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徒然なる日々

るくりあが小説を載せたり舞台の感想を書いたりするもの。小説は文織詩生様【http://celestial-923.hatenablog.com/about】の創作をお借りしています。

とある一軒の家。
そこには青年と少女が暮らしていた。
2人は共に軍に所属し時には命に関わるような任務もあったが、幸せに暮らしていた。
そんなある日彼に極秘の任務が言い渡された。
誰一人としてその内容を告げてはならない。
そう言われた彼は残された3日をどう過ごすか考えた。
が、良い案は思いつかない。
結局彼は普段通りに過ごすことを決め、彼女には3日後に任務で旅立つとだけ伝えた。

彼は彼女のことを愛していた。
彼女も彼のことを愛していた。
2人の間には一つの約束があった。
‘‘任務から5年、音沙汰がなければ死んだと思って次の人を見つける”
そう、5年以内に戻ればいいのだ。
けれども5年で帰れる保証はどこにもない。
彼は考えた。
例え彼女をここに縛りつけることになっても帰りを待っていて欲しかったから。
周りにそれとなく相談した。
そして彼は花冠を送ることに決めたのだ。
その気高い紫色の匂い立つ花に想いを込めて。
知人に教えてもらいながら必死に作った。
‘‘珍しい。どうしたんだ。”
と聞かれれば曖昧に笑んで誤魔化して。
そうしてできた花冠は少々不恰好だったけれど彼女の瞳と同じ色のリボンがひらめく今までで一番きれいな贈り物だった。

出発の前日。
その日の夕飯は彼の好きな物ばかりだった。
美味しそうに食べる彼を見つめる彼女。
‘‘顔に何かついているのか”と聞けば、
‘‘あなたの顔を焼き付けておこうと思って”と。
風呂に入り、その晩は同じベッドで寝た。
おずおずと彼の背中に触れる彼女を彼はぎゅっと抱きしめてそのまま眠りについた。

出発の日。
彼は彼女に花冠を渡した。
突然頭の上に乗せられたそれにひどく驚いていたが花冠だと告げると嬉しそうに微笑んだ。
‘‘いってくる”という彼に‘‘いってらっしゃい”と答える彼女。
彼の姿が見えなくなるまで見送った彼女は静かに家へと戻った。

約束の5年では帰れなかった。
そしてあの日から10年が経ち、彼は彼女が待っているであろう家へと続く道を歩いていた。
家の前で彼の目に映ったのは荒れ果てた庭だった。
彼女が綺麗にしていた庭は見る影もなく、彼女は待っていてはくれなかったのだと思った。
一縷の望みをかけて家の中に入る彼。
‘‘ただいま”
あの日の頃ならすぐに帰ってくる声が聞こえない。寝ているのかもしれない。
そう彼は自分に言い聞かせるように彼女の部屋へと向かった。
彼女の部屋には誰も居なかった。
あぁ、やはり彼女は行ってしまったのだと思ったその時、彼は自分の部屋の扉が少し開いているのを見つけた。
そっと入るとそこにはすっかり変わった彼女が横たわっていた。
艶やかだった髪はもつれ、美しい肢体は痩せこけていて。
彼が彼女の肩を揺するとゆっくりとその目が開き彼の顔を捉えた。
‘‘これは夢…?”
彼は泣きそうなのを堪えて言った。
‘‘夢じゃない。帰ってきたんだ。”
彼女はゆるりと微笑んだ。
‘‘おかえりなさい。ずっとずっと待っていたの。”
あなたがそういうからと壁にかかった何かを指さす。
それは彼が彼女に送った花冠のドライフラワーだった。

彼女は重い病気を患っていた。
彼は思った。
‘‘彼女の病気が治るならなんだってする”と。
彼の必死の看病のお陰か彼女は日に日に良くなった。
ひどい咳はおさまり、発作も出なくなり、物も食べられるようになった。
医者からは奇跡だといわれた。
そして2人はやっと元のように暮らせるようになった。

彼は病床についていた。
医者にはもう長くないと言われたために病院を出て彼女と暮らしたあの家に戻っていた。
弱っていく彼に彼女は気丈にも明るく振舞った。
けれど彼は気がついていた。
彼女が寝ている彼の手を取り、嗚咽を漏らしているのを。
最期の時。
彼の胸に伏しながら堪えきれずにいくつもの筋をつくる彼女。
‘‘逝かないで。もう私を1人にしないで。”
泣きじゃくるのも虚しく彼の聴覚は水の中に入ったかのように奪われ、視界は狭くなり色彩は見えない。
うまく動かない手で彼女の髪を一房手に取り口づける。
‘‘笑って。”
そう強請れば彼女はくしゃりとゆがんだ笑みを作る。
‘‘君と生きることができて良かった。”
また泣き出す彼女が白み出す。
あぁ、彼女との日々があの花冠のように朽ちず終わらないものだったら良かったのにと思った。

彼女は墓前に佇んでいた。
彼の名前が刻まれたそれの前に。
彼女はその文字を撫でた。
愛おしそうに、そして沈痛な面持ちで、
彼女はそこにあの日の花冠ともう一つ置いた。
真紅の花で作られた花冠を。
そして彼女は—...