徒然なる日々

るくりあが小説を載せたり舞台の感想を書いたりするもの。小説は文織詩生様【http://celestial-923.hatenablog.com/about】の創作をお借りしています。

現に常世の花が散る

―貴方が幸せだったかどうか、私には分からない。けれど、最期の貴方は満足そうだったから、きっと幸せだったのだと、私はそう思いたい。

 

 

今、思い出してみると、彼女は幼い頃から人とは違う雰囲気を纏っていたように思う。意志の強そうな瞳は黎明色に輝いていたし、女だからと口を閉ざすのではなく、はっきりとものを言う人だった。それでいて、弱くて脆くて、ふとした瞬間に儚い、そんな彼女のことを俺は好いていたのだと、護りたかったのだと思う。

 

彼女には父親がいなかった。病で死んだとも、どこかの貴族の落胤だとも言われていたがそんなことは子どもの俺たちには関係のないことだった。とにかく、彼女は負けん気も強く、男に交じって遊ぶ、所謂遊び仲間だったのだ。

「ナル。」

「ん?」

あの日は確か、学校で成績表が配られた日だったと記憶している。そう、彼女は優の数が俺より一つ少なかったと悔しがっていた。その帰り道のことだ。

「お前は大人になったら何になる?それだけ頭が良ければ大学にだって行けると村の人たちは言っているぞ。」

「俺は軍に入ろうと思ってる。自分の正義を貫きたいからな。」

そうか、と彼女は興味なさそうに相槌を打った。その様子に俺は少し拍子抜けして言った。

「そうかって…。シオはみんなみたいに他に道があるだろうとか言わないのかよ?」

「お前は他人に何か言われたところで自分の意思を曲げるやつじゃないだろう。それに…。」

言葉を止めた彼女は道の傍にある木蓮を見上げた。白い大きな花びらが風に舞っていた。

「もし、わるいことをしてもナルが捕まえてくれるというのは悪くないと思った。」

「…縁起でもないこと言うなよ。」

その時はそういうのが精一杯だった。もしかしたら、彼女はこの後のことを予感していたのかもしれない。

 

「シオ!」

「ナル…。」

彼女の足元には近所のガキ大将たちがうめき声を上げながら転がっていた。

「…何があった?」

彼女は今にも泣きだしそうな顔で語った。ナルミの悪口を言われたのだと。カッとなった瞬間、身体が勝手に動いてガキ大将たちを殴り飛ばしていたのだと。

これで訴えられでもしたらナルがまだ軍人ではないから、違う人に捕まるのだなと自嘲するように、しかし不安に歪んだ顔で笑った彼女を見た時、俺は彼女の手を掴んで歩き出していた。

「な、どこに行く!」

「お前は今日、ここにはいなかった。いいな?」

聡い彼女は俺がしようとしていることに気がついて駄目だと言った。しかし、彼女の言い分が大人に通じるとは思えない、あいつらも女のお前に殴られて気絶したなんて恥ずかしいだろうから何も言わないだろう、と言い聞かせれば最後には渋々頷いた。結果、俺は怒られはしたが喧嘩を吹っ掛けた方も悪かったということに落ち着いた。事件は解決し、日常が戻ってくると思っていた。

しかし、彼女はある日忽然と姿を消した。

彼女の母親に聞くと、彼女は帝都に働きに出たのだという。急に決まったことだからお別れを言う暇もなかったの、ごめんなさいねといった母親の瞳はとても一人娘を働きに出して悲しんでいるようには見えなかった。

それから俺は帝都の軍学校に入学し、彼女の行方を捜していた。そこで偶然、興味深い話を耳にした。この世界には稀人と呼ばれる特殊な力を持った人間がいて、国はその人々を一か所に集めているのだと。もしや、と思った。詳しく聞けば、そこの警備は軍が担っているという。

そして、軍人になった俺は国の稀人収容施設、常世の配属された。

 

 

私は稀人という人間なのだとその人は言った。特別な人間なのだと、そう言った。私は、特別な人間などではなくて良いと思った。こんな力などなければ、母さまは私を愛してくれたのではないかと、そう思うから。

 

常世での生活はつまらないものだ。この囲いの中だけの自由で、生活しなければならない。たまにその力を貸せと役人に連れて行かれることもあるが、それ以外はずっとここに居た。居なければ、ならなかった。

薄桃の雪が舞う。桜の大木の下が春の気に入りの場所だった。今日も今日とて1人夜桜を楽しんでいると後ろでパキリと枝の折れる音がした。振り返ると、桜色のカーテンの奥に居たのは。

「ナル…ミなのか?」

「シオクラ…?」

私たちは歩きのおぼつかない子どものように互いに近づいた。そして、私はその広い腕に身体を閉じ込められた。

「お、おい!」

「良かった…。ずっと、探していたんだ。」

とろけそうな暁に見つめられ、私は言葉に詰まった。

「…すまなかった。」

ここに来てからの、つまらない生活が変化した瞬間だった。

 

それから私たちは周りに気がつかれないように逢瀬を始めた。正直に言えば、稀人の私は常世に居さえすれば特に干渉されることもなかったが、彼の方が大変だった。だが、仕事の忙しい合間を縫って私の部屋を訪れる彼のことを密かに心待ちにしていた。

ドアがノックされる。私は読んでいた本を文机に置いて、ドアを開けた。

「よ。」

そこには彼が立っていた。そして土産物というと紙袋を渡してくれる。彼はいつもこうやってこっそり色々なものを持ってきてくれた。

「今日はなんだ?」

「近くの和菓子屋の水饅頭。美味いらしいぜ?」

なら緑茶にしようかと棚から茶葉を取り出すと彼がお湯を沸かし始めていた。

「お前は一応客人なんだから座っていてくれていいんだぞ?」

そう言うと彼は苦笑した。

「そう言ってこの間は吹きこぼしたし、その前は濃く出しすぎて渋かっただろ?」

前科を言われればやめろとは言えなかった。そんな私の様子に彼はまた笑うと頭を撫でてくる。

「なんだ?」

「いや、そんな気分だったから。」

私たちは会えないでいた十数年を取り戻すように、暇を見つけては一緒にいた。春は桜を見ながら、夏は木陰の下で、秋は紅葉を見て、冬は暖かい布団の中で、温もりを分け合いながら。たくさんの話をして、笑って、幸せな時を過ごした。夢のような、暖かくて愛おしい時間だったのだ。私にとって、そしてきっと彼にとっても。

今年も彼と再び合間見えた季節がやってくると寝台に身体を横たえながら思った。窓から見える蕾は今に花開きそうだ。あと幾度、彼とこの花を見ることができるだろうかと考えていた。

「シオ…?」

背後から腕が伸びて来て肩からずれていた布団を直していく。声に出ていただろうか。そう思いながらも平静を装って聞く。

「すまない、目が覚めてしまったか?」

「いや…。お前こそ寝られないのか?」

少し、考え事をしていただけだと返して再び瞳を閉じる。最期になって彼と出会えた、それだけで十分ではないか。彼を置いて行くことはもう決まっているけれど、せめてこの幸せをあと少しだけ共有していたいと、そう思うのは欲張りなのだろうか。

 

彼と一緒に過ごすようになって初めて任務の依頼が来た。“依頼”といいつつも断れるようなこともなく、強制的なものだ。彼に言えば彼もその日は任務だという。奇遇だなとお互いに思っていた。だが、私は気がつくべきだったのだ。彼が私の任務の同行人の1人に選ばれていたのだと言うことを。

私の能力は爆発的に戦闘能力が上げることで、より強い力を使うには自分の感情を昂らせることが必要だった。私といつも任務を共にする稀人の能力は幻想を見せること。頭で理解していてもあまりにリアルで惨たらしいその幻想に感情の箍が外れる。そして、国の思惑通りに人を殺す。人を殺した瞬間に幻想は崩れてその人本来の姿が見え、そしてまた悲しみの感情が湧き上がる。

「シオ!シオッ!」

あぁ、彼の声が聞こえる。私の方に近づかないように上官に抑えられていた。潤んで、悪くなった視界にも関わらず、私の身体は勝手に動き、目の前の人を倒す。見ないでくれ。私がお前の前で犯す罪を、これまで犯した罪を、どうか…。

 

あの任務以来、訪ねてくる彼を拒否した。いつも開け放っていたカーテンを閉め、暗くなった部屋に閉じこもる。

『やっぱり貴女は化物だったのね。何処へでも行ってちょうだい。私はあなたの瞳が1番嫌いよ。』

母さまの声が木霊する。彼には会いたくないのだ。彼が母さまと同じ目をしていたら、同じ言葉を投げかけてきたら、きっと耐えられない。

そして、2週間が経ったある日。私の部屋をノックする音が聞こえた。また彼だろうと居留守を決め込んでいると聞こえた声は予想と違っていた。

「シオクラ、いるんだろう?ナルミを匿おうとしても無駄だぞ。」

その言葉を理解すると同時に寝台から跳ね起き、ドアを勢いよく開けた。

「…どういうことだ…?」

私の部屋を訪ねてきた軍人は私の慌てた様子に片眉を跳ね上げた。

「なんだ、本当に知らないのか。邪魔したな。」

踵を返した男の腕を掴み再度問う。

「一体どういうことだ?」

「…ナルミが上官に暴行を加えたのさ。」

どうして…と呟いた私に男はハッと笑った。そしてほんの少しだけ顔を歪めると言葉を紡いだ。

「本当にあいつの言った通りだ。鋭いようで鈍いときた。」

お前の命が残り少ないことを知ったのさ。そして、ならば早く任務に連れて行かねばと言った上官を殴ったってわけ、と男は言った。頭を殴られたような衝撃が走る。何故、私なんかのために。

「…本来であれば異動か降格。しかし、稀人の秘密の一端を知った奴のことを生かしてはおけない、と。」

頷いた男にもう一度、とにかくここにナルミは来ていないと伝えドアを閉める。遠ざかる足音を聞き届け、締め切っていたカーテンを開ける。そして、任務で使う刀を引っ掴むと窓から外へ出ようとした。

「おい、シオ!」

突然掛けられた声に驚いて固まる。窓枠の下には彼がいたのだ。

「ここで何をしている⁉︎お前は追われているのだろう⁉︎」

早く上がれと彼を部屋に招き入れる。窓を閉めると彼は感極まったように私を力強く抱きしめた。その温かな腕にほんの少しだけ目頭が熱くなる。こんなにも、彼は私のことを大事に思ってくれているのかと思うと、もう、迷いはなかった。

「シオ、俺はこうなったことを後悔していない。一生追われることになったとしてもお前を守りたい。だから俺と一緒に「ナル。」

意を決したように言う彼の言葉を遮る。

「お前は生きてくれ。私は、この力を持って、お前に降り注ぐ火の粉を払うとしよう。」
何かを言おうとした彼の口を私のそれをもって塞ぐ。

「幸せになってくれ、ナルミ。」

 

どのぐらい時間が経っただろうか。彼は、無事に逃げることが出来ただろうか。着ていたシャツもズボンも真っ赤に染まっている。足がもつれて地面に伏した。ひらりひらりと薄桃が上から落ちてくる。

「ここは…。」

あの日と同じ桜の下か。影が私を覆う。ガチャリ銃を構える音がした。

 

一陣の風が花を散らした。

 

 

私は私の選択に後悔も迷いもない。あの時もそれが正しいと思った。それだけだ。時折、もっと他の選択肢があったのかとも思う。けれど、私たち稀人はどこかでやはり、馴染むことのない何かを持ってしまっているのだ。だから、きっとこれで良かったのだ。

 

 貴方と出会ったのは小高い丘の上にある桜の樹の下だった。追手を間一髪で撒き、桜の樹の上で辺りを見回していると、村へと続く一本道を貴方は急いたように上がってきていた。慌てて下に降りて隠れようとした時、貴方と目が合う。

「君は…。」

泣き出しそうに潤んでいた瞳が二、三瞬かれ不思議なものを見るような色が浮かぶ

「名乗るほどの者ではありませんよ。」

そう言ってその場を立ち去ろうとするとパシリと腕を取られた。

「…なんですか?」

「なぜだろう…。君に、なにか似たものを感じるんだ。」

貴方の言葉の真意を詳しく聞こうとした時、何かの気配を感じた。こっちと言いつつ、近くの木立に隠れる。と、何人かの軍人たちが現れた。

「どこに行った?」

「さあ…。また逃げられたか…。」

チッと舌打ちしながら探すぞと村の方に向かう。その背中を見送ると貴方が口を開いた。

「君は追われているのか?」

私は頷く。と、彼は確信を持ったかのように頷いて私の手を取った。

「…君は稀人、じゃないか?」

その言葉に驚くと貴方は少し笑って言った。

「稀人の知り合いがいたんだ。少し、雰囲気が似ていたから、ね。」

 そう言って笑う貴方は生気のない目をしていた。なぜ生きなければならないのかと問いたくなるほどに。

「そうですか…。では、私はこれで。私のことは内密にしていただけると助かります。」

「手伝ってもいいかな?」

貴方からの申し出に私はまた驚いた。これまでも優しくしてくれる人がいなかったわけではない。けれど、貴方の言葉は本気だと伝わってきた。

「…とても嬉しい申し出ではありますが、貴方を巻き込むことになります。ですから、私は独りで逃げなければ。」

「俺は元軍人で、軍から追われて今ここで隠棲している。別に君が増えたところで問題はない。それに…。」

護りたいんだ、とそう言った貴方に私はつい頷いてしまった。ここで何としても別れるべきだったと今なら思う。けれど、その時貴方の瞳が生気を宿したように見えてしまったから。

「俺はナルミ。君は?」

「Lorca.」

私の発音が耳慣れないものだったからか、小首を傾げた貴方に私は笑う。

「アモウ、と呼んでください。ナルさん。」

そして私と貴方の短い、けれど私にとってかけがえのない、逃亡生活が始まった。

 

 「アモウはどうして追われているんだ?」

パチリパチリと爆ぜる焚き火の前でナルさんはそう問うた。私は少し考えて言う。

「常世に入ることを拒んでいるからです。この国では能力が開花した稀人は常世に入って道具のように使われるでしょう?」

ナルさんは頷いた。きっと思い当たる節があったのだろう。

「私の父はこの国の人ではありません。だから、稀人がこんな扱いを受けるのはおかしいと思っていました。」

「それなら、家族で逃げていたんじゃないのか?」

私が頷くとナルさんは聞いてもいいのかな?と言った。それにも頷くと意を決したように口を開く。

「ご家族は…?」

「私のことを忘れて、きっと幸せに暮らしていると思いますよ。父の母国で。」

私の言葉にナルさんが固まる。それに少し笑って付け足した。

「手続きで居所がバレてしまいますから、私はこの国から出ることは難しいですけれど。」

そうかと頷いたナルさんに今度はナルさんの番ですよ、と言う。

「どうしてナルさんは隠棲していたんですか?」

 ナルさんはポツリポツリと語ってくれた。幼馴染の稀人、シオクラさんのことを。

「守りたかった。けれど、あいつは俺を、助けるために…。」

弱いなと零したナルさんの頭をそっと抱き寄せて抱える。

「そんなに自分を責めることを、シオクラさんは望んでいませんよ。」

腕の中のナルさんが顔を上げる。それに気がつかないふりをして空を見上げた。空に浮かぶ月は静謐な光を放っていた。

 

貴方と共に各地を転々とした日々はあっという間に過ぎた。貴方はいつも私を見ていた。いや、正確には私を通して彼女の姿を。

「…ナルさん?」

 「ん?」

ようやく焦点が合う。きっと貴方は無意識なのだろう。私を護ってくれた時、貴方の瞳にはふっと影がかかる。私ではない、誰かの影が。

「あの…私、行きたいところがあるんです。」

いつものように優しく聞いてくれるナルさんに私は答えを返した。その答えにナルさんの表情が固まる。

「…なぜ?」

「行ってからお話します。あ、そこで保護される気は全くありませんよ?」

私の言葉に少しは納得したのだろう。微妙な顔をしながらナルさんはそれでも頷いてくれた。ごめんなさい、けれど私は気がついてしまった。貴方は私に、そして私を通して見ている彼女に雁字搦めに囚われている。それを私は望んでいないのだ。きっと彼女だってそうだろう。だから分かって欲しい。これはきっと最良の選択であるはずだ。

 

 「何を言ってるんだ、アモウ。」

元軍人のナルさんの知識を活かし、監視の目をくぐり抜け、件の桜の下にたどり着いていた。

「…力を使わせてほしい、と言ったんです。私たちのことなど忘れるように。」

「アモウは…嫌になったか?こんな過去ばかり振り返る弱い男だから。」

そう言って自嘲する貴方に私は首を振った。

「いえ。けれど、ナルさんは私を見てシオクラさんを思い出していますよね?私を護ることで罪滅ぼしをしていますよね?」

私の問いにナルさんは押し黙る。私が貴方の心の弱い部分を突いたから。

「それでも俺は、お前を護りたい。シオのことを抜きにしても。」

あの日と同じ瞳を向けてくる。あぁ、そんな顔をされたら、私は。

「私も一緒にいたいですよ。」

私の言葉にナルさんの表情が明るくなる。

「なら…「でも!」

彼の言葉を遮る。私を護る中に貴方の幸せはあるの?私を一生護っていくことが本当に貴方の幸せなの?私は、私たちはもう貴方を苦しませたくない。

「私たち稀人とナルさんたちの時の流れは違うんです。私は…貴方を一生縛り付けたくない。」

夜風が吹いてくる。なんて別れにおあつらえ向きなのだろうか。

「貴方はこのままでは幸せになれない。だから…半世紀。半世紀経ったらきっと返しに来ましょう。」

貴方の額にそっと口づけを送る。

「どうか、私たちを忘れて幸せになって下さい。」

冷たい夜風が桜花を散らした。

 

 

ずっと何かを忘れている気がしていた。けれど、それが何であるのかちっとも思い出せなかった。

「あなた。」

記憶をなくした俺なんかを選んでくれた妻。

「父さん。」

「お父さん。」

可愛い子どもたち。

俺は真っ当に幸せな人生を送って来た。記憶をなくす前、俺は一体何をしていたんだろうか。桜を見ると胸の奥が疼くのはなぜだろうか。なくした記憶は戻らないまま、俺は床に就いていた。

「お夕飯の支度、してきますねぇ。」

日がな側にいてくれる妻が出て行く。開けていってくれた襖の奥、縁側の外に庭の桜が見える。もう、縁側に腰掛けることさえままならない。ぼんやりと眺めているとそこに、赤い髪が写り込んだ。

お久しぶりですね。」

女性というよりは少し幼い、けれど美しい少女が話しかけてくる。

「約束通り返しに来ましたよ、ナルさん。」

どうしてと口を開く前に、部屋に上がり込んだ少女の指がとん、と額に触れた。

幼い日の隣、黎明色の瞳、桜の樹、身を引き裂かれるような悲しみ、赤、そして月。記憶の濁流の中、たぐり寄せた言葉を紡ぐ。

「シオ…。ア、モウ…?」

「えぇ。」

記憶とそう変わらない年恰好のアモウはにっこりと笑った。そして俺のことを起こすと、手を引いた。何故か身体が軽くて、縁側まで歩いて腰掛けることさえできた。

「何で、俺は、こんな大切なことを…。それに、アモウは…。」

アモウは少し寂しげに笑うとごめんなさいと謝った。俺の頭を自分の肩にもたれかからせるとすべてお話ししましょうと言った。

 

稀人は不思議な力持って生まれてくる。だが

その力は決して無尽蔵ではない。

「私たちの力の代償は命です。けれど、その消費のされ方は違います。」

シオは力を使わずとも普通の人間と同じように歳をとり、そして力を使えば寿命が縮む。つまり、力を使えば使うほど若く死ぬわけだ。

「私は、シオクラさんとは少し違います。始めて能力が発覚した時点で成長が止まって、力を使うとその人から奪った記憶の半分、歳をとるんです。だから、力を使わなければ…。」

「永遠に生きていけるというのか?」

多分、とアモウは頷いた。曰く、稀人は力を使って若くして死ぬことが多いから分からないと。

「…あの日。」

俺もきちんと知らなかった稀人の真実を語り終えたアモウがポツリと呟く。

「有無を言わせず、ナルさんの記憶を消してしまってごめんなさい。でも、私はナルさんに普通の幸せを手に入れて欲しかった。それはきっとシオさんも望んでいたことだと、思ったんです。」

話そうとして息だけが溢れた。とりあえず、目の前で固く握られている手をそっと握る。

「…いいんだ。もし、あのままだったら俺は、ずっと過去に囚われたままだっただろう。」

それをシオは望んでいないよな。そう告げるとアモウはポロリと涙をこぼした。

「…ありがとう。俺は幸せ者だ。」

 

 

「本当にこれで良かったんでしょうか…。」

「これで良かったんだ。見てみろ。」

縁側で眠る貴方は微笑んでいたから、きっと。

「…行きましょう、シオさん。」

「あぁ。」

吹いてきた風が花弁で2人の姿を覆い隠す。それが止んだとき、その姿はもう、どこにもなかった。

とある昼の男たち

さて、モーニングを食べ終えた俺とミランは某ドラマの撮影現場に足を運んでいた。

「よ!マルセル、元気にしてるか〜?」

現場の隅の方で座っていたマルセルに声を掛けると慌てた様子で椅子から立ち上がりペコリとお辞儀した。

「お久しぶりです、ロルカさん、フォートリエさん!」

そう、ここは俺とミランが出ていた白と黒の英雄譚の2nd Seasonの撮影現場なのだ。とはいえ前回キャストもしばしば回想シーンに出るので俺たちも出演しているが、撮影日自体はまだ先だ。

「今はどこのシーンなんだ?」

「アランとローランが雨の中、初めて剣を交えるシーンですよ。…始まります。」

監督の声が聞こえて撮影が始まる。父の背中を追いかけ、実の弟をも踏み台にして上へと上ろうとするアランと甘さゆえの迷いがありつつも、アランが今欲しいものを持っているローラン。2人の相対を見守るのはルクリアだ。

アランが髪を切ろうとしたところでカットがかかった。実際に髪を切らなければならないのでそこで一度止まったのだろう。アランの散髪のために一度休憩が入る。

「セージさん!ミランさん!」

てててとまず駆け寄って来たのはルクリア。

「おー元気にしてたかー?」

「久しぶりだな。」

はい!と頷くルクリアの後ろからローランも顔を出す。

「お久しぶりです!」

そこから今回の撮影についての話題になっていく。アランが今回、役作りに苦戦しているのだという。

「こう…アランがどうしてローランを憎むようになったのかっていう心の過程をどう表現したらいいのか分からないらしくて…。」

「だってよ、ミラン。」

眉間にシワを作ったミランが口を開く。

「俺の個人的な意見としては髪の色とあとは黒に降ったローランの立場だな。アランにとって…」

人物の解釈をするのは難しい。だが、その人を生きるためには必要な過程なのだ。白熱した議論はアランが戻って来るまで続けられた。

 

カーットと監督が言って今日の撮影が終了した。お疲れ様でしたーと出てきた面々を手を挙げて呼び寄せる。

「おーっし、お前ら飲みに行くぞー!」

ぱぁと輝いた顔に悪い気はしない。

ミランも行くだろ?」

そう聞けば苦笑して頷かれた。

「積もる話もあるだろうしな。俺もお邪魔するさ。」

やった!と言ったのは意外にもアランだった。

「僕もお二人とお話したかったんですよ!それなのに、散髪あるからって休憩中は話せないし…!」

少し頬を膨らませたアランに皆が笑う。

「では、行くとするか。」

ミランの号令で皆が移動を始める。副団長っぽいな〜なんて思ったのはここだけの秘密だ。

fragile

あの日から彼の様子が変だ。姿が見えないから、探しにいくといつも、遠くを見つめている。そして瞳を揺らがせて、半笑いでため息をつく。今日は中庭の芝生の上に座り込んでいた。

悩みの種は分かっている。でも、私には兄弟がいないし、この国で生まれて、この国で育ってきたからきっと、理解することはできない。だから、声をかけることさえためらって、開いた口を閉じてしまう。けれど、私にとって彼は大事な幼なじみで、仲間だから。

近づいていって、彼の後ろに座る。それでも気がつかないぐらい思考の海に沈んだ彼。少し腹立ち紛れに後頭部を背中に打ち付けてから寄りかかった。うわっと声が聞こえて、こちらを見ようと首を回してる気配を感じるけれど無視する。

「どうした?何かあったか?」

何かあったのはそっちじゃないと言いたいけれど、どうにもその後どうしたらいいのかわからなくて別に、と返してしまった。

こういう時、口下手な自分が嫌になる。もっと気の利いた言葉とか、そうじゃなければせめて、素直に言えたらいいのに。

「…私、変わらずにこの国にいる。」

うん、と彼が頷く。この国で生きていくよりも、きっと彼の国なら楽に生きられただろう。ガイラス卿が言ったように、私は何も知らずに、普通の女性としての道を歩んでいただろう。

「だから、」

でも、この道を選んだことを後悔してるわけじゃない。ここで私は皆と一緒に戦えることが、皆が変わらずここにいてくれることが嬉しい。

「だから…ローランくんもずっとここにいてくれるよね?」

ズルい聞き方だと、思った。彼は、もうあの国に戻ることはできないって、お兄さんと和解することはできないって分かってるのに、それでも、不安が拭えない。

「…当たり前じゃん。」

半身だけずらして、優しい彼はそう言ってくれた。

 

 

あの日から、気がつくとつい考えてしまっている。今日も中庭に座って空を見上げていた。自覚しているよりもずっと呆けていることが多いらしく、リアとマルセルによく心配される。

アランと会ってしまって、一方的に別れを突きつけられて、想像以上にショックを受けているらしい。

心の隅っこの方でアランなら分かってくれると、思っていたのかもしれない。いや、きっとそうでなくとも、話ぐらいは聞いてくれると思っていたんだ。

だから、あんな風に一方的に手を離されてとても悲しい。理解してもらえないことにほんの少しの苛立ちと悔しさが混ざってぐるぐると俺の中を回る。

次に会った時、アランと剣を交えることができるのかと、弱気な自分を嘲笑って息を吐いた。この国に来たこと全てを後悔しているわけではない。あの時、父さんに助けてもらって、そしてこの国に来たことが不幸だとも思わない。この国で俺は大切な仲間に出会えたことは事実だし、とても良くしてもらった。

だけど、それとこれとは別なのだ。家族が、 郷里が恋しくなったんだろう。

そんなことを考えていると背中に鈍い痛みがはしった。

「うわっ!」

そのまま体重をかけてくるそれを見ようと首を回す。チラリと見えた赤にリアかと思う。

「どうした?何かあったか?」

俺の問いに別にと素っ気なく応えた。身じろぎする音が聞こえて、サラリと落ちた髪の毛が背中に当たる感触がした。

「…私、変わらずこの国にいる。」

ほんの少しだけ、震えを含んだ声にうんと頷く。リアもきっと今回の潜入で思うことがあったんだろう。自分によく似た色を持つあの人に会ったと言っていたから。

「だから、」

言葉を探すように言葉が途切れ、沈黙があたりを支配する。

「だから…ローランくんもずっとここにいてくれるよね?」

その言葉にハッとする。リアはきっと敏感に感じ取っているのだろう。俺が自国に帰りたいと思ってしまったこと、アランに殺されることも悪くはないと考えていることを。

半身だけ彼女の身体からずらして、耳元にささやく。

「…当たり前じゃん。」

ぎゅっと胸が苦しくなった。どうかこの掠れてしまった声に気づかないでほしい。

 

 

あの日からふつふつと煮えたぎる怒りが抑えられない。あいつを見つけたのは本当に偶然だった。夕方の巡回の最中、ふと目に留まった男女がいたのだ。女の方は明るい赤髪を三つ編みしているのに、男の方は髪を短く揃えていた。若いのに珍しいな、と見遣ったその横顔は見間違えようがなかった。

戻ってきていたのかと思った。だが、そんなはずはない。あいつは黒に降ったのだから。意を決して、僕はそっと2人の後をつけ始めた。

しばらくすると女の方が何かを言って別れた。荷物を預けて行ったところを見るに何か買い忘れでもあったのだろうか。一対一の状況に好都合だと思う。

気づかれてしまったのか速度を上げて曲がり角を曲がったその姿を追う。しかし、その姿はすでにそこにはなかった。この道のどこかの路地を曲がったのだろう。

「ローラン。」

名前を呼んでカマをかけてみる。やはりどこかにいるのだろう、何かの気配がした。

「まだいるんだろう?そのままでいい、聞いてくれ。」

僕の半身に対する怒りが抑えきれずに沸き起こる。なぜ父さんが死ななければいけなかったのだろう。そして、なぜお前は黒に降ってのうのうと生きているのだろう。ギリと奥歯を噛みしめる。

「俺はお前を許さない。次に会う時は…容赦しない。」

踵を返し、路地から遠ざかり、任務へと戻る。だが、怒りは収まらない。それどころかあの日から日に日に増していくようだった。

僕は許せないのだ。僕より能力の劣るあいつが、潜入任務を任されているということが。あいつがこの国に残っていたとしたら、僕よりも上にいけたという事実さえもが。

だからこそ、黒に降ったお前を殺して僕は父さんに一歩でも近づく。そのためにどんな犠牲をも厭わない。たとえ父さんと母さんが悲しむとしても。僕は…俺は、お前を。

 

 

 

 

雨が降り続いていた。

バサリと濃い赤色の束が地面に落ち、ローランくんの顔に驚愕の色が広がる。

「父や母が悲しむから止めろと言っているならばナンセンスだ。俺は俺の意志でお前の前に立っている。」

一言も発さないローランくんを嘲るように笑って彼は言葉を続けた。

「残念な事に、父や母の悲しむ顔を思い浮かべて止められるほど俺は理性的でなくてな。個人的な、自分勝手な理由で貴様を殺めたい!」

パチパチと瞬きをしたローランくんの口がわななく。

「だ、だからって…髪を切ることは!」

「お前を背負ってやるという覚悟だ。」

長い髪が、彼の国では意味のあることだと知っていた。その髪を切るということは、つまり。

「俺は、お前という亡命者を倒した功績と、弟を殺したという罪を背負って上にいく。」

彼は徐に剣を構え直し、ローランくんを見つめた。剣の柄に手をやったまま動かないローランくんの姿に、私は腰の銃に手をやった。

「無粋な真似をするな。」

彼の深い赤が私を射抜く。

「私の大切な人をそう簡単に奪われるわけにはいかないんです。」

「いいんだ。」

一触即発の雰囲気を破るように発された言葉に視線を向ける。

「アランの本気は伝わった。…だから、俺も全力でいくよ。」

そういって彼は悲しそうに笑った。

人と人のつながりはどうしてこんなにももろいんだろう。どうして兄弟が、殺し合わなければいけないのだろう。

2人が剣を交える音が響き渡る。

空はまだ、2人を思って泣いていた。

書きたいところを書きたいだけ書く その5

聖杯戦争…?Ⅲ】

 

「ごめんね、マスター。言えない…言えないんだ。」

みっともなく声が震える。その時、温かいものが僕の頬に触れた。

「馬鹿ねぇ…。」

そう言って困ったように笑う彼女は記録に残る彼女とは違う人物なのだと思い知らされた。

「本当にごめんね。」

もう一度謝れば、いいのよと彼女は言った。

「貴方は信じるに足る人だもの。」

『セイバーはあたしに嘘つかないでしょ?』

僕をまっすぐに見つめる瞳が、また重なった。

 

 

胸ぐらを掴まれ、突き飛ばされた。瞳は怒りに燃え、普段は穏やかに下がる眉はつり上がっている。

「…どうして黙ってたの。」

僕に掴みかかろうとするテオを彼女が止める。

「ねぇ、僕は君からしたら、随分滑稽なことをしていただろうね?」

するりと彼女の手を抜け、僕に問いかける。冷たい視線を見つめ返す。

「…ごめんね、マスター。」

ジャボを掴んで起こされ、息がつまる。

「キャスターが居たのに何でアリシアはひどい目にあったの⁉︎」

やめてと彼女がまた呟く。テオの瞳は潤み、口元はわなわなと震える。

「どうして、どうして君が僕のサーヴァントなの⁉︎」

「やめてテオドール!!」

…本当に、どうしてだろうね。

 

 

「…いっつもあいつの手から大事なもんがすり抜けちまう。俺もあの時の判断が正しかったどうか分からねぇ。あいつの傷をまた増やしただけなんじゃねぇかと思うこともある。ただな…。」

俺はナルセのに視線を合わせる。暁のような瞳が俺を見ていた。

「大事なもんはちゃんと掴んでないとダメだ。自分じゃダメだと思った瞬間それはすり抜けていく。気付いた時には手遅れってわけさ。」

ま、おめぇなら大丈夫だろうよと重くなった空気を払うようにナルセの頭をくしゃくしゃと乱す。

「…俺、もう一度ちゃんと伝えるよ。」

「おう!」

すまない、ナルセ。これは俺のエゴでしかないのにな。

ずっと見てきたあいつが如何にして生きたか、死んだか、そしてまた生きているのか。

…どうしても重なっちまうんだ。お前があの子を失うこととあいつが失ったことが。

「アサシン。」

呼ばれて視線を向ける。

「…ありがとな。」

その言葉に救われた気がした。

 

 

マスターの前に姿を現わすとマスターが抱きついてきた。

「もう傷は大丈夫なんですの⁉︎」

あぁと頷くとマスターは大声を張り上げた。

「騎士道も良いですわ!でもこれは戦争なんですからそんなものドブに捨てるなり犬に食わせるなりして下さいませ!!」

目に涙を浮かべ、力一杯拳で殴られた胸元が痛い。震える小さな拳がゆっくりと開き、服を掴んだ。

「…貴方まで消えたら、私はどうしたら良いんですの…?」

迷える幼子のように呟かれたその言葉にハッとする。俺が今、1番守りたいものはなんだったのか。

「許してくれ、マスター。」

そっと目線の下にある頭を撫でると上目遣いでこちらを見たマスターの眉がきゅっと寄った。

「…明日のおやつはケーキを所望しますわ。」

その言葉に自然と笑いがこみ上げる。

「仰せのままに、マスター。」

マスターはツンと横を向く。ちらりとこちらを見上げると悪戯の成功した子どものように笑ったのだった。

 

 

「マスターはいつになったら僕のことを見てくれるんでしょうか…。」

口をついた言葉は僕1人きりの座に虚しく響く。マスターのサーヴァント嫌いは前回の聖杯戦争にあるらしい。

監視を続けていた僕にアサシンのサーヴァントが教えてくれた。奥さんが亡くなったことで取り乱したために、息子さんは遠い親戚に預けられたらしい。

『偵察の時以外出てくるな。』

その令呪に縛られた僕は長い時間をここで過ごしている。

自分の顔に走る傷をなぞる。この傷はいつのだっただろうか。あの頃もこんなことがあったような気がする。

「僕のことを認めて欲しいなんて、おこがましいことなんでしょうか。」

ごめんなさい、マスター。こんな僕をどうか許して下さい。

 

 

「誰がそんなこと決めたんですか。」

自分で思っていた以上に冷たい声が出た。黎明の空のような瞳が驚いたように固まる。

「だ、だが私が母様を不幸にしたことは間違いないのだ。人を、人を不幸にしてしまった私に、幸せになる権利など…!」

「それなら私も幸せになれないはずです。」

どうか気がついて欲しいと思う。マスターが人を不幸にしてるんじゃない。マスターが幸せから逃げているだけなんだと。

「私の両親は幼い私を庇って死にました。父はとても強かった。私が居なければ2人はもっと長く生きていたでしょう。」

それでもと言葉を続ける。

「私は幸せに生きました。両親を殺したのに、です。」

迷い子のように瞳を揺らすマスターの手をそっと握る。

「幸せは享受するものです。そこら辺にたくさん転がっていて、それを幸せと認めるか認めないかだけなんですよ。」

微笑みかければマスターは硬い表情で頷く。

「じゃあナルセさんにちゃんと伝えましょう!」

さぁさぁと背中を押すとマスターはそ、それは話が違う!と顔を真っ赤にして叫んだ。

幸せになってはいけない人なんて、この世にはきっと居ないんですよ、マスター。

 

 

「…マスター。」

俺が呼ぶと男は疲れた顔でこちらを見遣った。

「すまない。」

そう言うとヘラリと笑って言う。

「承知していたことだ。私はお前が望んでしたことでないことは分かっている。」

そう、マスターは俺の話を全て信じてくれた。前回の戦争の結果を知りながら。

「早く彼らの誤解が解けると良いな。」

にっこりと笑うその顔はやはり疲労が蓄積されて、やつれている。自分のせいだと分かっていてもどうしようもないのだ。

「…そうだな。」

いつもの口癖を言う気になれなかったのは、本当に俺自身がそれを望んでいたからか。それとも、そんなことはないことを痛いほどに分かっているからか。

「珍しいな、お前が同意するとは。」

だがその方が良いぞとマスターは笑う。

「極東で言う、言霊というやつだ!」

呑気なマスターに1つため息を吐く。

「そんなものはない。」

書きたいところを書きたいだけ書く その4

聖杯戦争…?Ⅱ】

 

「ねぇねぇキャスター。今まで誰も来ないけど本当に戦争してるのかな?」

夜道は2人の足音とコンビニの袋が立てるガサガサという音だけが響く。

「うーん、まだ召喚されていないのかもしれないね。それに…今来られたらテオはお腹空いてて戦えないだろう?」

「うん!」

今日の夜食は何かな〜?と嬉しそうなテオにキャスターも表情を和らげる。

その時、キャスターが歩みを止めた。

「キャスター?」

不思議そうに小首を傾げたテオをキャスターがやんわりと留める。

「お客さんみたいだ。」

キャスターの視線の先、街頭に照らされた道の上に男女が舞い降りた。

「こんばんは。」

女の方が話しかけてくるとテオは笑って答える。

「こんばんは、僕に何か用なの?」

えぇと女は頷く。

「ついて来てくださる?」

その言葉にキャスターは断ろうと思ったが、女の後ろに立つ黒髪の男がこちらに殺気を向けた。それを感じてキャスターはテオに耳打ちする。

「言う通りにしようか。クラスも気になるしね。」

うんとテオは頷く。

「いいよ?でも、僕お腹空いてるからあんまり長いと困るなぁ。」

多分、短くて済むと思うわと女は答えた。

 

女に連れられて行った先は廃病院だった。その前庭で4人は対峙する。

「単刀直入に聞くわ。あなた、マスターよね?サーヴァントのクラスが知りたいの、教えてくれる?」

女の言葉にうーんと唸るテオ。

「だめ。不利になっちゃうもん。ね?」

キャスターも頷く。

「君もこちらの返答は分かっていたんじゃないかな?だからここに連れて来た。」

すると後ろに立っていた男がパチパチと拍手する。そして余裕たっぷりに笑うと言った。

「ご明察。そこまで分かっているなら…遠慮なく行かせてもらうよ!」

男が叫ぶと空中から人の背丈もあるような剣が出てくる。一目見て重そうなそれを軽々と振り回すと戦闘の体制を取った。

「えぇっと…ちょっと待ってくれるかな?」

キャスターは自分の服をパタパタと叩き出す。

ズボンのポケットを確認し、上着のポケットも確認すると動きを止めた。

「マスター、今日は無理だ。」

「うん。」

男にくるりと背を向けたキャスターはテオを背負う。

「ごめんね、今日は引かせてもらうよ。」

その言葉に男の眉が跳ね上がる。

去ろうとするキャスターを男が追いかけた。

「行かせないよ?」

振り下ろした剣が地面に当たると亀裂を作り出してキャスターへと向かって行く。それに気づいたキャスターは何でもないような顔で空中へと飛び上がった。

「本当にごめんね。マスターが燃料切れじゃなければお相手するんだけれど…。」

「あ!言っておくけど僕のサーヴァントは強いからね!」

ビシッと指を突き立てたテオと背負ったキャスターが夜の闇へと消えて行く。男は悔しそうな顔をしていたがふぅと一息つくと剣を消した。

「ごめんね、マスター。逃げられちゃった。」

「また機会はあるわよ。焦らないようにしましょう、セイバー。」

2人もまた、闇へと消えて行った。

 

「…どうですの、ライダー。」

廃病院の屋上、甲冑を来た男と顔に大きな傷のある女が立っていた。

「黒い方はセイバーだろう。剣を使っていた。もう1人は何とも言えん、ただバーサーカーではないとだけ分かれば十分な収穫だ。」

それに女は頷いた。

「では、わたくしたちも帰りましょう。」

女が帰ろうと踵を返した時、ライダーの視界の端で何かが光った。

目にも留まらぬ速さで女の前に飛び出し剣を払う。鈍い音と共に床がえぐれる。

「な、何がありましたの⁉︎」

ライダーは光った方向を見据える。しばらくすると構えを解き、剣を収めた。

「…狙われていたようだ。」

床にめり込んだそれをライダーが拾う。

「銃弾…か。」

 

廃病院から1km。ビルの屋上に女が2人立っていた。

「…本当に見えているのか?」

背の高い女が怪訝そうに問いかけると少女はコクリと頷いた。

「今、廃病院の庭で2組対峙してます。それを屋上で見ているのが1組。あと、サーヴァントが木の上で見てます。」

女は信用できないというように息を吐く。すると少女は少し悲しげに笑った。

「私はアーチャーのサーヴァント。物見もできないようでどうします?」

「…それもそうだな。」

お前を信じるとしようと言った女に少女は嬉しそうに笑う。

「マスター、屋上で見物している人たちはどうしますか?」

その言葉にハッと女は笑った。

「撃っていい。私たちも奴らの実力を見させてもらおうじゃないか?」

少女は頷くと足のホルスターから拳銃を取り出した。構え、ピタリと静止する。女にはそこにいるはずの少女の気配が薄くなったように感じた。

トリガーを引くと一直線に弾がそこへと向かって行く。構えを解いた少女が目を凝らす。と、すぐにホルスターに銃をしまって女の手を引いた。

「どうした?」

「防がれました。相手は剣なのでセイバーかライダーでしょう。こちらに来られる前に移動しましょう。」

少女は女を軽々と横抱きにする。

「なっ…!!」

そうしてビルから、飛び降りた。

 

「久しぶりだな、ランサー。」

物陰から声がする。ランサーと呼ばれた男は不機嫌そうな顔をさらに顰める。

「貴様に久しぶりと言われる筋合いはないなアーチャー。」

ランサーの声にアーチャーと呼ばれた男は声をあげて笑う。

「俺がアーチャーだって?今回はちげーよ。な、マスター?」

話を振られた青年もおう!と答えた。

「ふむ、ではお前のサーヴァントのクラスは何だ?」

髪をゆるく結んだ男が問うと男はニヤリと笑った。

「まぁ、こっちが知っててあんたらが知らねぇってのもフェアじゃねーわな。どうする?」

「マスターの好きにしていいぜ。」

姿の見えぬ声に青年は頷くと男に言った。

「俺のサーヴァントはアサシン。背後には気をつけてくれよな。」

ほうと男が感嘆の声をあげ、顰め面をした男はフンと鼻で笑った。

「で、貴様は今日は戦う気が無いんだったか?」

「ってアサシンが言ってるんでな。今日は挨拶なんだと。」

そうかと男は人好きのする笑みを浮かべる。

「わたしの名はリオラ。またいずれ会おう、少年。」

ランサーを伴い背を向けたリオラに青年は叫ぶ。

「俺は少年じゃなくてナルセって名前があんだよ!」

ナルセを面白いというように見たリオラが言った。

「ではな、ナルセ。」

 

風を切る音が耳元で鳴り、女はぎゅっと目を瞑って衝撃に備えていたが、トントンと軽やかな音が規則正しく聞こえてくることに気がついた。

「マスター?」

アーチャーの声に女は恐る恐る目を開ける。

「…死ぬかと思った。」

ふーっと息を吐いた女に少女はコロコロと笑った。

「落とさないから大丈夫ですよ。さ、家の近くです。」

近所の人に目撃されても困るからと路地裏に降り立つ2人。路地を抜け、通りに出たところでホッと息を吐く。

「帰ろう。」

「はい。」

帰路につく2人。

「あ。」

短く声をあげて姿を消したアーチャーにエンは小首を傾げる。

「アーチャー?」

呼びかけても出て来ないため、仕方なく無言で歩を進めているとすれ違った人影に声をかけられた。

「あれ?エンちゃんじゃん!」

「セイ…。」

 こんな時間に何してんだよ〜?と近づいてくるナルセをエンは冷たくあしらう。

「散歩だ。身体が鈍るのでな。」

ふぅんと気の無い返事をしたナルセの視線がエンの左手に留まる。互いのサーヴァントの姿は見えないが、手の紋様がその事実を示していた。

「お前もマスターだったのか⁉︎」

その言葉に彼女は鼻で笑う。彼女もまた、ナルセの左手を見ていた。

「あぁ。どうやら敵同士、らしいな。」

2人の間に緊張が走る。それを打ち破るかのように手を叩く音が聞こえた。

「はーいはい、お二人さん落ち着いて。な?」

暗がりから出てきた男がニヤリと笑った。

「嬢ちゃんのサーヴァントは?」

「いや、先ほどどこかへ「私です。」

エンの言葉を遮ってアーチャーが出てくる。

「俺はアサシンのサーヴァント。そっちは?」

「アーチャーです。どうぞよろしく。」

サーヴァント同士が挨拶するのを見てキョトンとする2人。

「なんであいつら挨拶してんだ?」

「さぁ…?」

ヒソヒソと話しているとおい!とアサシンが声をかけた。

「マスター、こいつらと共闘しようぜ!」

いいよな?とナルセとエンに聞くアサシン。

「いや、俺は出来れば知ってるやつと敵同士になりたくねぇし文句ねぇけど…お前は?」

ナルセの言葉にエンは頷く。

「…私も構わない。仲間はいても良いと言っていたな?」

エンがアーチャーに確認を取るとアーチャーが頷く。

「じゃあそういうことで!よろしくな嬢ちゃん!」

「エンだ。よろしく。」

差し出された手を取りアサシンが笑う。

夜道で一時の共闘関係が生まれた。

 

「…これは大変です…!」

物陰から見ていた青年の姿が搔き消えるのを見た者は誰も居なかった。

書きたいところを書きたいだけ書く その3

【あなたがそこにいた頃】

「おっひる〜おっひる〜!」

「テーオ、まだだよ。」

腕に大量の食べ物を抱えたテオが執務室に入ってくる。

「…今日はずいぶん沢山あるね?」

その言葉にテオはニヤリと笑う。

「さっきナルセがくれたんだ〜。いいでしょ〜?」

またナルセくんか、仲良いななんて思っていると、サンドイッチを取り出したテオが口を大きく開けた。

「いっただっきまーす!」

「あ、ちょっとこら、テオ!」

食べ始めようとしたテオを止めた時、荒々しくドアが開かれた。

「テオドール!いるんだろ!!」

ノックもせずにドアを開けた不躾者はセージだった。

「あ、セージ!早かったね〜。」

のほほんとしているテオに対してさらに肩を怒らせたセージが近づいてくる。

「俺の昼飯返せ!」

差し出された手を前にテオはキメ顔で言い放った。

「奴はとんでもないものを盗んでいきました。」

ドーナツとサンドイッチを持っているのをみなければまさにお手本のようなドヤ顔。

「いいから返せ!それだけじゃねぇだろ、全部出せ!!今日は梓のうさちゃんリンゴと俺の可愛いリアが作ったポテトサラダがあんだろ!!」

ものすごい剣幕でものすごいことを言い放ったセージにテオは口を尖らせながら渋々渡す。

サンドイッチにドーナツ、バスケットに入った何か、チョコレート、飴、その他諸々…。

「根こそぎ持っていきやがって…!!どうやってこんなに持って来やがった!」

「ナルセに手伝ってもらった〜!」

ケロリと白状したテオに、セージの額には青筋が浮かぶ。

「あんの野郎ぉ!!!」

飛び出して行ったセージにちょっとため息をついて時計を見る。

「あぁ、お昼の時間だよ。食べようか、テオ…あれ?」

いつの間にかテオは姿を消していた。

 

「ナルセェェェ〜!!!!!」

「やべっ、もうバレたか!」

追いかけるセージと逃げるナルセ。永遠に続くかと思われた鬼ごっこはナルセの目の前に出て来たテオによって終結した。

 「テオ〜っ!何してんだよ!」

「今だけは褒めてやるテオ…。覚悟しろナルセェ!!」

ガクガクとナルセを揺さぶるセージの肩を叩くテオ。

「ね、褒めてくれるんでしょ?」

ニコニコと笑うテオに頷きつつも顔がひきつるセージ。

「じゃあさ、うさちゃんリンゴと娘ちゃんの作ったポテトサラダ、一口ちょーだい??」

「はぁぁぁぁぁ⁉︎」

標的を2人に変更したセージの戦いは追いかけて来たフェンネルに止められるまで続いた。

 

「うさちゃんリンゴもすごいし、あと娘ちゃんのポテトサラダも美味しかった!!あ、セージ、娘ちゃん、お嫁にちょうだい??」

「「やらねぇよ!!!!!」」

「なんでおめーも言ってんだよナルセ!!」

 

 

 

 

 

 

聖杯戦争…?】

ー西の国のとある街で戦争が今、始まろうとしていた。

 

「ねぇ、私の顔に何かついてるの?」

思考を飛ばしていたのか、男は目を瞬かせる。その様子に女はため息をついた。

 

足音が聞こえたと思うとダイニングの扉が勢いよく開かれた。

「きゃすたぁ、お腹すいた〜…。」

 

互いのサーヴァントの姿は見えないが、手の紋様がその事実を示していた。

「お前もマスターだったのか⁉︎」

その言葉に彼女は鼻で笑う。

「あぁ。どうやら敵同士、らしいな。」

 

ピシリと突き立てられる指、揺れるツインテール

「ライダー、フルボッコにしてくださいませ!」

 

魔法陣から現れたその姿に男は驚いて目を丸くした。

「おや、懐かしい顔だな。」

そう言うと人好きのする笑顔を浮かべた。

 

「俺が呼ぶまで出てくるな。目障りだ。」

男は見たくもないというように軽蔑の色を瞳に向け、背を向けた。

 

ー主人を見守り、従うサーヴァントたち。彼らにも感情はある。

 

「昔のことを思い出したんだ。」

悲しげに笑う男の過去は一体、なんだというのか。

 

「テオ、食べ過ぎてお腹壊さないようにね。」

男は困ったように笑って皿を置いた。先ほどまで山盛りになっていた料理はあっという間に座る男の胃袋に吸い込まれていく。

 

掴んでいた襟を放して男は言った。

「失ってから気がついたんじゃ遅いぞ?」

男の姿がかき消え、残ったのは力なくうな垂れた男だけだった。

 

立ちつくす女の袖をそっと細く白い指が引く。

「きちんと考えてあげてください。大丈夫、貴方が幸せになったって良いって私が保証してあげます。」

泣きそうな女の背をそっと摩る少女は、容姿にそぐわぬ慈愛に満ちた瞳だった。

 

「どこでそんな汚い言葉を覚えてくるんだ、マスター…。」

男は大きくため息をつく。女はぷうっと頬を膨らませる。

 

そうだろう?と聞いた男に眉間の皺を深くした。

「…そんなものはない。」

男はその姿が自分に言い聞かせているように感じた。

 

「仕方のないことなんです。」

そういって彼は力なく笑う。その顔は絶大な力を誇るクラスにはとても見えない。

 

ー過去の戦争が投じた波紋は大きく大きく広がっていた。

 

「いいからやってくれマスター!俺にこれ以上…背負わせないでくれ!!」

男の剣幕に女は頷いてしまう。

 

「行きましょう、バーサーカー。」

すらりとした女の隣に大柄な男が並ぶ。その様はまるでかの童話のようだった。

 

せかせかと動き回る2人に男は口を開く。

「お前たちは本当に世話焼きだな…。」

のほほんとした男の言葉に2人の眉が釣り上がる。

 

「マスター…?」

表情を崩さない男の顔がじわじわと驚愕に染まる。

その様子に男はこの場にそぐわぬ程、綺麗な笑みを浮かべた。

 

「どんな姿になっても生きて帰るわ。」

貴方がそう言ったのよ、と女は何もなくなった右手に話しかけた。最後まで困った顔で笑う男の姿が脳裏に浮かぶ。

 

その男は物言わぬ2人を従えてにっこりと笑う。

「うつくしいだろ?俺のアサシンは。」

無数の刃がキラリと光る。

 

ゴポリと口から血が溢れる。

「…セイバー。僕は…死ぬの…?」

1人は嫌だなぁと虚ろな瞳で男は淡く微笑んだ。

 

ー戦いは起こる。それぞれの思惑と過去と想いを交えて。

 

「あなたに恨みはありません。でも…僕が必要とされるのは今だけなんです!!!」

その言葉とともに瞳の色が変わる。ランサーの背に悪寒が走った。小柄なその体軀からは想像もつかない力にランサーの身体は弾き飛ばされた。

倒れずに着地したランサーは言う。

「貴様にも分かるだろう…?令呪を使われれば俺たちは逆らえないんだ!!」

 

「ライダー!!」

「大丈夫だ、マスター。下がっていてくれ。」

魔法陣を幾重にも出現させた男はへにゃりと眉を下げた。

「ごめんね、君に個人的な恨みはないんだけど…。マスターの頼みだから。」

その言葉にライダーは馬を降りた。

「ただの優男ではないということか。面白い。」

ライダーは剣を構える。

 

サーヴァントをこちらに呼び寄せようとした男を女の手が制した。

「ここは私たちが引き受ける。」

女の瞳が目の前の騎士をまっすぐ見つめる。いつの間にか女の側に立っていた少女が微笑む。

「こう見えて私はアサシンの娘ですよ?そんな簡単にやられたりしません。」

そういうことだと女が同意し、その意志が硬いことを悟った男は背を向けて走り出す。

「…女に剣を向けるのは好かんのだがな。」

その言葉に女は挑戦的な笑みで答える。

「私のサーヴァントは強いぞ?」

 

「また会えて嬉しいよ、ランサー。」

合わさる剣。火花が飛び散る。

「あの時の借り、返させてもらうよ!!!」

斬り結び、離れる。押し合う力は拮抗し、周囲には風が巻き起こる。

「…どうして…。どうしてそんな顔をするんだい⁉︎」

理解ができないとばかりに男が叫ぶ。その言葉を浴びせられた男は嘲笑する。

「さぁ…どうしてだろうな。」

 

ー汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!

 

「僕はセイバー。君の呼びかけに応じて参上した。」

男は笑う。

「よろしくね、マスター。」

 

書きたいところを書きたいだけ書く その2

【面影】

諜報員として自国に潜入することになった。

「ローランくん?」

前を歩くリアが振り向いた。エヴィノニアやその周辺でよく見る赤髪と緑目。オレンジがかっていないのはやはり、ここに生まれたからに他ならない。

「ん〜?」

この任務は俺が自国ではなく、この国に、この国の駒になることを証明することにつながる。その過程で裏切ることがないように付けられた監視がリアだ。

「…心ここに在らずって感じ。」

俺の答えに不服そうなリアは尚も言い募る。再度そんなことはないと伝えれば渋々と言った風情でまた歩き出した。

きっとリアには俺が裏切った時のことをこの任務とは別に言われているに違いない。…いや、言われなくてもそうするだろうか。

それでも隣で普段通りに笑う彼女は相当な狸であろう。

「マルセルくん、待ちくたびれてるかな?」

思考の海から突然引きずり出され、ハッと顔を上げる。

「急ごっか?」

頷いて、また前を向いた彼女の三つ編みが揺れた。

薄暗くなった通りで、重なるその姿に1人苦笑する。

「絶対会いたくないなぁ…。」

ポツリと呟いた言葉は目前に迫った夜の闇に吸い込まれて行った。

 

 

 

【再び相見えんと欲さず】

後をつけられていると隣を歩くリアに伝えると分かっていたのか頷いた。

「ねぇ、ちょっと待って。」

こちらが立ち止まると後ろの気配も足を止める。

「パンを買い忘れたの、先に帰ってて。」

「分かった、気をつけて。」

リアから袋を受け取って別々の方向に分かれる。後ろの気配は俺の方について来る。狙いは俺か…?一見すれば女であるリアの方が狙いやすいだろう。

路地を曲がり速度を上げる。ピタリと一定の距離でついて来る気配は1つ。振り切るか。そう考えて角を曲がったところで真っ直ぐ進んだように見せかけてもう一度曲がって身を隠した。

追いついたその人影をそっと見やる。

驚いた。

辺りを見回すのは俺の半身とも呼べる存在で、けれどその身に纏うのは俺とは反対の色。

「ローラン。」

名を呼ばれほんの少しだけ動揺する。あぁ、またセージさんに怒られるや。

「まだいるんだろう?そのままでいい、聞いてくれ。」

俺の半身、アランは瞳に憎しみの炎を浮かべた。

「俺はお前を許さない。次に会う時は…容赦しない。」

踵を返した足跡が遠ざかる。ぐしゃりと紙袋が手の中で音を立てた。

 

 

 

【生まれついた地は】

エヴィノニアとシャンタビエールの国境。そこに2つの人影があった。

見えないその線を挟んで両者は対立していたのだった。後ろには国境を監視している両国の兵士たち。緊張が辺りを支配していた。

「誉れ高きロルカの娘子!」

男が向ける剣は国境の向こう、ギリギリに立った少女の喉元へと向けられる。

切っ先を意にも介さないように少女は視線だけを男の瞳に合わせた。

深みはやや違うものの同じ緑目が交差する。

男は1つ息を吐いて言葉を紡いだ。瞳が憐れむように緩む。

「こちらに生を受けていればこんなところに来ることもなかったろうに。このような形で会うこともな。」

少女はその瞳を強く、見つめ返した。

「私の意志ですから。」

一陣の風が2人の髪を巻き上げる。それは宵闇の中で全く同じ色に見えた。

「これからどうするおつもりですか、ガイラス卿。」

ここは国境。もし男が剣で少女を切ればすぐに兵士は集められ、良い口実だとばかりに一気に攻め込んでくるだろう。だからこそ、少女は腰に下げられた銃を手に取ることさえしないのだ。

「やはり、噂通り流石の洞察力だな。お父上にも負けぬほどになるだろう。」

「お褒めに預かり光栄です。」

微笑んだ少女に男は剣を収め、少女は一歩後ろに下がった。

「またお会いしましょう、“ガイラルディア卿”。」

 

 

ーこの時、彼らの動向を見守っていた兵士は後にこう語った。“2人はあまりに似ていて、如何に自分たちのしていることが馬鹿らしいことなのかと思わされるきっかけだったかもしれない。その時は何も思わなかったが、両軍の兵士たちに波紋を呼んだことは確かだろう”(『戦争の歴史』より抜粋)