いつのだ?」
「ん〜?やんちゃしてたころ?…って怒るなよミラン!これは馬鹿やった部下を庇った時のだな。」
他の肌とは違うそこは妙にツヤツヤしている。
「俺はそういう経験はあまりないかもしれん。」
「だけど最期に守りたいもの身を挺して守ったんだろ?十分だよ。」
そう言うとなんとなく救われたような顔をするミラン。死因は同じだもんな〜というと貴様と一緒だとは嘆かわしいと言われた。
「でも誰かを守って出来た傷は勲章だろ?」
そういうとミランはそうかもしれんなと言った。
 
09.白
オランジュ、グラスタニア、エヴィノニアの三国を通称白と呼ぶ。特に我が国、オランジュではそれが軍服にも顕著に表れている。
白。無彩色で黒とは相反する。
 清廉潔白なイメージを持つその色は白としてしか表すことができないという。そこに色を入れた瞬間に白ではなくなる。
だが逆に白は何色にでもなれる色だと思う。だからこそ皆には柔軟な心を持ち色々なことに挑んで欲しいと俺は思う。たくさんの色を取り入れ、最後には混ざり合った色になるまで自分の考えを示し、そして変えてもらいたい。
人の意見を受け入れることがこれから大切になると思うのだ。
たとえそれがこの男のように煩いやつの意見だったとしても。
 
「白の軍服ってなんつーか洗練されてるよな。動きにくくねーの?」
「確かに貴様のと比べればそうかもしれんがこれでも一応軍服なのでな。そこまでの不自由さはあまり感じない。」
男はへぇと感嘆の声をあげると俺の軍服をしげしげと見る。
「こうやってミランと話してるとあの戦いはなんだったんだろうって気分になるよな。もっと他に和解の手立てがあったんじゃないかってさ。」
俺はそれにそうだなと肯定の意を示した。
 
10.黒
エンハンブレ、シャンタビエールの二国を通称黒と呼ぶ。特に俺の国、エンハンブレではそれが軍服にも顕著に表れている。
黒。無彩色で白と相反する色。
あまり良いイメージのない黒だが重厚感を感じさせる色で黒は黒としてしか表せないのだそうだ。そして色を入れてもちょっとでは変わらない。
黒は何色にも変化できない色だと思う。だからこそ皆には自分の正義を貫くことの怖さを知っていて欲しいと思う。
自分の正義を貫くことは大切なことだ。だが同時に凝り固まったものの見方しかできなくなる危険もある。
人の意見を自分なりに消化することは大切なことだの思うのだ。
たとえそれが敵の軍人だったとしても。
 
「貴様の得物はあまり見ないものだな。それは何がアムやシルのものと違うのだ?」
マスケットは玉詰めを一撃ごとにするだろう?だから大量に撃とうとすればそれだけ本数が必要だ。俺の回転式のリボルバーがついているとある程度玉詰めを行わずに連続で撃てるんだ。」
ほぅ、便利な世の中になったものだなと男がしみじみと言う。
「やはり俺たちは自分たちの力をもっと他のことに使うべきだったのではないかと思う。もちろん戦争など起きていなければ当たり前なのだが。」
そうだよなぁと俺はミランがポツリと零したそれに頷いた。
 
【お題配布元】
エソラゴト様  http://eee.jakou.com/
【原作】
文織詩生様
【著者】
るくりあ