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徒然なる日々

るくりあが小説を載せたり舞台の感想を書いたりするもの。小説は文織詩生様【http://celestial-923.hatenablog.com/about】の創作をお借りしています。

不離-revised edition,I saw a daydream-

リオラは戦場が見渡せる小高い丘の上に立っていた。草木が朱く染まる大地を漆黒の馬が駆けてくる。

周りには誰も居ない。いや、“居た”と言うべきか。最も近くにいた厳しい彼は大切なものを守り、死んだ。こんな私に懐いてくれた2人の部下は今、私を守るためにあの朱の中に居る。
黒い彼の姿が近づく。琥珀色の瞳には何か強い意志…そう、生きて帰るのだと、大切なものを守るのだというような、そんな光が宿っていた。
あぁとリオラは嘆息する。もし自分にも大切なものがあったとしたら、あんな風に生きたいという強いを持っていたのだろうか。
一陣の風が橙の髪を巻き上げた。
 
ー幾度も幾度も自分の名を呼ぶ声がする。
ゆるゆるとまぶたを上げると傍に白髪の少女の姿があった。じわりと涙を浮かべるその姿に困ったように笑って頭を撫でた。
自然と口が彼女の名を紡ぐ。
遠いあの日が脳裏を走馬灯のように駆け抜けた。
 
彼女との出会いは鮮烈だった。
国の者もめったに訪れることのないオレンジの花畑に座る少女。
楽しげに微笑み、花を慈しむように撫ぜる。
その姿にはっとした。
“今すぐここから離れろ!お前死にたいのか⁉︎”
私の言葉に振り向く彼女。
その透き通ったムーンライトブルーの瞳は全てを見透かすかのようで。
ぽつりと彼女が零した言葉に私は驚愕した。
“…さみしいの?”
植物に蝕まれた私とは反対に植物に愛された少女の運命が交錯した時であった。
 
私は孤独だった。
国土の大半を占める、時に利となり、時に害となるオレンジの花、高山草。
それを幼い頃の実験によって自身に宿した私はいつもどこかで諦めていたのだ。
騎士団団長となり民から慕われても。
優秀過ぎる右腕と可愛い部下に囲まれて仕事をしていても。
私につきまとうのは幼い頃、自身が触れたことで枯れた花のように誰かを傷つけるのではないかという恐怖。
綺麗だと触れた花がその色を褪せさせ、朽ちていく様が、同じように私の周りの人たちに起こったら。
私はその恐怖に耐えきれず自身の生を呪っていたのだ。
 
彼女もまた孤独だった。
植物に愛され、自身が願えば花が咲き、実がつく。
気味悪がられ、村を追い出された彼女を護ってくれたのは植物だけだった。
植物は彼女の食べ物となり、住処となり、話し相手となった。
ある日黒い服の男が彼女を訪ねてきた。
彼は彼女に人の温もりと、人としての暮らしを与えてくれた。
彼はいつも“いってくる”と言った。
彼女は“いってらっしゃい”と返した。
彼は“ただいま”と帰ってきた。
彼女は“おかえりなさい”と返した。
そしてある日、彼は慌てて帰ってくると彼女を薄暗い奥の奥の部屋へと連れて行った。
ここから出ないようにと言った彼は“いってくる”と言ったので彼女は“いってらっしゃい”と返した。
…彼から“ただいま”と言われることはなかった。
 
似た者同士の私たちは恋仲になった。
いつも眉間にしわを寄せた副団長に呆れられるぐらいに私は彼女を溺愛し、彼女も控えめながら私を愛していたように思う。
“ずっと一緒にいたい”
けれど彼女は悟っていたのだろう。
きっと私の中の高山草が言ったのだ。
私はもう、長くはないと。
 
私と彼女はあの日出会った花畑に来ていた。
楽しそうに植物と戯れる彼女を私は愛しく思い、見つめていた。
彼女の名前を呼ぶと不思議そうな顔をして近づいてきた。
後ろを向けと言って花冠を乗せる。
自分の力で作った高山草の花冠。
頭に手をやって固まっていた彼女を不思議に思って呼ぶと振り返りざまにきゅっと抱きつかれた。
嬉しそうなその顔に自然と顔がほころぶ。
重心を後ろに傾けながら彼女を引っ張る。
ぱっと私たちの周りに花弁が舞った。
彼女をぎゅっと自身の腕に閉じ込める。
…とても幸せだった。本当に。
 
私はもう限界だった。
ベッドに横たわる私。
その傍に彼女。
他には誰もいない。
体力が落ち、上手く力をコントロール出来なくなった私は常に毒を出し続ける状態で、彼女の他に近づける者は居なかった。
死期を悟った私は彼女に言った。
“あの場所に行きたい”
 
「ハナエ。」
彼女は俯けていた顔ををこちらに向けた。
目の端に溜まった涙がほろりと溢れる。
「…いや、いやだ。まだダメなの…!もう少しだけ…もう少しでいいからっ…!」
きっとハナエは私の中の高山草と話しているのだろう。
いやだいやだと繰り返すハナエをもう一度呼ぶ。
「ハナエ。」
ハナエはようやくつぶやくのを止めた。
「案ずるな、ハナエ。私はどこにも行きはしないぞ。」
左右に首を振る。
ぐっと拳を握り締めるのが見えた。
「嘘だ…。桔梗みたいにリオラも帰ってこなくなる。」
「嘘ではないぞ、ハナエ。」
とびきりの笑顔でハナエを見る。
ハナエ、私は今ちゃんとお前に笑えているか?
「私はずっとお前の側にいる。約束だ。」
右の小指を立ててハナエに向ける。
ハナエの白くて細い指が私のそれに絡んだ。
極東の、約束を破らないと誓う時にやるのだという指切りをする。
「ハナエ。」
彼女の頬に触れた指が先から朽ちていく。
 
“私は永遠にお前の側でお前を愛し続ける”
 
 
 
視界に映る朱。きっと服も朱く染まっているのだろう。
彼が雄叫びをあげて私を貫いた。
夥しいほどの朱が舞う。霞む視界の中、最期の力を振り絞り彼の足に剣を突き立てる。
剣を持つ彼の向こうに白髪の彼女が見えた気がしてふっと微笑んだ。
 
ーあぁ、輪廻というものがあるのなら今度はお前と生きてみたい。この哀しい人生よりきっと幸せであるはずだから…
 
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【the original&illustration by Shio Fumiori】
 
少女は森の中に居た。
木漏れ日のさす中をひらりひらりと彼女を撫でるかのように木の葉が舞い落ちる。
ムーンライトブルーの瞳が視界の端に橙の花弁を見つける。
差し出した彼女の白い手にふわりとそれは舞い落ちた。