徒然なる日々

るくりあが小説を載せたり舞台の感想を書いたりするもの。小説は文織詩生様【http://celestial-923.hatenablog.com/about】の創作をお借りしています。

書きたいところを書きたいだけ書く その4

聖杯戦争…?Ⅱ】

 

「ねぇねぇキャスター。今まで誰も来ないけど本当に戦争してるのかな?」

夜道は2人の足音とコンビニの袋が立てるガサガサという音だけが響く。

「うーん、まだ召喚されていないのかもしれないね。それに…今来られたらテオはお腹空いてて戦えないだろう?」

「うん!」

今日の夜食は何かな〜?と嬉しそうなテオにキャスターも表情を和らげる。

その時、キャスターが歩みを止めた。

「キャスター?」

不思議そうに小首を傾げたテオをキャスターがやんわりと留める。

「お客さんみたいだ。」

キャスターの視線の先、街灯に照らされた道の上に男女が舞い降りた。

「こんばんは。」

女の方が話しかけてくるとテオは笑って答える。

「こんばんは、僕に何か用なの?」

えぇと女は頷く。

「ついて来てくださる?」

その言葉にキャスターは断ろうと思ったが、女の後ろに立つ黒髪の男がこちらに殺気を向けた。それを感じてキャスターはテオに耳打ちする。

「言う通りにしようか。クラスも気になるしね。」

うんとテオは頷く。

「いいよ?でも、僕お腹空いてるからあんまり長いと困るなぁ。」

多分、短くて済むと思うわと女は答えた。

 

女に連れられて行った先は廃病院だった。その前庭で4人は対峙する。

「単刀直入に聞くわ。あなた、マスターよね?サーヴァントのクラスが知りたいの、教えてくれる?」

女の言葉にうーんと唸るテオ。

「だめ。不利になっちゃうもん。ね?」

キャスターも頷く。

「君もこちらの返答は分かっていたんじゃないかな?だからここに連れて来た。」

すると後ろに立っていた男がパチパチと拍手する。そして余裕たっぷりに笑うと言った。

「ご明察。そこまで分かっているなら…遠慮なく行かせてもらうよ!」

男が叫ぶと空中から人の背丈もあるような剣が出てくる。一目見て重そうなそれを軽々と振り回すと戦闘の体制を取った。

「えぇっと…ちょっと待ってくれるかな?」

キャスターは自分の服をパタパタと叩き出す。

ズボンのポケットを確認し、上着のポケットも確認すると動きを止めた。

「マスター、今日は無理だ。」

「うん。」

男にくるりと背を向けたキャスターはテオを背負う。

「ごめんね、今日は引かせてもらうよ。」

その言葉に男の眉が跳ね上がる。

去ろうとするキャスターを男が追いかけた。

「行かせないよ?」

振り下ろした剣が地面に当たると亀裂を作り出してキャスターへと向かって行く。それに気づいたキャスターは何でもないような顔で空中へと飛び上がった。

「本当にごめんね。マスターが燃料切れじゃなければお相手するんだけれど…。」

「あ!言っておくけど僕のサーヴァントは強いからね!」

ビシッと指を突き立てたテオと背負ったキャスターが夜の闇へと消えて行く。男は悔しそうな顔をしていたがふぅと一息つくと剣を消した。

「ごめんね、マスター。逃げられちゃった。」

「また機会はあるわよ。焦らないようにしましょう、セイバー。」

2人もまた、闇へと消えて行った。

 

「…どうですの、ライダー。」

廃病院の屋上、甲冑を来た男と顔に大きな傷のある女が立っていた。

「黒い方はセイバーだろう。剣を使っていた。もう1人は何とも言えん、ただバーサーカーではないとだけ分かれば十分な収穫だ。」

それに女は頷いた。

「では、わたくしたちも帰りましょう。」

女が帰ろうと踵を返した時、ライダーの視界の端で何かが光った。

目にも留まらぬ速さで女の前に飛び出し剣を払う。鈍い音と共に床がえぐれる。

「な、何がありましたの⁉︎」

ライダーは光った方向を見据える。しばらくすると構えを解き、剣を収めた。

「…狙われていたようだ。」

床にめり込んだそれをライダーが拾う。

「銃弾…か。」

 

廃病院から1km。ビルの屋上に女が2人立っていた。

「…本当に見えているのか?」

背の高い女が怪訝そうに問いかけると少女はコクリと頷いた。

「今、廃病院の庭で2組対峙してます。それを屋上で見ているのが1組。あと、サーヴァントが木の上で見てます。」

女は信用できないというように息を吐く。すると少女は少し悲しげに笑った。

「私はアーチャーのサーヴァント。物見もできないようでどうします?」

「…それもそうだな。」

お前を信じるとしようと言った女に少女は嬉しそうに笑う。

「マスター、屋上で見物している人たちはどうしますか?」

その言葉にハッと女は笑った。

「撃っていい。私たちも奴らの実力を見させてもらおうじゃないか?」

少女は頷くと足のホルスターから拳銃を取り出した。構え、ピタリと静止する。女にはそこにいるはずの少女の気配が薄くなったように感じた。

トリガーを引くと一直線に弾がそこへと向かって行く。構えを解いた少女が目を凝らす。と、すぐにホルスターに銃をしまって女の手を引いた。

「どうした?」

「防がれました。相手は剣なのでセイバーかライダーでしょう。こちらに来られる前に移動しましょう。」

少女は女を軽々と横抱きにする。

「なっ…!!」

そうしてビルから、飛び降りた。

 

「久しぶりだな、ランサー。」

物陰から声がする。ランサーと呼ばれた男は不機嫌そうな顔をさらに顰める。

「貴様に久しぶりと言われる筋合いはないなアーチャー。」

ランサーの声にアーチャーと呼ばれた男は声をあげて笑う。

「俺がアーチャーだって?今回はちげーよ。な、マスター?」

話を振られた青年もおう!と答えた。

「ふむ、ではお前のサーヴァントのクラスは何だ?」

髪をゆるく結んだ男が問うと男はニヤリと笑った。

「まぁ、こっちが知っててあんたらが知らねぇってのもフェアじゃねーわな。どうする?」

「マスターの好きにしていいぜ。」

姿の見えぬ声に青年は頷くと男に言った。

「俺のサーヴァントはアサシン。背後には気をつけてくれよな。」

ほうと男が感嘆の声をあげ、顰め面をした男はフンと鼻で笑った。

「で、貴様は今日は戦う気が無いんだったか?」

「ってアサシンが言ってるんでな。今日は挨拶なんだと。」

そうかと男は人好きのする笑みを浮かべる。

「わたしの名はリオラ。またいずれ会おう、少年。」

ランサーを伴い背を向けたリオラに青年は叫ぶ。

「俺は少年じゃなくてナルセって名前があんだよ!」

ナルセを面白いというように見たリオラが言った。

「ではな、ナルセ。」

 

風を切る音が耳元で鳴り、女はぎゅっと目を瞑って衝撃に備えていたが、トントンと軽やかな音が規則正しく聞こえてくることに気がついた。

「マスター?」

アーチャーの声に女は恐る恐る目を開ける。

「…死ぬかと思った。」

ふーっと息を吐いた女に少女はコロコロと笑った。

「落とさないから大丈夫ですよ。さ、家の近くです。」

近所の人に目撃されても困るからと路地裏に降り立つ2人。路地を抜け、通りに出たところでホッと息を吐く。

「帰ろう。」

「はい。」

帰路につく2人。

「あ。」

短く声をあげて姿を消したアーチャーにエンは小首を傾げる。

「アーチャー?」

呼びかけても出て来ないため、仕方なく無言で歩を進めているとすれ違った人影に声をかけられた。

「あれ?エンちゃんじゃん!」

「セイ…。」

 こんな時間に何してんだよ〜?と近づいてくるナルセをエンは冷たくあしらう。

「散歩だ。身体が鈍るのでな。」

ふぅんと気の無い返事をしたナルセの視線がエンの左手に留まる。互いのサーヴァントの姿は見えないが、手の紋様がその事実を示していた。

「お前もマスターだったのか⁉︎」

その言葉に彼女は鼻で笑う。彼女もまた、ナルセの左手を見ていた。

「あぁ。どうやら敵同士、らしいな。」

2人の間に緊張が走る。それを打ち破るかのように手を叩く音が聞こえた。

「はーいはい、お二人さん落ち着いて。な?」

暗がりから出てきた男がニヤリと笑った。

「嬢ちゃんのサーヴァントは?」

「いや、先ほどどこかへ「私です。」

エンの言葉を遮ってアーチャーが出てくる。

「俺はアサシンのサーヴァント。そっちは?」

「アーチャーです。どうぞよろしく。」

サーヴァント同士が挨拶するのを見てキョトンとする2人。

「なんであいつら挨拶してんだ?」

「さぁ…?」

ヒソヒソと話しているとおい!とアサシンが声をかけた。

「マスター、こいつらと共闘しようぜ!」

いいよな?とナルセとエンに聞くアサシン。

「いや、俺は出来れば知ってるやつと敵同士になりたくねぇし文句ねぇけど…お前は?」

ナルセの言葉にエンは頷く。

「…私も構わない。仲間はいても良いと言っていたな?」

エンがアーチャーに確認を取るとアーチャーが頷く。

「じゃあそういうことで!よろしくな嬢ちゃん!」

「エンだ。よろしく。」

差し出された手を取りアサシンが笑う。

夜道で一時の共闘関係が生まれた。

 

「…これは大変です…!」

物陰から見ていた青年の姿が搔き消えるのを見た者は誰も居なかった。

書きたいところを書きたいだけ書く その3

【あなたがそこにいた頃】

「おっひる〜おっひる〜!」

「テーオ、まだだよ。」

腕に大量の食べ物を抱えたテオが執務室に入ってくる。

「…今日はずいぶん沢山あるね?」

その言葉にテオはニヤリと笑う。

「さっきナルセがくれたんだ〜。いいでしょ〜?」

またナルセくんか、仲良いななんて思っていると、サンドイッチを取り出したテオが口を大きく開けた。

「いっただっきまーす!」

「あ、ちょっとこら、テオ!」

食べ始めようとしたテオを止めた時、荒々しくドアが開かれた。

「テオドール!いるんだろ!!」

ノックもせずにドアを開けた不躾者はセージだった。

「あ、セージ!早かったね〜。」

のほほんとしているテオに対してさらに肩を怒らせたセージが近づいてくる。

「俺の昼飯返せ!」

差し出された手を前にテオはキメ顔で言い放った。

「奴はとんでもないものを盗んでいきました。」

ドーナツとサンドイッチを持っているのをみなければまさにお手本のようなドヤ顔。

「いいから返せ!それだけじゃねぇだろ、全部出せ!!今日は梓のうさちゃんリンゴと俺の可愛いリアが作ったポテトサラダがあんだろ!!」

ものすごい剣幕でものすごいことを言い放ったセージにテオは口を尖らせながら渋々渡す。

サンドイッチにドーナツ、バスケットに入った何か、チョコレート、飴、その他諸々…。

「根こそぎ持っていきやがって…!!どうやってこんなに持って来やがった!」

「ナルセに手伝ってもらった〜!」

ケロリと白状したテオに、セージの額には青筋が浮かぶ。

「あんの野郎ぉ!!!」

飛び出して行ったセージにちょっとため息をついて時計を見る。

「あぁ、お昼の時間だよ。食べようか、テオ…あれ?」

いつの間にかテオは姿を消していた。

 

「ナルセェェェ〜!!!!!」

「やべっ、もうバレたか!」

追いかけるセージと逃げるナルセ。永遠に続くかと思われた鬼ごっこはナルセの目の前に出て来たテオによって終結した。

 「テオ〜っ!何してんだよ!」

「今だけは褒めてやるテオ…。覚悟しろナルセェ!!」

ガクガクとナルセを揺さぶるセージの肩を叩くテオ。

「ね、褒めてくれるんでしょ?」

ニコニコと笑うテオに頷きつつも顔がひきつるセージ。

「じゃあさ、うさちゃんリンゴと娘ちゃんの作ったポテトサラダ、一口ちょーだい??」

「はぁぁぁぁぁ⁉︎」

標的を2人に変更したセージの戦いは追いかけて来たフェンネルに止められるまで続いた。

 

「うさちゃんリンゴもすごいし、あと娘ちゃんのポテトサラダも美味しかった!!あ、セージ、娘ちゃん、お嫁にちょうだい??」

「「やらねぇよ!!!!!」」

「なんでおめーも言ってんだよナルセ!!」

 

 

 

 

 

 

聖杯戦争…?】

ー西の国のとある街で戦争が今、始まろうとしていた。

 

「ねぇ、私の顔に何かついてるの?」

思考を飛ばしていたのか、男は目を瞬かせる。その様子に女はため息をついた。

 

足音が聞こえたと思うとダイニングの扉が勢いよく開かれた。

「きゃすたぁ、お腹すいた〜…。」

 

互いのサーヴァントの姿は見えないが、手の紋様がその事実を示していた。

「お前もマスターだったのか⁉︎」

その言葉に彼女は鼻で笑う。

「あぁ。どうやら敵同士、らしいな。」

 

ピシリと突き立てられる指、揺れるツインテール

「ライダー、フルボッコにしてくださいませ!」

 

魔法陣から現れたその姿に男は驚いて目を丸くした。

「おや、懐かしい顔だな。」

そう言うと人好きのする笑顔を浮かべた。

 

「俺が呼ぶまで出てくるな。目障りだ。」

男は見たくもないというように軽蔑の色を瞳に向け、背を向けた。

 

ー主人を見守り、従うサーヴァントたち。彼らにも感情はある。

 

「昔のことを思い出したんだ。」

悲しげに笑う男の過去は一体、なんだというのか。

 

「テオ、食べ過ぎてお腹壊さないようにね。」

男は困ったように笑って皿を置いた。先ほどまで山盛りになっていた料理はあっという間に座る男の胃袋に吸い込まれていく。

 

掴んでいた襟を放して男は言った。

「失ってから気がついたんじゃ遅いぞ?」

男の姿がかき消え、残ったのは力なくうな垂れた男だけだった。

 

立ちつくす女の袖をそっと細く白い指が引く。

「きちんと考えてあげてください。大丈夫、貴方が幸せになったって良いって私が保証してあげます。」

泣きそうな女の背をそっと摩る少女は、容姿にそぐわぬ慈愛に満ちた瞳だった。

 

「どこでそんな汚い言葉を覚えてくるんだ、マスター…。」

男は大きくため息をつく。女はぷうっと頬を膨らませる。

 

そうだろう?と聞いた男に眉間の皺を深くした。

「…そんなものはない。」

男はその姿が自分に言い聞かせているように感じた。

 

「仕方のないことなんです。」

そういって彼は力なく笑う。その顔は絶大な力を誇るクラスにはとても見えない。

 

ー過去の戦争が投じた波紋は大きく大きく広がっていた。

 

「いいからやってくれマスター!俺にこれ以上…背負わせないでくれ!!」

男の剣幕に女は頷いてしまう。

 

「行きましょう、バーサーカー。」

すらりとした女の隣に大柄な男が並ぶ。その様はまるでかの童話のようだった。

 

せかせかと動き回る2人に男は口を開く。

「お前たちは本当に世話焼きだな…。」

のほほんとした男の言葉に2人の眉が釣り上がる。

 

「マスター…?」

表情を崩さない男の顔がじわじわと驚愕に染まる。

その様子に男はこの場にそぐわぬ程、綺麗な笑みを浮かべた。

 

「どんな姿になっても生きて帰るわ。」

貴方がそう言ったのよ、と女は何もなくなった右手に話しかけた。最後まで困った顔で笑う男の姿が脳裏に浮かぶ。

 

その男は物言わぬ2人を従えてにっこりと笑う。

「うつくしいだろ?俺のアサシンは。」

無数の刃がキラリと光る。

 

ゴポリと口から血が溢れる。

「…セイバー。僕は…死ぬの…?」

1人は嫌だなぁと虚ろな瞳で男は淡く微笑んだ。

 

ー戦いは起こる。それぞれの思惑と過去と想いを交えて。

 

「あなたに恨みはありません。でも…僕が必要とされるのは今だけなんです!!!」

その言葉とともに瞳の色が変わる。ランサーの背に悪寒が走った。小柄なその体軀からは想像もつかない力にランサーの身体は弾き飛ばされた。

倒れずに着地したランサーは言う。

「貴様にも分かるだろう…?令呪を使われれば俺たちは逆らえないんだ!!」

 

「ライダー!!」

「大丈夫だ、マスター。下がっていてくれ。」

魔法陣を幾重にも出現させた男はへにゃりと眉を下げた。

「ごめんね、君に個人的な恨みはないんだけど…。マスターの頼みだから。」

その言葉にライダーは馬を降りた。

「ただの優男ではないということか。面白い。」

ライダーは剣を構える。

 

サーヴァントをこちらに呼び寄せようとした男を女の手が制した。

「ここは私たちが引き受ける。」

女の瞳が目の前の騎士をまっすぐ見つめる。いつの間にか女の側に立っていた少女が微笑む。

「こう見えて私はアサシンの娘ですよ?そんな簡単にやられたりしません。」

そういうことだと女が同意し、その意志が硬いことを悟った男は背を向けて走り出す。

「…女に剣を向けるのは好かんのだがな。」

その言葉に女は挑戦的な笑みで答える。

「私のサーヴァントは強いぞ?」

 

「また会えて嬉しいよ、ランサー。」

合わさる剣。火花が飛び散る。

「あの時の借り、返させてもらうよ!!!」

斬り結び、離れる。押し合う力は拮抗し、周囲には風が巻き起こる。

「…どうして…。どうしてそんな顔をするんだい⁉︎」

理解ができないとばかりに男が叫ぶ。その言葉を浴びせられた男は嘲笑する。

「さぁ…どうしてだろうな。」

 

ー汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!

 

「僕はセイバー。君の呼びかけに応じて参上した。」

男は笑う。

「よろしくね、マスター。」

 

書きたいところを書きたいだけ書く その2

【面影】

諜報員として自国に潜入することになった。

「ローランくん?」

前を歩くリアが振り向いた。エヴィノニアやその周辺でよく見る赤髪と緑目。オレンジがかっていないのはやはり、ここに生まれたからに他ならない。

「ん〜?」

この任務は俺が自国ではなく、この国に、この国の駒になることを証明することにつながる。その過程で裏切ることがないように付けられた監視がリアだ。

「…心ここに在らずって感じ。」

俺の答えに不服そうなリアは尚も言い募る。再度そんなことはないと伝えれば渋々と言った風情でまた歩き出した。

きっとリアには俺が裏切った時のことをこの任務とは別に言われているに違いない。…いや、言われなくてもそうするだろうか。

それでも隣で普段通りに笑う彼女は相当な狸であろう。

「マルセルくん、待ちくたびれてるかな?」

思考の海から突然引きずり出され、ハッと顔を上げる。

「急ごっか?」

頷いて、また前を向いた彼女の三つ編みが揺れた。

薄暗くなった通りで、重なるその姿に1人苦笑する。

「絶対会いたくないなぁ…。」

ポツリと呟いた言葉は目前に迫った夜の闇に吸い込まれて行った。

 

 

 

【再び相見えんと欲さず】

後をつけられていると隣を歩くリアに伝えると分かっていたのか頷いた。

「ねぇ、ちょっと待って。」

こちらが立ち止まると後ろの気配も足を止める。

「パンを買い忘れたの、先に帰ってて。」

「分かった、気をつけて。」

リアから袋を受け取って別々の方向に分かれる。後ろの気配は俺の方について来る。狙いは俺か…?一見すれば女であるリアの方が狙いやすいだろう。

路地を曲がり速度を上げる。ピタリと一定の距離でついて来る気配は1つ。振り切るか。そう考えて角を曲がったところで真っ直ぐ進んだように見せかけてもう一度曲がって身を隠した。

追いついたその人影をそっと見やる。

驚いた。

辺りを見回すのは俺の半身とも呼べる存在で、けれどその身に纏うのは俺とは反対の色。

「ローラン。」

名を呼ばれほんの少しだけ動揺する。あぁ、またセージさんに怒られるや。

「まだいるんだろう?そのままでいい、聞いてくれ。」

俺の半身、アランは瞳に憎しみの炎を浮かべた。

「俺はお前を許さない。次に会う時は…容赦しない。」

踵を返した足跡が遠ざかる。ぐしゃりと紙袋が手の中で音を立てた。

 

 

 

【生まれついた地は】

エヴィノニアとシャンタビエールの国境。そこに2つの人影があった。

見えないその線を挟んで両者は対立していたのだった。後ろには国境を監視している両国の兵士たち。緊張が辺りを支配していた。

「誉れ高きロルカの娘子!」

男が向ける剣は国境の向こう、ギリギリに立った少女の喉元へと向けられる。

切っ先を意にも介さないように少女は視線だけを男の瞳に合わせた。

深みはやや違うものの同じ緑目が交差する。

男は1つ息を吐いて言葉を紡いだ。瞳が憐れむように緩む。

「こちらに生を受けていればこんなところに来ることもなかったろうに。このような形で会うこともな。」

少女はその瞳を強く、見つめ返した。

「私の意志ですから。」

一陣の風が2人の髪を巻き上げる。それは宵闇の中で全く同じ色に見えた。

「これからどうするおつもりですか、ガイラス卿。」

ここは国境。もし男が剣で少女を切ればすぐに兵士は集められ、良い口実だとばかりに一気に攻め込んでくるだろう。だからこそ、少女は腰に下げられた銃を手に取ることさえしないのだ。

「やはり、噂通り流石の洞察力だな。お父上にも負けぬほどになるだろう。」

「お褒めに預かり光栄です。」

微笑んだ少女に男は剣を収め、少女は一歩後ろに下がった。

「またお会いしましょう、“ガイラルディア卿”。」

 

 

ーこの時、彼らの動向を見守っていた兵士は後にこう語った。“2人はあまりに似ていて、如何に自分たちのしていることが馬鹿らしいことなのかと思わされるきっかけだったかもしれない。その時は何も思わなかったが、両軍の兵士たちに波紋を呼んだことは確かだろう”(『戦争の歴史』より抜粋)

書きたいところを書きたいだけ書く その1

この近所の商店街もピリピリしてきたと思った。前線から帰された元兵士や、これから向かうのであろう若者。以前よりずっと多く見かけるようになった。

「前から知っている人の店以外には行くなよ」ナルさんにもそう注意されている。都心はもっとピリピリしているらしく、軍服を着ていないとおじさんも声をかけられるほどだと言っていた。

店先にじゃがいもが並んでいる。今夜の夕飯はクロケッタにしよう。いくつか選んで会計に持って行く。

「ルクリアちゃん、いつもありがとうね〜。」

そう言って袋に詰めてくれるおばさんはいつもより忙しなく、慌てているように見えた。普段なら少し立ち話になるところなのに。

「…おばさん、何かあった?」

「え?えぇ、旦那がね、帰って来たのよ。はい、おつりとじゃがいもね。」

釈然としないながらも、袋を受け取って店を出る。あとはバカラオを買って…と考えていると突然肩を掴まれた。

「何をしている?」

大柄なその人の、こちらを見る目は憎悪に燃えていて、振り払って逃げなきゃと警鐘が鳴る。

「…買い物です…うっ!」

肩を押されて尻餅をつく。袋からじゃがいもが落ちて道を転がった。

「嘘をつくな!その髪の色!瞳の色!俺は戦場で見たんだ!!白のスパイだろう!なぁ⁉︎」

詰問してくる男の人に周りの人も集まってくる。お父さんが言ってた疑うような視線、遠巻きに見る人たち。力があるからこの国にいられるとお父さんが言っていた意味が、今なら分かる。

「何してるの!あんた!」

おばさんが店から出て来て男の人に呼びかける。どうやら旦那さんだったらしい。

「白のスパイを見つけたからな、問い詰めていたところだ。」

「やめなさいよ、ロルカさん家の娘さんじゃない!由緒ある家の子よ!!」

おばさんの言葉に旦那さんは鼻で笑った。

「ずっと前から送り込んでいたスパイだとしたら?そうやって、何十年も前からある家だからスパイなはずがないと思わせていたら?どうなんだよ!なぁ⁉︎」

旦那さんの剣幕に動けなくなった私を立たせてくれたのは近所に住むおばあさんだった。

「ほら、早くしな。奥さんが抑えててくれてる内に。」

コクリと頷いて袋を持って走りだす。喧騒が遠ざかっていく。

「…本当にスパイだったらお父さんが死ぬはずないのに…!」

走りながらやり場のない憤りを言葉にぶつけた。

 

「赤髪で緑目の白軍の人?沢山いると思うけど…。」

夕飯でナルさんに聞くとそう言われた。

「…じゃあ偉い人なら?」

もぐもぐとクロケッタを咀嚼していたナルさんがゴクリと喉を動かした。

「…戦士長だよ。実質兵を率いてるな。」

もうこの話は終わりだと言うようにナルさんは手を振った。

私がその人を実際に見ることになるのはもう少し先のことだ。

Homeparty…?

「ホームパーティー…?」

「そうだ。親しい人をもてなすのだが、妻が是非、レノに来て欲しいと言うのでな。もちろん、リヴィちゃんも一緒に。」
ふむとレノックスが思案する。事件も解決し、レノックスは憑き物が落ちたように穏やかになっていた。相変わらずボサボサの頭とよれた格好なのだが。
「では、奥方の御好意に甘えて伺うとしよう。」
リヴィは分からんがなと続けたレノックスにヴィンセントは内心、ホッとしていた。
これが以前のレノックスならにべもなく断られていたことだろう。
雇い主の変化に嬉しくなるヴィンセントだった。

 

 

ダイニングには人が集まり、賑やかに談笑が始まった頃、数えきれず鳴っていたドアノッカーがまた鳴った。
「こんばん…は…。」
「お招きいただき感謝する、ヴィンス。」
そこに立っていたのは赤髪を後ろに撫で付け、パリッと糊のきいた服を身につけた男だった。
ヴィンセントが唖然としていると男は首を傾げた。
「どうした?」
その後ろから出て来たリヴィが『こんばんは、ヴィンセントさん。』と伝えてくる。
そこでようやく、合点がいったヴィンセントが言葉を紡ぐ。
「レノ…だよな?すまない。君があまりにもその…小綺麗な格好だったものだから。」
そう言うと男、レノックスは憮然とした表情を浮かべた。
「…だから嫌だと言ったんだ、リヴィ。」
驚きを隠せないヴィンセントに嬉々としているリヴィに苦言を呈すが、それを聞き入れた様子はない。
『びっくりしましたよね?パパ、本当は結構美男子なの。』
「あぁ…。…おっと、リヴィちゃんも美しいよ。」
慌てて付け足したようになってしまったが、リヴィは気にした様子もなく、ありがとうと口の動きで伝える。
「こんなところですまなかった。さぁ、中へ。」
ダイニングへと案内すると、友人と話していたらしい女性がこちらへと向かって来た。
クラリス。こちらがレノックスと娘のリヴィちゃんだ。」
ヴィンセントの紹介に表情を明るくしたクラリスは口を開く。
「あら!まぁまぁ!私、ヴィンセントの妻のクラリスといいますわ!いつも主人がお世話になっております、本当に、お会いしたかったのよ!!」
まくし立てられた言葉と熱烈な抱擁に少し驚いたレノックスだったが、気を取り直して恭しく一礼する。
「お初にお目にかかります、Mrs.グレイ。私はレノックス・シルヴェスターと申します。こちらは娘のリヴィ。声が出ないので筆談で失礼いたします。」
えぇ!えぇ!とクラリスは頷く。
「話は聞いているわ!リヴィちゃんも大変ね…。あ!リヴィちゃんは折角だから息子たちとお話しするといいわ!!いきましょう!」
リヴィを連れて嵐のように過ぎ去ったクラリスにレノックスはヴィンセントの方を向く。
「お前とは対照的な奥方だな。」
その言葉にヴィンセントは気恥ずかしそうに頬をかく。
「あぁ…まぁ。だ、だが!とても可愛らしいと思わないか?」
同意を求めてくるヴィンセントにレノックスは呆れた目を向ける。
「惚気か。」
気まずくなったのかヴィンセントのわざとらしい咳払いに、レノックスはニヤリと笑った。

 

「リヴィちゃん、息子たちよ!」
すでに食事をしていたらしい息子たちがそれぞれ挨拶をする。
「こんばんは。アゼルと言います。」
「こんばんは〜!グランヴィルって言います!」
硬い挨拶をするのは赤茶色の髪をした方で、クラリスと同じ茶髪の方は同じような性格なのだろう、少し砕けた挨拶をする。
『リヴィ・シルヴェスターです。どうぞ、よろしく。』
くるくると珍しそうに動いていたグランヴィルの瞳が挨拶をしたリヴィに留まる。
「ねぇ、良かったら一緒に話そう!食べながらさ!」
「何か食べられないものはある?それ持ってると立ちながら食べられないよね。あっちで座って食べようか。」
すぐに打ち解けてくれた2人にリヴィも微笑む。
『食べられないものはないです。お気づかい、ありがとうございます。』
それを見せると2人も微笑んだ。
「いいよいいよ!あ、俺ら同い年だっけ?敬語じゃなくていいよ!な、アゼル?」
「あぁ。」
早く行こう!とテーブルの方へ引っ張っていくグランヴィルの後を料理を一通り守り終わったアゼルが追う。
「2人とも仲良くしてよ〜!」
そう声をかけるクラリスに2人は頷いた。

 

「グレイ殿!」
レノックスとヴィンセントが話しながら料理を食べていると後ろから声がかかった。
「ブラッドリー!」
「ご無沙汰しています。おぉ、これはこれはシルヴェスター殿も!」
ガハハと豪快笑いながら話すブラッドリーの後ろから華奢な女性が顔を出した。
「お久しぶりですわ、グレイさん。覚えていらっしゃるかしら?」
「オルガか!君も立派な女性だな。」
会話に花が咲き、談笑が始まる。
「ヴィンス、そういえばこれ。」
レノックスが差し出した包みをヴィンスが受け取る。
「ありがとう。中身はなんだい?」
「リヴィが作ったジャムがいくつかと、あと夫人にレースのハンカチーフだ。」
ヴィンセントが広げてみせたそれに皆が感嘆の声を上げる。
「まぁ…すごいわ!」
「シルヴェスター殿の娘さんは奥方に習われたので?」
レノックスが頷くとヴィンセントは疑問を口にした。
「奥方には良いところの出なのか?」
「没落貴族の血筋だ。代々、娘たちがレース編みを母に習って家計を支えていたらしい。」
なるほどとヴィンセントは頷く。すると向こうからクラリスがやって来た。
「あなた!あちらでお呼びよ!皆さん、ごゆっくり〜。」
ヴィンセントを嵐のように連れ去っていったクラリスに取り残された3人はしばし呆然としていた。
「やはりグレイ殿の奥方は面白い方だな!」
笑うブラッドリーにつられて2人も笑い出す。
ホームパーティーはガヤガヤと夜半まで続けられたのだった。
「ねぇねぇ、リヴィってさ、好きな人とかいるの??」
「おい!」
『えぇ。友達のお兄様なんですけれど…。』
レノックスが聞いた瞬間に卒倒しそうな会話も繰り広げられつつも。

Fの仕事のない1日

【前日】

「うーーーーんっ!終わった〜。」

窓からは西日が差し込んでいる。

ぐるりと首を回せばゴキリと音が鳴った。

ふぅと一息ついてそちらを見やると、僕の執務室に入り浸っているテオが恨みがましそうな顔を向けていた。

「ずるいよフェンネル〜!俺なんかまだこんなに残ってるのに〜。」

「テオはやる気出せばそんなのすぐに終わるだろう?明日はオフなんだから頑張ろうな。」

机とお友達になりかけているテオに苦笑まじりに言えば、そうだけどさ〜と口を尖らせた。

「そういえば、フェンネルも明日オフでしょ?何するの?」

気になる気になる!といった感じで瞳を輝かせてくる。

「前はオフでも仕事していたんだけれどね、最近は優秀な部下が入ってくれたおかげで計画通りに進むからゆっくりしているよ。」

明日はリアと買い物に行くんだと告げるとテオはパッと身体を起こした。

「リアってセージの娘でしょ?会ってみた〜い!」

しまった、口を滑らせてしまったかと思ったが、それで仕事が捗るなら安いものかと思い直す。

「今日中にその山盛りの仕事が終わったらね。」

その言葉にテオのペンを持つ手が動き出した。

 

【当日】

「おっはよ〜!」

「おはよう、テオ。もうすぐリアも来る頃だよ。」

郊外にある自宅から少し離れた教会の前で待ち合わせた。

「テオは今日もトレンディだね。」

そうでしょ〜といいながらふふんと胸をそらす。いくつになっても変わらないなと思っていると道の向こうから目立つ赤がこちらに向かってきていた。

「お待たせしました。」

今日は珍しく髪を三つ編みに結っている。そういえば、昔は髪を結ってあげたこともあったっけ。

「おはよう、リア。」

隣で爽やかな笑みを浮かべているテオにリアの目線が行く。

「初めまして、ルクリアです。」

「初めまして、俺はテオドール。テオって呼んでいいよ。」

 じゃあテオさんって呼びますねと返すリアは軍学校に入って数年経ったこともあってか随分大人びていた。

「で、僕に付き合ってほしい買い物ってなんだい?」

少し頬を染めたリアはぼそりと呟く。テオの瞳が輝いたのを見て連れて来てよかったと思った。

 

「リア、これは?」

「…それはちょっと持ってるのに似てるんですよね…。これはどうでしょうか?」

着ていたコートを脱いでリアが持っていたコートを着る。テオが上から下まで眺めて首を振った。

「オーソドックスだけど、せっかくプレゼントするならあんまり選ばなさそうなのが良くない?」

そうですよね…と考え出すリア。正直疲れてきた。ナルセくんへのプレゼントでかれこれ1時間は悩んでいる。

「どうするの、リア。次のお店行く?」

「待ってフェンネル、これ最後!これ着てからにして!」

テオがパッと持ってきたのはスタンドカラーのミドル丈のコート。少し灰色っぽい薄青のコートだ。

「これ、若くない?いくら僕が年相応の顔してなくてナルセくんと髪色の雰囲気似てるからってこれは…。」

いいから着てよとテオには言われるし、リアは期待の目で見てるしで渋々袖を通す。

「どうかな?」

くるりと一回りして聞けばリアが大きく頷いた。

「これにします!」

ようやくかとコートを脱いで店員に渡す。会計に向かったリアを見送る。

「外に出ていようか…テオ?」

「…おなかすいた。」

さっきまで嬉々として服を選んでいたテンションはどこにやったのか縋るようにこっちを見て訴えてくる。

「はいはい、この近くの店に入ろうね。」

店を出るとどんよりとした空に枯葉が舞い始めていた。最近は寒さが身に染みるようになってきた。歳かな…。

「お待たせしました。」

しばらくして大きな包みを持ったリアが出てきた。持つよとリアから包みを受け取って歩き出す。

「今日は買い物に付き合ってもらって、ありがとうございました。」

微笑んで言うリア。こんな風に笑えるようになったんだなと、また時の経過を感じた。

「どういたしまして。」

「いいよ〜、俺もリアに会ってみたかったし。」

テオの言葉に小首を傾げるリア。テオは屈託無く笑う。

「セージがものすごく自慢してたし…。それにナルセの大事な人なんでしょ?」

邪気のないその言葉にリアの顔が真っ赤に染まる。

仕事のない1日はいつもより少し短く、楽しく過ぎていった。

 

【後日】

フェンネル〜。おなかすいた〜。」

「じゃあそれが終わったらおやつにしようか。リアがシュネーバルを作って持って来てくれたんだよ。」

テオの目が輝いて、ペンを持つ手がひらめいた。

次の休みはお菓子でも作ろうか。そんなことを考えながらティーポットに茶葉を入れた。

赤を背負って生きる僕らは

01.生きたいと願うのはいつの日か

    母さんは父さんとの結婚を決めた時、それはそれは反対を受けたのだと言う。あの赤髪一族と結婚しては幸せになれないと。

姉さんが生まれた時、とても喜ばれたと言う。でも、俺の時は違った。いや、一応は喜んでくれたらしい。ただ姉さんの時ほどではなかった。とは母さんの生家近くに住む話好きのおばさんの弁だ。

幼心に辛かった。俺は生まれて来なければよかなったのか。そう言った俺を父さんは悲しそうに怒った。母さんは泣いた。

    程なくしていじめが始まった。せめて家族には悟られないようにしようと思った。これ以上俺のせいで家族に不調和を持ち込みたくないと思った。

でも、少し、ほんの少しだけ死を願ってしまった。そんな日々から救い出してくれたのは、生きようと思わせてくれたのは、彼の人だった。

俺と同じ赤を背負って生きる人。

 

02.泣きません、あなたが悲しむから

   『父さんはな、リアの笑った顔が大好きなんだぞ。だからリアには笑っていてほしいんだ。』

『お母さんも、もちろんお父さんもずっとリアと一緒にいるよ。お母さんたちが死んでしまっても、オバケになってリアを守ってあげる。』

    冷たい部屋に1人。いや、呼吸をしているのは1人。頭の中はぐちゃぐちゃで、でも何故だか泣いてはいけないと思った。2人は死んだんじゃない、オバケになっただけ。私には見えないけれど、きっと2人は一緒に居てくれて…。

目が潤む。喉が引きつる。嗚咽が溢れそうになるのを必死で止める。

    本で読んだ。死んじゃった人のことを心配させたり、悲しませたりすると“成仏”できないんだって。成仏できないっていうのは、天国に行けないことなんだって。だから、泣かないよ。お父さんとお母さんに悲しい思いをさせたくないから。

 

03.踏み締めたもの、目を逸らしたもの、見えなかったもの

    ザリとブーツの下で砂利が鳴った。風に青緑のマントがはためく。歩いていればそこかしこから耳障りな声が聞こえてくる。

「おい、あいつが噂のロルカ家のやつか…?」

「そうそう。兄貴は相当優秀らしいな。あいつはどうだか。」

「いや、あいつも相当できるらしい。ま、なんていったって祖先は野蛮な戦闘民族だもんな。」

高らかな笑い声にもう一度ザリと砂利を踏み締めた。今に見ていろと怒りに震えた肩に手がかかった。

「セージ、夕飯行こうぜ。」

「おう。」

朗らかに話しかけてくる鳶色にホッと一息つく。絡まれるのは面倒だ。

フィデリオ、また怪我したのかよ?気をつけろよな。」

頰に赤黒い痣を作ったフィデリオが照れ臭そうに笑う。

「そうなんだよ〜、ほら俺って鈍臭いだろ?気をつけても怪我ばっかり。」

そう言って笑うこいつに思う。

俺と仲良くなんてしなければこんな所にいないんじゃないかと。こいつの温かい笑顔はこんな所でなく日の当たる場所が似合ってる。

「本当、気をつけてくれよ…。」

居なくなられたら困るんだ。それなら早く辞めさせるべきだと、その方がこいつのためだと警鐘を鳴らす俺から目を逸らす。自分のここでの安寧のために。

   「セージ!」

赤が舞う。後ろでフィデリオが息を飲む音が聞こえた。目の前の奴に切っ先を突き入れる。

フィデリオ、無事か?」

後ろにいたフィデリオが頷いたことを確認して前を向く。

あいつが俺のせいでと呟いたのは見えなかった。ただ、なんとなく、あいつが俺から離れていくことは予感していた。

 

04.探し求めてた、生きるための痛み

    生きることは常に頭と苦痛が伴うものだと考えていた。それが赤髪に生まれた俺にとって当たり前だったからだ。

  「ねぇ、ディルウィードくん“痛い”ってどんな感じ?」

父さんに連れられて訪れた家には同い年の人形みたいな女の子が居た。俺は彼女の遊び相手というわけだ。

「痛いって…君だって感じるだろ?一緒だと思うけど…。」

ティーカップを置きながらそう言うと女の子は首を振った。

「私ね、痛みを感じられないの。」

女の子は言う。曰く、痛みがないことは危ないことで、だから普通に遊ぶこともできないと。通りで、遊ぶと言ってお茶をしているわけだ。

「だからね、痛いってことを理解できれば感じることができるかなって。そうしたら私も皆と遊べるじゃない?」

ねぇ、だから教えてと深窓の令嬢は言った。

“生きること”とはとても言えなかった。

 

05.その傷痕から花が咲くまで

「ルクリアちゃん、それどうしたの?」

“それ”とは左足のやけど痕。薄桃の他の皮膚とは違うそこを靴下を履くことで隠した。

「…小さい頃のやけど。覚えて居ないけれど。」

痛そうねとその子は言った。正直、覚えていないからどうとも言えずに曖昧に笑ってごまかす。私はこのやけど痕が嫌いだった。

   「ただいま。」

ソファでクロスステッチをしていたお母さんが顔を上げる。

「おかえり、リア。そうだ、あなたに似合いそうな靴を買ってきたのよ。」

そう言ってお母さんが見せてくれたのは、薄桃色の靴。少しだけヒールが付いていて大人っぽい印象だ。

「…ありがとう。」

ワンピースに素足で履けそうなそのデザインは左足のやけど痕が目立ちそうだ。靴下を履けば良いのだけれど。

「気に入らなかった?」

お母さんの言葉に首を振る。気に入らなくない。とっても可愛い。けど…

「あのね、靴下履かないと痕が見えちゃうなって…。」

その言葉にちょっと考えたお母さんは、こっちにおいでと手招いた。靴下を脱がせて痕を撫でた。

「ここね、最初はあまり大きな痕じゃなかったのよ。覚えてる?」

言われてみれば、料理中のお母さんにじゃれついていた時に跳ねた油でのやけどらしいのでそんなに大きくはなかったのだろう。

でも、今はプラムぐらいの大きさだ。

「そうしたらね、だんだんお花が咲いたのよ。ね?お花に見えない?」

確かに放射状に広がるそれは歪な花に見えなくもない。コクリと頷く。

「だから、気にしなくていいのよ。リアの足には可愛いお花が咲いてるんだから。」

 帰って来たお父さんにそう見えるかと聞けば抱き上げられて頬ずりまでされて肯定された。今日も私の左足には花が咲いている。

 

06.終りの日にはきっと君と手を繋ぐ
   “戦場で死にたい”なんてよくもまぁ豪語したものだと今になって思う。あくまで理想であったと言うしかない。なぜかと言うと、今まさに終りの日を迎えているからだ。
    振り返ると梓が後ろで右腹を刺されていた。 犯人は後ろに立つ男。腰の膨らみを見るに拳銃も持っている。
リアの手を取って走る。大丈夫、そう簡単に拳銃が当たりっこない。そう言い聞かせて、大通りを抜けて路地裏まで駆け抜ける。ふと後ろを見れば男がこちらにピタリと焦点を合わせていた。
当たる。何度も撃ってきた俺にはそんな確信があった。
リアの手を引き抱き抱えて地面へと伏す。右脇腹と左足に被弾する。ただ、熱いと感じただけだった。

  「お父さん、お父さん…。」

リアが泣きじゃくっているのが薄い膜がかかっているように聞こえる。どうやら男は生死も確かめずに去って行ったらしい。

「…大丈夫、大丈夫だからな。」

そう言いながらここまでかとぼんやり思う。あとは一緒に潜入している奴がどうにかしてくれるだろう。

「死んじゃったら嫌だ…お父さんっ…!」

うまく動かない手でリアの頭を撫でて、手を握りしめる。

「大丈夫…一緒に居てやるからな…。」

終りを迎えるその一瞬まで、ずっと。

 

07.全てが無に帰るその日まで

   リアが軍学校に入学することになった。今日はおじさんたちの所にそれを報告しに行くんだそうで、何故か俺が同行することになった。

「リア、どうして俺なんだ?」

大分背が伸び、俺との目線も近くなったリアが顔を上げる。

「ディルお兄ちゃんも昇級したでしょ?お父さんに報告するかなって思って。」

まぁ確かにその内行こうとは思っていたがまさか読まれていたとはつゆにも思っていなかった。照れを苦笑いでごまかす。俺の様子にリアはしたり顔だ。

「その顔、おじさんにそっくりだぞ。」

「え。」

そう言ってやればショックを受けたらしい。いつもの少し感情の読めない顔に戻ってしまった。

    墓前に立つとリアは手を合わせる。多分色々報告しているのだろう。俺もそれに習う。しばらくして俺が目を開けるとリアはまだそのままだった。

隣で待っているとふと頭をよぎるのはある哲学者の言葉。死とは無であり、また誕生も無である。何もないところから生まれ、何もなくなる。そうして世界が回っているのだとしたら、セージ・ロルカもアズサ・ロルカも無になっていて、墓前での報告は何の意味もないのではないのか、と。

「ディルお兄ちゃん、お待たせ。帰ろう。」

その声に思考から引き戻される。

「じゃあ帰ろうか。」

またねとリアは墓に手を振った。それもやはり無意味だとしたら…いや。

何にせよいつかは自分も、本当に無に帰るのかがわかる日が来るのだ。だからそれまでは自分の都合の良いように解釈したっていいじゃないか。

「じゃあまた、おじさん、おばさん。」

 

08.逝き泥み、生き惑う

  私は人が逝ってしまうことにすっかり慣れてしまっていた。いや、簡単に逝ってしまうことを理解してしまったのだろうか。人はどんなに強い人も呆気なく、そして突然に逝ってしまうものなのだと私はその時すでに知っていたから。

   突然の訃報にその子は堪えきれずに涙を零す。皆どんな言葉をかけたら良いのか分からないのだろう。そっとその子の肩を叩いて部屋を出て行った。私もそれに倣って部屋を出て行こうとすると、ねえと引き止められた。

「これから僕はどうすれば良いと思う…?」

「…何で私に聞くの。」

正直困る。おじさんとかお父さんならともかく私にこういう事は向いていない。

「…君は…孤児だって、聞いたから。」

涙で濡れた目を向けられる。本当に困った。顔に出ていたのだろうか、ぐいと涙を拭ったその子は椅子に座ると私を呼ぶ。何となく気まずくなりながら空いている椅子に座る。

「僕の家、君の家みたいに軍人家系じゃないんだ。」

その子の話によると軍人で多忙だった父親を捨て母親は家を出ていったのだという。母親にはついて来てほしいと言われたが父親のような軍人になりたかったために断ったのだそうだ。だがその父親が亡くなった、と。

「…僕は急に考えちゃったんだ。本当にこれが僕のやりたいことなのかなって。…そしたら君を呼び止めてた。」

ごめんね、仲良くもないのにとその子は謝る。何か言わなきゃと思って口を開くと思いもしない言葉が出た。

「悩んで決めればいい。」

ポカンとその子はこちらを見る。

「その…貴方が悩んで決めたことなら貴方のお父さんは頷いてくれると思う。」

伝わっただろうか、私も同じように悩んだ。本当にお父さんは自分を軍人にしたくなかったとしたらって。でも、そんなの悩んだって仕方がない。私たちは生きているから。絶対に悩んで、戸惑って生きていくんだ。

「そう…だよね。僕の人生だし、人に言われて決めることでもないよね。」

ありがとうとその子は目の周りを赤くしていた。きっと、私たちはずっと、様々なことに惑って生きていくのだ。それが人生なのかもしれない。

 

09.Wars never decide who's right, only who's left.

  死後の世界があるとしたらどういうものなのかと思っていた。実際に来てみれば案外面白いところだ。しがらみもなくいろんな奴と話せる。例えばそう、俺の隣にいる仏頂面したこいつとか。

  「戦争とは虚しいものだな。」

珍しいとちらりと見るも反応は求めていないらしくじっと下界を見つめている。

「珍しいな、ミランがそういうこと言うの。」

普段は俺ばっかりが話しかけているのだ。…あれ、俺って寂しい奴…?

「別に、ふと思っただけだ。特にここでこうやって客観的に見ていると感じる。」

「Wars never decide who's right, only who's left.(争いで決まるのは誰が正しいかじゃない、誰が生き残るかだけだ。)」

ミランが弾かれたようにこちらを見る。そりゃそうか、母国語を俺が話したんだから。

「…そうかもしれん。貴様のその理論だと俺たちは敗者だと言うことになるがな。」

そりゃそうだろう。だって…

「“命あっての物種”だろ?」

そうだなとミランが頷く。

「While there is life, there is hope.(生きている限り希望がある)か。」

「そ。だから信じてみようぜ、残して来たやつらのこと。」

戦争の行く末は、今日もまだ見えない。

 

10.そして今日も慟哭の空の下

  赤髪であること。それはこの国において最も生きにくい要素と言っても過言ではないかもしれない。

  ディル坊は家族で自分だけが赤髪であることに悩んでいた。自分が赤髪であることで家族に何か不利益が起こらないかと気にしていたのだ。そして、自分に自信が持てなかったのだ。赤髪であることは恥ずべきことなのではないか、と。

  リアは一見すれば赤髪に悩んではいないように見える。けれど、学校で、軍で、街で赤髪は奇怪なものを見るような視線を浴びることがある。ナルセと一緒にいることでナルセまで変なやつだと思われないか、評判が悪くならないかと考える日もあった。

  だからこそ俺はお前たちに、この国で生きる赤髪の奴らに言おう。悲しいときは泣けばいい、怒ればいい、叫べばいい。俺たちにはその権利がある。何もおかしなことじゃない。

    この国の空にはまだ、赤髪たちの声なき慟哭が響き渡っている。我が娘、我が甥よ。強くあれ、強く生きろ。

 

 

徒し世十題

【お題配布元】

塵が積もって塵の山 http://lonelylion.nobody.jp/