徒然なる日々

るくりあが小説を載せたり舞台の感想を書いたりするもの。小説は文織詩生様【http://celestial-923.hatenablog.com/about】の創作をお借りしています。

劫-revised edition,I keep on loving him-

「第六特殊部隊第一諜報部グラフィアスに告ぐ。エンハンブレ国境の地で長期の戦闘命令がくだった。出陣は1ヶ月後、皆に身の回りの整理をしておくようにと。」

恐らく最後の、いや、最期の出陣になるだろうと思った。
“身の回りの整理をしておけ”
その言葉がここまで重くのしかかってきたことが今まであっただろうか。
「どうしたの?そんな辛気臭い顔しちゃって、あなたらしくないわ。」
無理してでも飄々としているくせにと心配そうに聞いてくる愛しい存在。
あぁ、そうか。彼女が居るから、彼女の側に居たいと願って止まないからこんなにうまく振る舞えないんだ。
「大丈夫。何でもないよ、ソフィアちゃん。」
ねぇ、僕は今笑えてるかい?君を余計に不安にさせたかな?
出陣命令がくだってから考えてしまうんだ。一体あと何回君とこうして時間を過ごすことが、君の名前を呼ぶことが、君と夜を共にすることができるかって。
…ダメだなぁ、僕。2人に会わせる顔がないよ。死にたくない、なんてさ。
 
あまりにも思いつめたような顔をしているからつい聞いてしまったの。どうせ返事なんて分かりきってるのに。
「大丈夫、何でもないよ、ソフィアちゃん。」
ほら、そうやって貴方は取り繕う。なんでもないような顔して、自分自身に言い聞かせてる。気づいているのかしらね?
…全然笑えてなんかないんだから。
ーあいつは…アンリはさ、重たくて、誰かに持ってもらうことさえできないようなものを背負っちまってる。お前は聡いから分かってるだろうが、アンリはいつも顔に仮面をつけて、心に蓋をして、1人で抱えるような奴だ。だからさ、俺が言うのもアレだがあいつのこと、頼むな。
俺には無理だ、お前じゃなきゃダメなんだと彼の隣で何もかもを見ていた赤髪の男は言っていた。
「私に出来るのは何なのかしらね。」
こんな時、“見る”ことができればいいのになんて考えてしまう。でもそれは同時にとても恐ろしいことでもある。
だって“見える”ようになってしまったら、私は彼のことを愛することができなくなってしまったってことだから。
もし、彼が居なくなったら、私は何時彼のことが“見える”ようになるのかしら。
怖いの。だからお願い。私を1人にしないで。ずっと、ずっと隣に居て。
…なんて身勝手よね。
 
ー俺はいいんすよ。あいつは分かってくれてるし。それに、ちゃんと帰るって約束したんで。
茶色の髪の部下はどこか吹っ切れたように笑って言った。
ーこっそり庭に薔薇を植えておいたんです。見つけてくれて、意味に気づいてくれたらいいなって。軍曹はちゃんと伝えたいこと伝えられましたか? 
薄い金髪の部下は自分のことと共に俺のことまで気を使ってくれた。僕も伝えなきゃなぁと思う。
「君の髪の色に似ていたからつい、ね。」
本当だ、似てるーとか綺麗ーとか子どもたちが次々に感嘆の声をあげる。紫色の小さな花の鉢植えを持った彼女が微笑む。
「ありがとう、大切にするわ。」
気づいてるのかな。君はとても博識だから。でも良いんだ。これが僕の口に出せない願い。
 
君の髪に似ていたからつい、なんて見え見えの嘘。仕方ないから気づかないフリしてあげたのよ。
渡されたのは勿忘草。花言葉は“私を忘れないで”。
「ありがとう、大切にするわ。」
やめてよね、もう戻ってこないって言ってるみたいじゃない。そんな安心したように笑うのもやめて。貴方は残された人の苦しみも分かってるでしょう?
1ヶ月なんてあっという間だった。出陣の前日には彼の好きなものを用意した。お風呂に入って、一緒のベッドに入った。
暗くてあまり見えないけれど、確かこの辺りと背中に走る傷をなぞる。彼がこちらに身体の向きを変える。
「寂しいの?ソフィアちゃん。」
当たり前じゃない。もうこれが最後かもしれないんだから。意図せず視界が揺らぐ。
「…寂しい。」
そう小さく呟くと彼が顔を寄せてくる。唇に温かいものが触れる。そっと彼の身体に手をまわすと力強く抱きしめられた。とても、とても温かかった。
 
出陣の日。皆見送りに来てくれていた。
ナルは普段通りなのだろう。短く挨拶をしただけだ。
「アンリ、いってらっしゃい。…ご武運を。」
子どもたちを連れた彼女がそう言った。
「うん、いってくるよ、ソフィアちゃん。」
頬に口付けを落とす。もう振り向かない。決意が揺らぎそうになってしまうから。
「出陣!」
皆の馬が一斉に進み始める。
僕たちは向かう。自分たちの正義を貫くために。愛する人を守るために。…もう1度生きて帰ってくるために。
 
戦闘は順調に勝ち星を挙げていった。最も脅威となるリオラ・ルシオールによる毒の散布は風向きさえ気をつけておけば大丈夫だった。そして、彼と一対一で相見える時がやってきた。
「アンリ・オルディアレスか。」
彼は長い髪を風になびかせ、静かにそこに立っていた。
「リオラ・ルシオールだよね。その首、もらうよ。」
フッと彼は笑った。互いに剣を抜き、構える。間合いを取ったまま緊張状態が続く。
動き出したのは同時だった。
ガキンと鉄と鉄がぶつかり合う音がする。また間合いを取った。リーチは圧倒的に僕の方があるが、彼の剣に1ミリでも触れたらバッドエンドだ。
それから何度も斬り結ぶ。相手はその身に異形を宿しているという理由でアブソリュートに数えられないだけで、力は互角。
ただ洗練された防具はその身を守るには弱い。白い軍服が緋に染まっていく。
もう何度打ち合い、離れただろうか。恐らく血を流しすぎたのだろう。体勢を崩した彼を雄叫びをあげて貫いた。血を吐き出しながら地に伏していく彼が薄らと笑う。
彼の握る剣が僕の太ももに刺さった。大したことはない。普通の剣ならば。
「先に逝っててよ。僕はまだやりたいことがあるんだ。」
剣を抜き、細く裂いたマントで傷口の上を縛る。気休めにしかならないだろうけれどそれでも良い。この戦争を終わらせて、僕の大切な子たちに、人に、会うことができる時間があれば。
 
リオラ・ルシオール元帥が亡くなってから2日後。戦況が落ち着いたらしく、グラフィアスの面々が帰ってきた。
「ただいま、ソフィアちゃん。」
 
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【the original&illustration by Shio Fumiori】
 
片手を挙げ、青白い顔で笑う彼は両脇を支えられて帰還した。子どもたちを置いてきていて良かったと思った。
こんな彼の姿、あの子たちには見せられない。
「…早く家に帰りましょう?皆、貴方を待っているわ。」
私1人じゃどうしようもないから、家のベッドまで運んでもらった。
その長身をベッドに横たえた彼はひどく儚く見えた。
「ねぇねぇソフィアさん、アンリさんはー?」
彼が帰ってきたと知って子どもたちが入ってくる。
「アンリはちょっと疲れてるのよ。だから騒がないでね。」
そう言えば子どもたちは静かにベッドを囲み、口々に小さな声でおかえりなさいと告げた。
「ただいま、皆。しばらく寝たら一緒に遊んであげるから今は皆で遊んでおいで。」
彼の言葉に頷いて子どもたちが出て行く。
「良かったの?あんな約束して。」
どうかなと彼はいつも通り笑う。しばらくするとその笑顔が陰り、瞳が揺らいだ。
「ねぇ、ソフィアちゃん。」
目を伏せ、かすれた声で私を呼ぶ。
「僕はさ、平和のためって言ってその実、たくさんの人を殺した。夢のために大切だった、守りたかった人をこの手にかけた。ねぇ、世界は平和になったのかな?僕はこの血に塗れた手で何かを守ることができたのかな?…シャルルとカレンは僕を許してくれたかな…?」
彼は変わってしまったのだと、変わるしかなかったのだと赤髪の男は言った。
彼の唯一の主であり、親友だった青年を手にかけた時、苦しいと全身で叫んでいるようなアンリに対して、青年は穏やかな目を向けていた。
ー大丈夫、分かってるさ。だって親友だろう?
恋人か国か。2つに1つ。国を選んだと知った時、彼女はアンリを心配していた。
ーこれは私のミス。あなたのせいじゃないわ。だから、これ以上背負わないでいて。
「大丈夫よ。2人ともアンリのことをよく分かっているでしょう?」
その言葉に彼が頷く。私は言葉をかさねた。
「まだ貴方の願った平和が訪れるかは分からない。でも、あなたの夢はきっと子どもたちが受け継いで、叶えてくれるわ。だって貴方の背中を見て育ったんだもの。」
ゆっくりと彼が目を開く。もうほとんど動かないであろう首をほんの少し回して、私に視線を合わせる。
「そう、だね。」
目頭が熱くなって、鼻の奥がツンとする。それでも零れ落ちそうなのを堪えて、彼の少し冷たくなってしまった手を握った。
「そうよ。貴方いつも言ってたじゃない。子どもは世界の宝だからって。」
頷いた彼は肩の荷が降りたとでも言うように凪いだ目をしていた。
「ありがとう、ソフィアちゃん。…愛してる。ずっと、これからも。」
微笑み、ゆっくりと目を閉じるアンリに口付けを送る。
その口付けは少し冷たくて、塩辛い味がした。
 
…どのぐらい眠ってしまっていたのだろうか。パタパタと子どもが近づいてくる音で目が覚めた。
「ソフィア、入ってもいい?」
ひょこりと顔をのぞかせた幼い子どもが入ってくる。私の隣に立つと彼の顔を見やり、無邪気に聞いた。
「ねぇ、アンリは寝てるの?」
笑んでいた口元が一瞬にして凍る。何と伝えたら良いのだろう。分からなくなって曖昧に微笑んで誤魔化した。
「ソフィア、あのお花綺麗だね。」
何か聞いてはいけないことだったのだと敏感に感じ取ったのだろう子どもが指さした先には。彼に貰った勿忘草の鉢植えがあった。
“私を忘れないで”
…忘れるわけがない。忘れてなんてあげない。私は、私でいる限り、ずっと、ずっと永遠に。貴方を愛し続ける。
 
眠る貴方は口元に微笑みを湛えていた。

不離-revised edition,I saw a daydream-

リオラは戦場が見渡せる小高い丘の上に立っていた。草木が朱く染まる大地を漆黒の馬が駆けてくる。

周りには誰も居ない。いや、“居た”と言うべきか。最も近くにいた厳しい彼は大切なものを守り、死んだ。こんな私に懐いてくれた2人の部下は今、私を守るためにあの朱の中に居る。
黒い彼の姿が近づく。琥珀色の瞳には何か強い意志…そう、生きて帰るのだと、大切なものを守るのだというような、そんな光が宿っていた。
あぁとリオラは嘆息する。もし自分にも大切なものがあったとしたら、あんな風に生きたいという強いを持っていたのだろうか。
一陣の風が橙の髪を巻き上げた。
 
ー幾度も幾度も自分の名を呼ぶ声がする。
ゆるゆるとまぶたを上げると傍に白髪の少女の姿があった。じわりと涙を浮かべるその姿に困ったように笑って頭を撫でた。
自然と口が彼女の名を紡ぐ。
遠いあの日が脳裏を走馬灯のように駆け抜けた。
 
彼女との出会いは鮮烈だった。
国の者もめったに訪れることのないオレンジの花畑に座る少女。
楽しげに微笑み、花を慈しむように撫ぜる。
その姿にはっとした。
“今すぐここから離れろ!お前死にたいのか⁉︎”
私の言葉に振り向く彼女。
その透き通ったムーンライトブルーの瞳は全てを見透かすかのようで。
ぽつりと彼女が零した言葉に私は驚愕した。
“…さみしいの?”
植物に蝕まれた私とは反対に植物に愛された少女の運命が交錯した時であった。
 
私は孤独だった。
国土の大半を占める、時に利となり、時に害となるオレンジの花、高山草。
それを幼い頃の実験によって自身に宿した私はいつもどこかで諦めていたのだ。
騎士団団長となり民から慕われても。
優秀過ぎる右腕と可愛い部下に囲まれて仕事をしていても。
私につきまとうのは幼い頃、自身が触れたことで枯れた花のように誰かを傷つけるのではないかという恐怖。
綺麗だと触れた花がその色を褪せさせ、朽ちていく様が、同じように私の周りの人たちに起こったら。
私はその恐怖に耐えきれず自身の生を呪っていたのだ。
 
彼女もまた孤独だった。
植物に愛され、自身が願えば花が咲き、実がつく。
気味悪がられ、村を追い出された彼女を護ってくれたのは植物だけだった。
植物は彼女の食べ物となり、住処となり、話し相手となった。
ある日黒い服の男が彼女を訪ねてきた。
彼は彼女に人の温もりと、人としての暮らしを与えてくれた。
彼はいつも“いってくる”と言った。
彼女は“いってらっしゃい”と返した。
彼は“ただいま”と帰ってきた。
彼女は“おかえりなさい”と返した。
そしてある日、彼は慌てて帰ってくると彼女を薄暗い奥の奥の部屋へと連れて行った。
ここから出ないようにと言った彼は“いってくる”と言ったので彼女は“いってらっしゃい”と返した。
…彼から“ただいま”と言われることはなかった。
 
似た者同士の私たちは恋仲になった。
いつも眉間にしわを寄せた副団長に呆れられるぐらいに私は彼女を溺愛し、彼女も控えめながら私を愛していたように思う。
“ずっと一緒にいたい”
けれど彼女は悟っていたのだろう。
きっと私の中の高山草が言ったのだ。
私はもう、長くはないと。
 
私と彼女はあの日出会った花畑に来ていた。
楽しそうに植物と戯れる彼女を私は愛しく思い、見つめていた。
彼女の名前を呼ぶと不思議そうな顔をして近づいてきた。
後ろを向けと言って花冠を乗せる。
自分の力で作った高山草の花冠。
頭に手をやって固まっていた彼女を不思議に思って呼ぶと振り返りざまにきゅっと抱きつかれた。
嬉しそうなその顔に自然と顔がほころぶ。
重心を後ろに傾けながら彼女を引っ張る。
ぱっと私たちの周りに花弁が舞った。
彼女をぎゅっと自身の腕に閉じ込める。
…とても幸せだった。本当に。
 
私はもう限界だった。
ベッドに横たわる私。
その傍に彼女。
他には誰もいない。
体力が落ち、上手く力をコントロール出来なくなった私は常に毒を出し続ける状態で、彼女の他に近づける者は居なかった。
死期を悟った私は彼女に言った。
“あの場所に行きたい”
 
「ハナエ。」
彼女は俯けていた顔ををこちらに向けた。
目の端に溜まった涙がほろりと溢れる。
「…いや、いやだ。まだダメなの…!もう少しだけ…もう少しでいいからっ…!」
きっとハナエは私の中の高山草と話しているのだろう。
いやだいやだと繰り返すハナエをもう一度呼ぶ。
「ハナエ。」
ハナエはようやくつぶやくのを止めた。
「案ずるな、ハナエ。私はどこにも行きはしないぞ。」
左右に首を振る。
ぐっと拳を握り締めるのが見えた。
「嘘だ…。桔梗みたいにリオラも帰ってこなくなる。」
「嘘ではないぞ、ハナエ。」
とびきりの笑顔でハナエを見る。
ハナエ、私は今ちゃんとお前に笑えているか?
「私はずっとお前の側にいる。約束だ。」
右の小指を立ててハナエに向ける。
ハナエの白くて細い指が私のそれに絡んだ。
極東の、約束を破らないと誓う時にやるのだという指切りをする。
「ハナエ。」
彼女の頬に触れた指が先から朽ちていく。
 
“私は永遠にお前の側でお前を愛し続ける”
 
 
 
視界に映る朱。きっと服も朱く染まっているのだろう。
彼が雄叫びをあげて私を貫いた。
夥しいほどの朱が舞う。霞む視界の中、最期の力を振り絞り彼の足に剣を突き立てる。
剣を持つ彼の向こうに白髪の彼女が見えた気がしてふっと微笑んだ。
 
ーあぁ、輪廻というものがあるのなら今度はお前と生きてみたい。この哀しい人生よりきっと幸せであるはずだから…
 
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【the original&illustration by Shio Fumiori】
 
少女は森の中に居た。
木漏れ日のさす中をひらりひらりと彼女を撫でるかのように木の葉が舞い落ちる。
ムーンライトブルーの瞳が視界の端に橙の花弁を見つける。
差し出した彼女の白い手にふわりとそれは舞い落ちた。