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徒然なる日々

るくりあが小説を載せたり舞台の感想を書いたりするもの。小説は文織詩生様【http://celestial-923.hatenablog.com/about】の創作をお借りしています。

昇々-The sun rise again-

白と黒の英雄譚-novelization-

「なぁ、ナルセ。お前はどこで死にたい?」

その日はセージさんの家で呑んでいた。家族が眠り、夜も更け、静かに呑んでいた時、俺の上司はポツリとそんな事を漏らしたのだ。
「そんな縁起でもないこと言うなんてセージさん、実は酔ってる?」
俺の言葉に、かもなと肩を竦めてみせる。カランと氷が溶けて音が鳴った。度数の高い、琥珀色の液体を喉に流し込むと一つ溜息をついて口を開いた。
「俺はさ、戦場で死にたいのよ。」
…正直、意外だった。セージさんには愛する家族がいるから。きっと見送ってもらって、いい人生だったって暖かいベッドの上で死ぬんだって。そんな風に思っていた。
「なーんだよナルセ。そんなに意外かー?一応俺だって軍人なんだぜ?」
カラカラと明るく笑うセージさんに俺も笑った。多分、引きつってただろうけど。
「いやー、意外すぎてびっくりした。絶対セージさんは家族に看取られて死にたいタイプかなって?」
思ったことを言えばカカカと笑った。
赤い髪をぐしゃぐしゃかき混ぜながらセージさんは言った。
「普通に考えたらさー、梓は分かんねぇけど、リアよりは早く死ぬワケじゃん?そしたら俺が死ぬとこ、リアはばっちりみるだろ?命の灯火が消える瞬間を目撃することになると思うからさ。それをリアには体験して欲しくないっていうか…分かるか?」
俺たちは軍人だ。人を殺し、人が殺されるところを何度も何度も見てきた。怪我を負った仲間をなんとか軍医のところへ連れて行ったとしても、助かるとは限らない。手を握られて、俺を通したその向こうに、置いてきた家族や、恋人なんかを見て、ふわりとそう、まるで散った花弁が地面に落ちるように事切れる。瞳に、永遠の虚無が訪れる。
その瞬間、親しい奴じゃなくたって自分の無力さを、喪失感を感じさせられる。まして家族ならもっとだろう。
「いいんすか、それで。あんたが一人寂しく死んだって何にしろリアは死を感じることになる。」
そうだなとセージさんは頷いた。
「だったらその時を少しでも伸ばしてやりてぇと思うのが親…というか俺なんだよ。」
その時、俺が見たセージさんはいつも通りの笑顔を浮かべていた。
 
ひらりひらりと薄紅色の花弁が舞い落ちる。
彼の祖父が極東から持ってきたという桜。庭に植えられたその樹の上にセージさんは居た。
「セージさん、アンリさんが呼んでるっすよ!」
幹にもたれて太い枝に座っていたセージさんが片眉をあげる。
「要件は〜?俺、今日久々の非番なんだけど?」
どうやら昼間にもかかわらず、すでに呑んでいたらしい。手にはショットグラスが握られている。
「知らないっす!ただ呼んでこいって言われただけなんで!」
その言葉に明らかに嫌そうな顔をしたセージさんが降りてきた。風を受けて緩く着たシャツの裾がふわりと舞う。
「あいつも横暴だなぁ…。ま、いーや。じゃあ行くか。」
ちゃんと軍服着てってくださいよ!と後ろから声をかけるとこちらを見ないままひらりと手を振った。
その時一陣の風が吹いてきて、薄紅色が俺の視界を埋め尽くし、セージさんの姿を霞ませたのだった。
 
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【the original&illustration by Shio Fumiori】
 
セージさんが特別任務を受けてから何年経っただろうか。前の定期報告から半年、そろそろ来る頃。
あれはある意味、虫の知らせというやつだったのだろうか。
ふと俺はあの質問を他の人にしてみたいと、そう思った。
「なーアンリさ「軍曹!」
走ってきたやつがアンリさんを呼ぶ。
「どうしたんだい?」
アンリさんが聞くと、走ってきた奴は二度三度深呼吸をして息を整え、言葉を紡いだ。
「先程、基地のゲートに少女が一人来まして…。それでその、軍曹に報告がある、と。」
特徴は?とアンリさんが言う。曰く、赤髪に緑色の瞳。
 
「…セージ・ロルカに代わり、ルクリア・ロルカが報告します。前回の報告にもありますように、現在もオランジュでは緊迫した状態が続いています。副団長ミラン・フォートリエの抜けた穴は未だ埋まらず、支障が出ているところもあるようです。ただ、リオラ・ルシオールの人望は我々の想像より高く、着々と我が軍との戦争に向け戦闘態勢を整えつつあります。以上です。」
ご苦労だったとアンリさんが言った。
ふっとその場の空気が緩む。“軍曹ではない”アンリさんはそっとリアに聞いた。
「何があったんだい?」
セージさんではなくリアが来た。それだけで大体の予想はつく。が、どこかでまさかと思う自分がいた。
「薬物中毒の元兵士に襲われました。多分元々腕の立つ人だったんだと思います。その日は街の人との集会に参加することになっていたので、護身用のナイフしか持っていなくて…。相手は拳銃だったんです。私を庇うために避けないで、それで。」
そこまで言うとくしゃりと、今にも泣きそうな顔でリアは笑った。
「机の中に遺言があったんです。グラフィアスに所属していただけでも何があるか分からないからと遺骨は散骨するようにとか、落ち着いたら資料を持って報告に行けとか書いてありました。それで今回は私が。」
お前、大丈夫かとか、御愁傷様でしたとか、まさかあの人がとか、リアに死に様見せないんじゃなかったのかとか、言いたいことはぐるぐる俺の中で回るだけで一つも言葉にならなかった。
 
セージさんの任務は俺が引き継ぐことになった。今はリアの家に住んでリアを監視をしている。
リアはどうやら軍の暗号を解読したようだとアンリさんは言った。セージさんの最後の報告書は暗号化されていたから解読できなければ読むことができなかったと。
 
夜の静寂の中ひたりと足音が聞こえた。ゆるく目を開け耳を澄ませると音は階段を降りていく。
あの日から時折あることだ。夢に見るのだとリアは言う。
夢の始まりは肉を断つ鈍い音。振り返ると梓さんが地に伏している。呼ぼうとした言葉はセージさんが手を引くことで声にならずに息を吐くだけに留まった。
痛いほどに手を引かれ裏路地を走る。ちらりと後ろを振り返ったセージさんの顔が驚愕に染まり、リアはその胸に抱き込まれた。発砲音が数回鳴り響く。地面へと倒れたセージさんの下からはい出そうとするとぐっと頭を抱えられ息も絶え絶えに最期の言葉を紡ぐのだ。
「…あいつが、居なくなるまで、動くなよ…?ダメなら、チャンスを…待て。俺のベルトにナイフが挟んであるからな。…生き、のびろ。」
あとはただ真っ赤に染まった視界にようやく目がさめるのだと言う。
 
そっと追いかけるとリアは寝巻きで庭先に出ていた。風邪引くぞと部屋から適当に持ってきたシャツをはおらせる。
「…お父さんがよく言ってたんです。」
桜は人の一生のようだとリアがポツリとこぼす。芽吹き、咲いて1番綺麗な時は短く、後は止まらずに散る。止められないその営みがまるで人の一生を見るようだとセージさんは言っていたらしい。
もしかしたらあの日もそんなことを思いながら杯を重ねていたのだろうか。桜の側に立つリアの上からハラハラと降る薄紅に、セージさんの背中を思い出した。
急になんだかさらわれてしまいそうな気がして腕の中にリアを閉じ込めた。
 
「ナルさん…朝ですよ。」
今日も太陽が昇って、リアが起こしに来る。
「あと5分…。」
そう応えれば、仕方ないですねと呆れたように言って下に降りていく。
丑三つ時の出来事を思い出してため息を吐く。
まぶたの裏のセージさんが桜の下でニカッと笑う。
いつか俺はリアを、セージさんを裏切るのだろうか。…裏切れるだろうか。
…考えるまでもない、裏切れるはずだ。いや、裏切れる。絶対に。
だって俺は‘‘正義’’のために動くのだから。